Chapter 5


「失礼、ここは空いていますか?」


 男が顔を上げると、いつの間にか誰かが車室に入ってきていた。

 赫炎かくえんを思わせる赤毛に、ライトブラウンの眼の男だ。

 観に纏うのは、チャコールグレイのスーツ。山高帽子を被り、手には旅行鞄。

 細身というより、身軽そうな印象が強い。

 一瞬カウボーイかと思った。だが、泥臭い肉体労働に従事する者にしては随分知的に見えるような気がした。もしかすれば、技術師かもしれない。外で頭脳労働するような。


「どうぞ」

「では、遠慮なく」


 旧大陸ユーラフラシアにおける男の祖国、ブリターニアの作法では、あとはお互いの旅がよきものとして終わりますようにという挨拶をで会話を終わらせるのが定番だ。


旧大陸ユーラフラシアの方ですか?」


 だが、相手はそのまま会話を続けてくる。


「ああ、はい」

「エステ・ライヒかブリターニアの方とお見受けしますが?」

「ブリターニアの者です」

「どちらまで行かれるのですか?」

「まあ、気の向くまま、あちこち見て回ろうと」


 異文化交流は悪いものではなかった。見知らぬ同士であっても、会話を楽しめればいいのだ。


「申し遅れました。僕は、フィリップといいます」

「トーマス・アップルヤードです。……無法と混沌の新大陸フロンティアへようこそ、ミスター・フィリップ」






 汽車は、順調に進んでいく。ハリケーンに遭遇することも、バッファローの大群に足止めをくらうことも、原住民エン・セラードスの襲撃を受けることもなかった。

 そのお陰で旅行鞄に忍ばせていた銃、護身用であり、ブリターニアにおいては紳士の嗜みであるブリティッシュ・ブルドッグ・リボルバーに活躍の機会は与えられなかった。


「平和ですねぇ」

「ええ、いいことです」

無法者アウトローと鉢合わせしないで済みましたし」


 男としては、ちょっとした冗句だった。


「ほら、新大陸フロンティア無法者アウトローによる襲撃ってある意味お約束だっていうじゃないですか。特に列車強盗。走る列車を襲って、金目のものを鮮やかな手際で奪っていく……かの有名な【ワイルドバンチ強盗団】みたいに!」

「ならば、あなたの目の前に座る僕は、その無法者アウトローどもを追う探偵かもしれませんよ?」

「まさか!」


 真剣な声色で返されたジョークに、男は腹を抱えて笑った。

 正直、平穏無事すぎて物足りない旅だと思った。

 だが、それもあっという間だ。次の駅で、アップルヤードは降りてしまった。

 寂しくなった車内で、男は書籍を出して読んでいた。

 ふと、書籍の表紙に金箔で押された【シャーロックホームズの冒険】のタイトルを見て、なんとなしに呟く。


「そういえば、新大陸フロンティアにも探偵っていたんだっけ」













 列車を降りたアップルヤードは、駅を出て、町を歩いた。

 木造の建物が連なって建つ。舗装されていない道は、馬車が通れば砂塵が舞う。行き交うのは、肌の色も目の色も様々な人々。

 顔つきは皆明るかった。無法者アウトローが放つ銃声に晒されていないに違いない。

 平和なのだろう。意識せず笑うことが出来るのは、平穏な心を持って生きている証なのだ。

 そんなことを思い考えながら、歩く。酒場、雑貨屋、娼館、銀行、郵便局と建ち並ぶ通りを。

 保安官事務所の前を通りかかったら、暇そうな保安官がパイプを吸っているのが見えた。臨時保安官補の姿は見当たらない。

 そうこうしているうち、お目当ての場所に着く。荒野と町を隔てる境に、馬囲いがある。

 柵の内に、馬たちが入れられていた。町の住人やカウボーイたちが乗る用の馬、新大陸フロンティアにおける主な移動手段アシが。

 見張りの姿はなかった。馬泥棒が望むシチュエーションだが――


「人払いは、済ませていますね?」






「ソの通り、コこにてワタクシはアンタをお待ちしていましたヨ、ミスター・アップルヤード」


 肺を毒された老人と舌足らずな童女の声が入り混じった、奇妙な声が出迎える。

 視線の先に、それはあった。プレーリードッグの巣穴みたく小さな穴だ。

 本来、見つけられたら埋められてしまうものだ。うっかりはまってしまえば、馬の脚を折ってしまう危険性がある。


「もっとましな接触が出来ないんですか【ケルビム】?」


 件の声は、驚くべきことにその穴の中から聞こえてきている。しかし、知る者にすれば驚くべきことではない。上からの指示と情報を、姿を見せることなく、声のみの接触で対象者へと伝達する――これが、彼もしくは彼女である【ケルビム】の手口なのだから。


