第6話 独白

 ――その頃、宴の席に臨む禁司長・環芳玉は憂えていた。とはいえ、彼が物思いに沈むとなるとその美貌に儚げな翳が加わりさらに厄介なことになるので、人知れずではあったが。


 自分の手に女たちの白粉が移っているのを見て軽く顔をしかめる。実のところ彼は女性が苦手であった。というか嫌いだった。そう聞くと、では男に興味があるのかと勘繰る向きもあるだろう。まさに、そう考える輩がこの宮中に大勢いたが故に彼は悩まされていたのである。

 駕籠を降りてから宴が始まるまで、半刻(一時間)も経っていない。それなのに、芳玉は既に女官二人、下級妃一人、文官二人、武官三人から熱烈なアプローチを受けていた。わざわざ説明するまでもないと思うが、もちろん、後半の五人は全員男である。いくら芳玉が花も恥じらう美貌の持ち主だとはいえ、彼にその手の趣味はない。


 だが、世の人は多くの女性に囲まれながらも妻がいないばかりか色めいた噂一つ立てない芳玉を見て、完全に勘違いしている。あまりに美しいものを見ると性別の垣根など木っ端微塵に粉砕されてしまうらしい。その上、彼に声を掛けてくる男性陣には大臣クラスのお偉方も交ざっていたりするので無下に断ることもできず、対応になかなか骨を折るのである。


 自分に関する妙な噂が流れる分にはまだ良い。しかし一番困るのは、それが皇帝である浩徳をも巻き込んでしまっていることだ。特に宮中の反皇帝派たちは陛下と芳玉の仲を下世話に勘ぐっている。そして、芳玉が皇帝の右腕であり、懐刀とも称されていることを利用して、陛下が私情に走って自分と関係のある男を高位に取り立てているなどといった根も葉もない悪評を立てているのである。芳玉が無骨でむさ苦しい見目であればそのような噂も信憑性がなかったものを、両性を惑わす妙な色気があるばかりにいやに説得力がある。


(私はただ陛下に仕えていられればそれで良いのだが……面倒くさい)


 しかし自分のせいで陛下の評価を下げることだけは避けねばならない。そろそろ何か手を打たねばなくてはいけないだろう。


「禁伺長、環芳玉」


 自分の名前が呼ばれるのを耳にして、芳玉は自分の席から立ち上がった。その場中の視線が自分に注がれているのを感じる。一笑すれば百媚生じるとまで言われる美貌である。使える時にとことん利用しなければ、それこそ宝の持ち腐れというものだろう。芳玉はいつもの人当たりの良い微笑みを浮かべ、舞台の中心へと進み出た。

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