8話 二人の休日
翌日、祐希が教室に入るとほぼ全員のクラスメイトたちに囲まれた。
「なんだよ小鳥遊、言ってくれよ!!」
「そうだよ!!小鳥遊くんすごいよ!!かっこいいよ!!」
「誰にもできることじゃない。俺ならビビっちまう」
となぜか祐希を賞賛する言葉を朝早くから浴びせられた。
「は、はあ……?」
状況が把握できずにいると、一人の女子生徒がスマホにとある動画を流し見せて来る。
それはあの日の事件を取り上げたニュース動画だった。
「このニュースで女の子を助けた男の人って小鳥遊くんだったんだね」
「本当にすごい」
「なんで今まで黙ってたんだよ」
確かにそのニュースで話されている「通りすがりの人物」とは祐希本人であるが、実名報道がされていないはずの中、どうして特定ができたのだろうか。
「かおりちゃんが言ってたよ〜」
「ヒューヒューすごいぞー」
「少女漫画みたい。素敵」
「二人の未来は明るいぞー」
何かのお祭りのように盛り上がり、騒ぎ立てる。まるで台風の目となった祐希は表には出さなかったもののその心には確かな高揚感があった。やがて相沢先生が注意するまで猛烈な勢力は衰えなかった。
休み時間になれば事件の話題を質問攻めにされ、廊下を歩けば輝かしい目で見られる。
どうやら二年生だけには止まらず全校生徒にも事件のことは知れ渡っているようだった。
「小鳥遊くん一緒に帰ってもいいかな?」
「あ、うん」
放課後になるとかおりが教室にやって来た。
賑やかだったはずの教室内は彼女の一声で話題を失い、全員の目が祐希とかおりに向けられる。
「にへへ、私たちみんなに見られてるね」
「そ、そうだね」
付き合ってはいないものの好意を抱かれていることは知っているのでどういう距離感で接したらいいのかわからない。
「そういえば、インスタどう?」
「どう……?」
「どれぐらい、フォロワー来たのかな〜って」
「見てないや」
「なんで?見よ見よ」
急かされるまま祐希はスマホでインスタを開く。
「お〜やっぱりすっごく来てるね。これ全部小鳥遊くんと仲良くしたいっていう人たちだよ」
「そ、そうか」
「小鳥遊くんは人気者だね」
自分のことのように喜んでとろけるような笑顔で「にへへ」と笑った。
「あ、そだそだ。小鳥遊くん明日予定ある?」
「……?なかったと思うけど……」
「そっか。ならさ、一緒に出かけない?」
それはつまりデートということか。
「……いいけど」
多少はたじろいだが、断る理由もなく了承した。
「……!?……そ、そっか。にへへ、なら明日ね!また連絡するから!」
「明日から休みに入るわけですけど、どこか行きますか?」
チャーハンをすくい上げた時奏楓が聞いてきた。紅生姜と一緒に奏楓特チャーハンを一口食べてから祐希は答える。
「……あー明日は予定ができました」
「……へ?今なんて?」
「明日は予定があります」
卵が溶けている中華スープをすする。
「そ、そうですか……」
落胆しているというよりは驚愕しているように見える。左で握るスプーンは止まり、食事が進んでいない。
「な、なら日曜日でもいいです」
我に返ると、改めて誘ってくる。
「休みなんで体を休めますよ」
「そんな仕事疲れしたお父さんみたいなこと言わないでくださいよ。ていうか何で土曜日は良くて日曜日はダメなんですか」
「土日も外に出たらいつ体を休めるんですか」
「もーいいじゃないですかー」
上半身をバタバタと動かす。まるで子供がわがままを言うようだ。
先約があり仕方がないとはいえ、奏楓にはここ一週間お世話になりっぱなしだ。「小鳥遊祐希」の生活は彼女がいるから成り立っていると言っても過言ではない。話を聞くくらいどうってことはないだろう。
「どこか行きたいんですか?」
「……!?……そ、そうですね特にないですけど強いてあげるなら少し電車に乗りたいですね」
祐希の言葉を待っていましたと言うように早口で奏楓は語る。
「ここのショッピングモール!!ここ!!なんとなくですけど、ここに行きたいです」