「遠路はるばるご苦労でしたヨ、アップルヤード?」

「何故、疑問形なんです?」

「今のアンタがアップルヤードだっていう確証はないからナ」

「アップルヤードで合っていますよ、【ケルビム】」

「ソぉかイ、シリンゴ」

「僕としては、出来れば名前で呼んでほしいんですけどね、親しみを込めて、チャーリーって」

「誰が呼ぶカ、正直呼びたくもねぇヨ。ドんな無法者アウトローでモ、その名を聞けば小便漏らして裸足で逃げ出すようナ、悪魔と同義の名前なんてサ」

「僕、嫌われてますね」


 アップルヤード――否、チャーリー・シリンゴは、そう言いつつも笑っていた。


「でも、大いに結構じゃないですか。無法者アウトローに接する境遇であればこそ、その無法者アウトローどもとの闘争、紛争、抗争、戦争……全部が全部、やりがいがあるってものです。むしろそれが無ければ僕に……いえ、僕たちに存在意義なんてありません。

 法の下に生きることを拒絶するだけならともかく、正しく生きようとする者たちから奪い、盗み、犯し、騙す無法者アウトローを、決して赦さず、決して逃さない。そうでしょう? 『我々は決して眠らないWe Never Sleep』……それが我々が共有し合う唯一の正義にして掟なのだから」


 そしてそれは、社訓でもある。シリンゴが言う我々こと、【ピンカートン探偵社】の。


「ところで【ケルビム】。例の件、彼の者に関してなのですが」

「ソう焦るなヨ。落ち着けっテ、マた遥か彼方のボリビアまで逃げられたくなけりゃあナ」

「また? そんなのありませんよ。そんなもの、あってたまりますか! 無法者アウトローたるお前を……! 【ワイルドバンチ強盗団】の首魁ボスたるお前を……! 新大陸フロンティアの伝説たるお前を……!  

 ブッチ・キャシディ……! この僕が、【ピンカートン探偵社】の一員たる僕が、このチャーリー・シリンゴが、またもや取り逃がすとでも」

「アー、ア―、燃えているとこ悪いんだけどヨ、実はそれに追加事項があるんダ」


 激情を吐き出していたシリンゴに、ケルビムは言う。


「実は死んでいなかったブッチ・キャシディにハ、今一人連れがいるってヨ。モしかすりゃあ、ソイツが」













 朝まで眠りたかった。けれども、アトリが眠れたのは大体夜中までだった。

 目を覚ましていなければ、アトリは文字通り永遠に目を覚ますことはなかったのだけど。

 ベッドが軋む音で目が覚める。ガチな悲鳴を上げかけ――しかし、口を塞がれる。


「むむぅ……むむむぅ!」

「静かにしろ」


 塞いでいるのは、人間の手。屋根にぽつぽつと開いた穴から注がれる月の光は、その姿を闇の中に浮かび上がらせている。

 片方の手でアトリの口を塞ぐ、ブッチの姿を。


「むぎぐむぎゃぐぁぶ!」

「静かにしろってんだよ、このバカ」

 

