1-2. 嫁入り
第11話 内報
「陛下、今よろしいでしょうか?」
外朝に位置する皇帝の執務室。朝議を終えた浩徳と芳玉は二人、山積みになった書類の束の中で向かい合っていた。
「ああ」
机の向こう側に座った浩徳が気安く答える。頭を上げた拍子に冠に付いた玉が揺れて顔にじゃらじゃらと音を立てて当たる。浩徳は顔をしかめ、無造作な手つきで冠を外した。
「桃李の宴の話だろう? あの時はお前が突然『火を消して下さい』なんて言い出すから、何の話かと俺も焦ったじゃないか」
それでもその一言だけで咄嗟に芳玉の言いたいことが伝わったのだから、長年の付き合いも伊達ではない。
「それはすみません」
芳玉の方も浩徳の文句を軽くいなす。
「その件について調査を行ったのですが、結局誰が指示を出したのか尻尾を掴むことはできませんでした。しかし恐らく……」
「恐らくなんだ」
芳玉は決して憶測で物事を口にすることはない。あえて言葉を濁すということは、証拠はないものの大体の見当はついているということだ。それを察し、浩徳の方も続きを促す。
「楊太后方の仕業ではないかと」
その答えに、浩徳は驚く様子も見せない。
「やはりそうか」
芳玉は書類の山から巻物を一つ取り出して先を続けた。
「それから楊家といえばもう一つ、庵州という南部の州の村々から陛下への直訴が届いております。なんでも、先日国軍が大挙して村に押し入り、滞納している税を払うように脅してきたと。そして見せしめのために、その場で全額揃えることのできなかった村は焼き払ったそうです」
「本当に我が国の正規軍か? 国軍を騙る賊ではなく?」
あえて淡々と報告した芳玉に対し、普段は飄々としている浩徳が珍しく顔を歪めて尋ねてきた。
「はい。黄地に龍の刺繡が施された旗を掲げていたそうです」
黄色に龍。この国では皇帝以外が使用することは出来ないはずのものだ。
「俺の許可なく軍が?」
「そういうことになります」
本来ならば軍の統帥権を握っているのは皇帝ただ一人である。そのため芳玉も当初はこの直訴の内容にかなり懐疑的であったものの、調査を進めると確かに国軍が出動した形跡が見つかった。
「楊将軍が独断で兵を動かし、私腹を肥やしているということか」
「如何されますか?」
芳玉のその質問に、浩徳は眉間を押さえながらゆっくりと答える。
「……庵州には急ぎ使者を派遣し、被害状況を詳しく報告させろ。税の納入期限も延長する。村の再建のために国庫から金を出しても構わない。どうにか認可が下りるようにしろ」
「承知いたしました」
芳玉は浩徳の前で跪き、拝礼して答えた。皇帝の勅令なく軍を動かすなど大罪であるが、真相を突き止めてもそれを罰することができない。何とも歯痒い状況だが、浩徳にとっては民が苦しめられていることの方が問題であるようだ。それでも、自分たちの悪逆非道な行いをなすりつけるなど——
(陛下を愚弄するにも程がある……!)
芳玉が衣の下で静かに拳を握り締めたのに気が付いたように、浩徳がぱっと明るい口調に戻った。
「それにしても、宴の時は妙に暑いとは思っていたが、それだけでよく気付いたな。流石だ」
手放しに褒められ、芳玉はやや複雑な思いで答える。
「いえ、それが気付いたのは私ではないんです」
その答えに、浩徳は驚いたように眉を上げた。
「誰だ?」
「後宮の下女です。名前は聞き忘れましたが」
「それで、どうするんだ?」
「探し出します。なんとしてでも」
芳玉の薄い色の瞳が不敵にきらめいた。
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