奏楓が見せてきたのはスマホの画面に写し出されたショッピングモールのウェブサイトだった。
神様とはいえ奏楓は女性で、だからショッピングという言葉には魅了されるのだろう。
「ゴホン、まぁこんなところでしょうか。まぁ別にそんな行きたいわけではないので祐希に任せますけどね」
熱を冷ました奏楓はチャーハンを左手のスプーンですくい、勢いよく口に入れた。
「じゃあ、やめときましょう」
「へぇ?……」
ポカーンという擬音が相応しい奏楓。祐希はチャーハンを一口食べる。すると奏楓の表情に気づき慌てて訂正する。
「あーじゃあ、俺は待ってるので一人で行ってきてください」
「なんでそんな意地悪言うんですか!!」
「別に意地悪を言ってるわけじゃ 」
「ふ・た・り・で!!行くんですよ」
「はい……」
話を聞くだけのつもりが誘導尋問のようなやり口で強引に予定を入れられてしまった。
祐希に転生して約一週間。日曜日くらいゆっくり体を休めたかったのだが、ここまで来たら腹を括るしかない。
次の日、祐希が目を覚ましたのは八時前だった。
まだ完全に目覚めきっていない瞼をこする。
寝起きのそれとは違う感覚を頭部に感じ、額に手をやる。いつもより熱を帯びているように感じた。
一階に降りて洗面台に向かった。
鏡に映る自分の顔は酷いものだった。
この一週間の疲れが顔に全て現れている。短い髪の毛も今日は背筋を伸ばしてアート的な寝癖を作っていた。
手にかかる水流は冷たく感じるが、顔を洗うにはその冷たさが気持ちよかった。
クローゼットを開けばハンガーに掛けられた服が所狭しと収納されていた。その数着を手にとる。どれもこれも見覚えのない服だ。祐希は服にこだわりはない。あるものを着る、それがスタンスだ。
適当に見繕って姿見に写す。どこか変なところがあるとは思えない。ならこれでいいか。
そっと額に手をやる。さっき水を浴びたばかりなのに妙に熱い。体調に変化はないし、気のせいか。
「忘れ物はありませんか?」
「大丈夫です」
「ハンカチ持ちました?お小遣い足りますか?電車の乗り方わかります?」
友達と遊びに行くことに祐希以上に奏楓がソワソワしている。まるで息子が初めてできた彼女とデートに行くのを見送る母親のようだ。
「大丈夫ですから……行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい」
手を振って笑顔で見送ってくれた。
かおりとの待ち合わせ場所は最寄駅だった。
今日は休日の朝だが、人の数はそう多くはない。祐希は改札には通らず駅付近にあるモニュメントあたりでかおりを待っていた。
家を出る前は何ともなかったのだが、今は心臓が早鐘を打っている。お化け屋敷とかで自分より怖がっている人を見ると安心するのと同じことだろうか。
家にいる時は奏楓が祐希以上に緊張していた。それがなくなったことで冷静に自分を分析できてしまったのか。
働き者の心臓を止めるように胸を抑えた。
「あ、小鳥遊くん。お待たせ〜」
そこにかおりが手を振りながらやって来た。オーバーサイズのストライプシャツにショートパンツを合わせ、いつものように髪をポニーテールで結んでいる。彼女の私服は今回初めて見たというのに、実に彼女らしいと思ってしまった。
「小鳥遊くん、なんか色々すごいね」
発言に首を捻ったが、すぐに何を指しているのか気がついた。
祐希の服装だ。適当に選んだ格好だから、コーデも何もない。そんな派手な格好ではないものの違和感を感じるようだった。
「にへへ、じゃ、行こうか」
祐希は集合時間と集合場所しか知らされていない。これからどこに行って何をするのかは不明だ。
連れられるままバスに乗って数分近くの大型ショッピングモールへとやって来た。
「実はね、ここの割引券を持ってて。だからここでお昼一緒に食べようかなって思ったんだけど……どう、かな?」
「うん、いいよ。美味しそうだね」
持ってきたお金はそう多くはないが、ここは庶民の味方のショッピングモール。安くてうまいは保証されている。