 バカにバカと言われたくない。大体、夜遅くに思春期の女の子のベッドにいい歳こいたおっさんが。って、ちょっと待ってほしい。まるで、これって――


「っ~~!」

「だから、この俺が静かにしろって言ってんのが分からねェってか、あぁ!?」


 なんていうか、声が完全に強盗だった。

 問題なのはブッチが「なに」をしているか。いや、この場合「ナニ」になるわけで。


「……!!」


 冗談抜きに、背筋が凍った。しかも、ブッチは強行に「ナニ」を行う意志を示すため、片手に既に抜いたコルトM1851を握っている。

 貞操の危機に震えるしかないのを了承の証と受け取ったようで、ブッチは言う。


「うつ伏せになって、絶対に動くな。あとは、耳……じゃねぇ、口を塞いで目を閉じてじっとしていろ」

「……?」


 矢継ぎ早に言うブッチに、アトリは目を白黒させる。

 しかし、ブッチはそんなアトリに構わなかった。「早くしろ!」と手を離された瞬間、アトリは悲鳴を上げるのも忘れ、言われるがまま動いていた。


「……あの、ブッチさ」

「シッ」


 皆まで、言わせてくれなかった。得物コルトM1851を構え、流れるような動作でドアの前まで行き、そして――夜の静寂を引き裂くかのよう轟く、銃声! 

 ドアを喰い破って部屋の中に飛び込んできた銃弾が、ブッチを一直線に貫く!


「……!!」


 アトリは反射的に口を塞いでいた。そうでもしなければ、絶叫していた。

 着弾の衝撃に、ブッチは僅かに呻いてよろめく。普通だったら、死んでいる。

 だが、そうではないブッチは、そのまま引き金を引く。ドア越しに撃ち返す――銃声! 銃声! 銃声! 今一度、夜の静寂が引き裂かれた。

 ドア越しに、どさり、となにかが倒れるような音がした。


「殺ったか!?」

「……殺ったか、って! ……ブッチさん、あなた、人を殺し、殺しておいて、よく……よく平気でそんなっ!」

「平気なわけあるかってんだ! お前、バカか? 殺らなきゃ殺られんだよ、こっちが!」

「……でも、ブッチさんは」

「俺はともかく、お前がだよ。お前は俺なんかと違ってマトモなんだから、一回死んだらそれまでじゃねぇか」

「……で、でも、だからって! だからって!」

「ごちゃごちゃ言うんじゃねぇよ、このバカ! 向こうはこっちを殺ろうとしてたってんだぞ!」

「……!」

「ずらかるぞ、急げ」


 決して大きく発せられたものではなかった。けれども、否応を言わせない迫力がある。

 言われるがまま立ち上がり、ブッチに付いて行きかけて――


「……っ、ひぃっ!!」


 しかし、それを目にしてしまった途端、アトリは叫び、身をすくめてしまう。

 開いたドア、そのすぐ向こうに死体が転がっている。銃を握ったまま、仰向けに倒れた襲撃者の。


「早くしろ!」

「……でも、でもっ!」

「でもクソもねぇよ。様子がどれだけおかしいかってのに、気付かねぇってのか? こんだけバンバン鳴ってるってのに、誰も騒いでいねぇんだぞ」


 その一言でアトリは思い知らされる。ここは日本ではなく、アトリが知ることのない【異世界】だってことを。

 そんなアトリに追い打ちをかけるよう、きゅばっ! と、ブッチから炎が上がった。視界が、青仄白あおほのじろの光に包まれる。

 ブッチから発せられるそれは、【不死者】の【再生】が行われる際に起こる炎。熱さはない、そもそも熱なんてないのだから。

 ブッチは先に部屋を出た。アトリはそれに続く。悪いと思ったけれども、外に出るにはドアの前の死体は跨ぐしかない。


「……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!」


 若葉色リーフグリーンの眼をかっと見開いたまま、襲撃者は死んでいた。

 ぼろぼろの革のベストに、オーバーズボン、撃たれた衝撃で脱げたステットソンハットは明後日の方向に転がっている。そのせいで、柔らかそうな短い栗色の髪が露わになっていた。

 体格は、ずいぶん小柄だ。むしろ、華奢だって言った方がいいかもしれない。

 よく見たら、なんと少年だった。多分、アトリより年上なのだろうけれども。

 ブッチはもう廊下を歩いていた。ランプがもうとっくに消えている廊下は真っ暗だけど、視界は明るい。ブッチから上がり続けている炎のおかげで。

 ちなみに、ブッチによればこの炎はちょっとやそっとのこと――例えば、ちょっとした切り傷や擦り傷程で出てくることはないのだという。出てくるのは、【不死者】が人間で言うところの死に瀕する・匹敵する・直結するようなダメージを負った時に限られるのだとか。


「……じゃあ、さっき、ブッチさんは」


 頭を振って、不意に浮かんでしまった考えを振り払う。今はそんなことを考えて立ち止まる時ではないはず。

 ブッチに遅れて、アトリは廊下を行こうとした。


 きゅばっ!