中に入ると天井まである強大な招き猫が出迎えてくれる。そのエリア一体はレストラン街で様々ないい匂いが漂ってくる。
二人が入ったのはパスタのお店。内装がおしゃれでいかにも高級感があった。値段も1000円と少しと言ったところでランチで食べるのなら妥当なところだった。
向かい合うように座り、祐希はカルボナーラをかおりはボロネーゼパスタを注文した。
運ばれて来た品はとても美味しそうだった。メニュー表通りで見劣りしない。それなのに何故だろう。祐希は今冷や汗が止まらない。背中から額から脇から、至る所から噴き出る汗。
向かいを見ればかおりがパシャパシャと料理の写真を撮っている。撮り終わってスマホをしまってから、
「それじゃ小鳥遊くん食べよっか」
目を合わせてニコリと微笑んでから「いただきます」と合掌した。
祐希はかおりが一口食べるのを見守る。よく噛んで喉に通した後に「おいし〜」と嬉しそうに呟いた。
「あれ?小鳥遊くん食べないの?」
「あ、いや、食べるよ……」
カルボナーラへと視線を落とす。クリーミーなソースに絡められたパスタは天井にある照明によってキラキラと光っていた。美味しいということは食べなくてもわかる。けれども、祐希は咄嗟に口元を抑えた。何かがお腹を逆流する感覚。口元には酸っぱい匂いが漂う。
猛烈な吐き気。
空腹であったはずなのに腹に食べ物が入ることを拒否している。
頭もくらくらとして乗り物に乗っているような感覚だ。
やはり今朝の額の熱さは勘違いじゃなかったらしい。ここに来て本格的に体を体調を悪化し始めている。
そう意識すると汗が滴り落ちる。体が熱い。
自分の前髪を見るように目だけをかおりの方へと移した。かおりは今も祐希が食べるのこの美味しさを共有したくてたまらないというような顔で待っている。
再び視線をカルボナーラへ。
震える手でフォークを撮ってゆっくりとパスタを絡めとる。そして一口。
時間をかけて咀嚼した後に喉へと通した。
「どう?小鳥遊くん」
「……うん。美味しいよ」
「だよね!だよね!美味しいよね!!」
その後、時間をかけて食べ進めた。かおりはひと足さきに食べ終わり、祐希が食べ終わるのをじっとニコリと微笑みながら待っていた。
「私の方が先に食べ終わっちゃうと、私が多ぐらいみたいに思えちゃうね」
「……ご、ごめん」
「にへへ、気にしないで冗談だから。自分の好きなペースで食べてていいよ〜」
「……でも、楽しくないでしょ?何なら、先に出ててもいいよ」
「……?何言ってるの小鳥遊くん。私は小鳥遊くんが食べているところを見ているだけで楽しいよ?私一人で先に出るのはおかしいでしょ。一緒に来てるんだから一緒に出るよ」
「……そ、そうか。ご。ごめん」
フォークを回す。パスタが何重にも巻きついた。
「小鳥遊くん……もしかして対象悪い?なんか顔色悪いし、すごい汗だよ?」
何と返せばいいのか。体調が悪いのは事実だが「小鳥遊祐希」としてこの場はかおりに落ち込ませたくない。せっかく誘ってくれたのだ、ここで醜態を晒すわけにはいかない。
「……だ、大丈夫だよ」
「本当に?無理しないでね?今日はこれ食べ終わったら帰ろうか?」
「全然、気にしなくていいから」
自分が元気だと示すためにパスタを勢いよく口に入れた。飲み込むとすぐに次のパスタを口に入れる。
わんぱくな食べ方をする祐希を心配そうに見つめるかおりだった。
料理は完食した。
お代を払ってからお店を出る。
もちろん祐希の体調は回復することはなくむしろ悪化していった。もはや立っていることも辛い。けれど、かおりにはそんな仕草は見せず、元気なふりを装った。かおりは納得いってなさそうだったが、何度も平気だと言うと信じてくれた。
「本当に美味しかったね〜」
「……そうだね」
かおりは信じてくれたのだが、今日はこれでお開きにするそうだ。今は帰りのバスをベンチで待っているところだ。
頭がくらくらとして、視界も歪んで見える。