「……え?」


 思わず振り返った先で、炎が上がる。ブッチを殺そうとして、殺された死体から。

 死体は――否、【不死者】は青仄白あおほのじろの炎を上げながら、緩慢な動きで起き上がる。


「……う、うそ!」

「……キエン・エス」


 アトリの声に、【不死者】キエン・エスは感情のない声で応じた。


「……キエン・エス」

「……ひっ」


 思わず悲鳴を上げかけ――

 銃声!

 キエン・エスが片膝を崩す。直後、再び銃声。キエン・エスは、倒れる。


「逃げるぞッ!」


 ブッチが叫ぶのと、アトリの片手が引っぱられるのは、ほぼ同時だった。

 余裕を欠いた声と、手に感じる体温のある硬い手の感触が、キエン・エスの異常な存在感に呑まれかけていたアトリを現実へと引き戻す。


「走れっ!」


 ブッチに手を引かれるがまま、アトリは走る。逃走が始まる。






 二階から階下へ、泊まっていた一室からサルーンへ降りると、ブッチはアトリを裏口へとまわらせた。

 既に、炎は消え去っている。閉店後の酒場サルーンは闇に沈み、更にその中にはバーテンの死体が沈んでいる。

 確かめたところ、一撃で仕留められていた。殺った相手の手際のよさが伝わってくる。


「何者だってんだ、アイツぁ……」


 カウンターの裏で残弾を確認しつつ、ブッチは呟く。

 強盗にしては、恐ろしく人殺しのスキルが高すぎる。

 賞金稼ぎであるなら、恐ろしくやり方がスマートすぎる。

 殺し屋だとすれば、恐ろしく目的が掴めなさすぎる。

 それ以外だとするならば。


「駄目だ、分からねェ」

 

 しかし、問題はそれ以前だ。相手はブッチと同じ【不死者】だった。

 どういう目的があって襲ってきたのかは分からないが、意図的に襲ってきたという可能性はまずあり得ないだろう。

 なにせ、相手の方がブッチ以上に驚いていた。知らなかったとはいえ【不死者】を撃ち、その【不死者】に撃ち返されたのだから。


「【不死者】がたまたま襲った相手が【不死者】だったってか? どっちにしろ、嫌な巡り合いでしかねぇってんだ。……なァ、キッド」


 ここにいない誰かへと愚痴る。実際、愚痴りたくもなる。

 とりあえず、足止めは出来ているはずだ。一応、膝を狙って撃ってやったから、【再生】してもしばらく痛みで動けないはずである。

【不死者】は確かに死なない身体の持ち主であるが、いかなる攻撃にも屈しないわけではない。

 殴られようが、蹴られようが、刺されようが、撃たれようが、全く平気だという超人ではない。戦意を喪失すれば、痛みや恐怖に屈してしまえば、ただの人間となんら変わらないのだ。


「そうだと思いてぇけどよ」


 銃は、人間や猛獣が相手であれば立派な武器だ。けれども、死ぬことがありえない【不死者】には、ただ弾を無駄にするだけ。

 なにかでかい手はないか。下手したら【不死者】すら殺せるような。

 ふと、酒棚が目に入る。ここは酒場サルーンなのだから、酒が置いてあるのは当たり前だ。

 ブッチは徐に、酒瓶を何本か手に取った。栓を抜いて、中身を床にぶちまける。

 馬車の支度の方法は、既にアトリには教え込んである、なにかあった時のための保険だったが、あんまりにも早く役立ってしまったから正直喜びたくない。

 正直、ブッチはこの酒場サルーンを気に入っていた。フリーランチはともかく、酒が美味かったからだ。火薬やてんびん油といった混ぜ物でかさが増されていない、真っ当な酒が。

 名残惜しいが、もうここの酒を飲む機会はないだろう。

 もっとも、機会があったところで飲めないのだけれども。

 もう金輪際、カメリオの町を訪れることはないのだから。

 指についてしまった雫を舐めて、ブッチはぼやく。


「あーあ、もったいねぇってばね」






 火の手が上がる。おかげで、カメリオの町はてんやわんやの大騒乱だ。

 銃声は、余程のことがなければ無視すればいい。無視していれば、勝手に過ぎ去ってくれる。 

 けれども、それが炎であれば? 