バスで最寄駅に向かってそこから少し歩けば家にたどり着く。時間にしてみれば三〇分ほど。それならば、まだ我慢できそうだ。このままかおりの前で倒れるという最悪の事態は避けられそうだ。
「……あ、あのさ小鳥遊くん……」
「どうしたの?」
「えっと、その……小鳥遊くんのこと『祐希くん』って呼んでも……い、いいかな……?」
「え……?」
「ご、ごめん。まだ私たち知り合って間もないのに……でも私、呼びたい。
『小鳥遊くん』じゃなくて『祐希くん』って呼びたい!……んだけど、いいかな?」
最初は目線を合わせないようにしていたのに、自分の気持ちをしっかり伝えようと祐希の目をちゃんと見て言った。顔は真っ赤で今の祐希と負けず劣らずに発熱しているようだった。
緊張しているような、恐怖しているような、何とも言えない表情を向けられながら祐希は、
「……うん、いいよ」
頭の中の無駄な思考たちはいつからか追い出され、ただ真っ白な「無」が支配していた。向けられた言葉は届かず。「いい?」と聞かれたから条件反射のように肯定で返しただけだ。
「……!?……ほ、本当にいいの?」
「うん」
気持ち悪い。
視線をかおりから、遠くに写した。車酔いをした時、近くよりも遠くの景色を見た方が気分が楽になると聞いたことがある。
体調不良の原因が根本的に違うが、少しでも楽になる方法があるなら試してみたかった。この数分の間だけでもかおりとの時間に集中したい。
「--!?」
酔いが覚めたようだった。
祐希が視線を移した先、それはこの商業施設へとつながる大通りだ。駐車場から出入りする車が行き交っている、なんの変哲もない道路。その手前の歩道に祐希たち二人を見る人物がいた。
坊主頭のトップを立てた若い男。その人物に祐希は見覚えがあった。
『--絶対に後悔させるからな!!』
真っ白な頭でもその記憶ははっきりと思い出させた。鮮明に、まるでたった今言われたかのように。
数日前にかおりを襲い、祐希が体を張って捕まえた男だ。その後駆けつけた警察によって逮捕された。
もう釈放されたのか。
頭に浮かんでくる、さらなる言葉。
--報復
「--!?」
勢いよく座っていたベンチから立ち上がる。激しい立ちくらみに襲われるも、視界には男を捉えた。
男の表情まではわからない。わからないが、--不気味に笑った気がした。
そこで限界が来たのか、祐希の意識は一瞬暗黒に包まれる。
フラっと体から力が抜けて体勢が崩れる。片膝を地面について頭の処理を待った。
「た、小鳥遊くん!?だ、大丈夫!?」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
汗が滴り落ちる。頭が痛いし、体は熱い。目を開けていることがやっとだが、その視界に再び男を入れようと正面を向いた。しかし、そこにはもう誰もいなかった。
遮るように最寄駅に向かうバスが目の前でプシューと音を立てながら停車した。
「た、たか、祐希くん……」
かおりが肩を貸してくれる。そのおかげで何とか立ち上がることができた。
「熱い、祐希くん……熱あるよね」
「……」
「なんでもっと早く言ってくれないの?」
かおりは怒っているわけではなかった。ただ、純粋な疑問をぶつけていた。
「……ごめん」
顔が見れず目を逸らした。
「……ううん。いいよ、私のために頑張ってくれたんだね。ありがとう祐希くん。でも体調が悪いなら最初から言ってね。私は祐希くんも楽しんでほしいと思ってるから」
その優しさに言葉を返せなかった。
祐希は「小鳥遊祐希」としてかおりと接していた。そのため彼女ではなくいつも自分自身を優先していた。嫌われたくない、悪い印象を与えたくないと必死だった。
けれどかおりは違う。自分と相手を考えていた。自分が楽しいならそれでいいではなく、自分が楽しくて、相手も楽しいことを考えていた。
そんな彼女を悲しませたくない。悲しませてはいけない。かおりを傷つけたくないとこの時祐希は思ったのだ。
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