 酸素と可燃物を喰らっていくらでも大きくなることが可能なものであれば? それが上がるのが、酒という非常に燃えやすいものがたっぷり蓄えられている酒場サルーンからであれば?

 家という家、建物という建物から人々が飛び出し、消火活動に当たっていた。

 消火活動といっても、水をかけて消すのではない。

 斧、鋸、金槌、その他諸々の道具を持った人々が燃える建物に殺到し、壁を打ち壊し、剥ぎ取っていく。消すのではなく、壊していく。壊して、これ以上燃えるのを防ぐのと同時に、他の建物に燃え移るのを防ぐのだ。

 消火活動に懸命に当たる者、火事場泥棒に挑もうとする者、火事に対して罵声を吐き散らす者、燃える炎を前に身を寄せ合って震える者。

 けれども、その中にブッチとアトリはいない。

 それでも、大騒乱の夜は更けていく。ことを引き起こした立役者たちがいなくても、始まってしまったらもう終わりなのだから。

 全てが燃え尽きてしまうその時まで、終わりが訪れてくれるなんてことは、そもそもありえないのだから。


 否、終わりは唐突に訪れる。


 銃声!

 酒場サルーンの入り口付近で消火活動に当たっていた一人が、倒れた。

 銃声! 銃声! 銃声! 銃声! 銃声。

 それを皮切りに、居合わせた人々が次々と倒れていく。

 銃声の数の人数が倒れたと、人々は果たして気づいただろうか?

 それより前に、人々の前に現れる。炎に満ち満ちた酒場サルーンの入り口から堂々と。

 青仄白あおほのじろの炎を纏った【不死者】キエン・エスが。

 居合わせた者たちは、一様に手を止め、唖然とした面持ちでキエン・エスを見る。

 その一方で、キエン・エスは新たなる地獄を始めるカメリオの町を見据えた。


「キエン・エス」


 そして、終わりの始まりが開始される。






 炎の熱と硝煙の臭いを含んだ空気が沈殿する中を、キエン・エスは歩く。

 容赦なく行われた殺戮によって、カメリオの町の住人たちは殺された。

 

 女に男。

 子供に老人。

 商人に牧童。

 物乞いに金貸し。

 保安官に賭博師。

 聖職者に娼婦。


 皆が皆、倒れて無残な屍を晒している。

 キエン・エスは撃ち漏らしをしていなかった。一発の銃弾で、必ず一人殺していた。

 そもそも、キエン・エスには天賦の才があった。射撃技巧で確実に人を殺す才能が。気配を感じるだけで、僅かな影を捉えるだけで――そして、己が得物とする銃を自分の手足以上に操れることで。

 そんな才を存分に発揮することによって、キエン・エスは――否、かつての彼はいつしか【英雄】の高みまで昇りつめた。


 Truth and History.

 21Men.

 The Boy Bandit King.

 He Died As He Lived.


 かつて【英雄】であった彼を、人々はそう呼んで称えた。

 だが、彼はあの裏切りによって死んだ。

 しかし、蘇った。死の軛に囚われぬ【不死者】キエン・エスとして。

 しばらくして、キエン・エスはカメリオの町を出た。またどこかへ行き、そして殺し尽くすためだ。

 その目には、既に焼き付いている。先程出会った、自分と同じ【不死者】の姿が。

 その顔が、笑みに歪む。狂気と憎悪、殺戮への喜びに満ち満ちた、陰惨な笑みに。

 殺られた怨みよりも、どす黒い欲求の方が強かった。相手が人間なら、殺してしまう瞬間はたった一瞬で終わってしまう。

 だがもし、相手が決して死ぬことのない【不死者】であれば?

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