第2話


 「ふぁ〜あ」


 登校中の朝。


 余りの眠気に我慢し難い欠伸がでる。


 



 学校にはちゃんと来ているがライブ目前とあってここ数日栗花落は家には来ていない。


 なのでオレはここぞとばかりに栗花落を圧倒的差で倒す為に夜遅くまでゲームでトレーニングをしている。前にもやった大乱闘するゲームだ。


 教室に入ると栗花落が机に伏せって寝ているのが目に入る。



 レッスンは熾烈を極めるのだろう。ライブ中は常に笑顔で絶やさず汗だくになって全力で踊り続けなければならない。そのレッスンともなればより一層だろう。


 疲労が溜まっているのか授業中はよく船を漕いでいる。


 オレは素直に彼女を尊敬する。いくら人気と言っても何処かに必ずアンチみたいな奴らは存在する。エゴサすると絶対に見てしまうはずだ、なのにプライベートでも決して愚痴を言わない。アイドルとしてのプライドかもしれないが。


 ローカル番組やドラマにだって出たことある彼女は芸能界ならではの人付き合いなんかによるストレスや疲労だってあるはずなのに、それらを決しておくびにも出さない。

 

 オレには絶対できない。その日その日で爆発する自信がある。


 何なら昨日CPUにカウンターくらって負けたのをめちゃくちゃに言いながらゲームしてたし。



 そんな事を考えながら席につきHR《ホームルーム》が始まるまでに後10分弱ある。来る途中コンビニで買ったお菓子でも食べようと鞄から取り出す。


 ちなみにお菓子はポッキーだ。色々と種類が出たりもしているがオレはシンプルにチョコが好きだ。


 いそいそと箱からだし袋をバリッと開ける。



 「お菓子ッ!」


 うおっ⁉︎


 隣で寝ていたアイドルが飛び起きた。


 しかも、お菓子ッ!って何で察知したんだろうか。


 「すんげぇ驚いたんですけど」


 突然の飛び起きに苦言を一言。


 「ポッキー、ちょーだい」


 「無視ですか、そうですか」


 彼女にポッキーを差し出す。


 「ありがとう」


 そう言って左右の手で一本づつポッキーをとりそのまま両方を口に運びポキッと音を鳴らす。


 「おいしぃ。久しぶりに食べたかも」


 寝起きのはずなのに全くそれを感じさせない。


 彼女の不思議と人目を惹きつける引力は寝起きでも健在だ。現に男女問わず近くにいる者は彼女に見惚れている。



 「こんな朝から寝るなんてかなり追い込みかけてるんだな」


 「まぁね、本番も間近だし。見に来てくれた人皆んなを満足度させてあげたいから」



 「楽しみにしてるよ」


 その日は午後から別件の撮影で早退しそのままレッスン。それから当日までは一切家に来る事も無かった。


 天真爛漫で自由奔放、それでいて決して努力は欠かさないどこまでも凄い奴だ。



 ◇

 

 ライブ当日の日曜日、今日は快晴だ。


 会場入りもさっと済ませ後は始まるのを待つのみだ。


 オレはアリーナのような指定のないチケットなのでステージからは程遠い壁側でじっと待つ。



 普通なら皆より近い前に行きたがるものだが珍しく後ろを好むタイプで、マナが初めてチケットをくれた時これで揉めた思い出がある。


 マナとしてもやはりチケットを贈るならいい所から見て欲しいという思いがあったようだがこれをオレは断固拒否。


 どうしても一番後ろから見ると譲らなかったのだ。チケットを貰ってる分際で何様だとも思うが最後はオレの粘り勝ちだった。マナは膨れっ面だったが。



 フッと照明が消え暗くなる。どうやら時間になったようだ。



 ピンクのサイリウムを右手に一本だけ持って備える。

 


 会場全体から今か今かと待ち侘びる空気が張り詰める。



 スポットが当たりマナが照らし出される。


 こんなに遠くにいても何回経験してもこの感覚は慣れない。


 脈ば早くなり身体が熱くなる。

 


 マナだけでなく彼女を応援するファン、その全てをよく見えるこの場所から強く記憶に焼きつけよう。

 


 ◇




 

 いよいよこの私、栗花落 愛のライブが始まる。


 私のソロからグループの皆での流れ。


 始まりで会場を温める重要な役割だ。



 マイクを握った手は下げたままステージの中央に立ち深呼吸。



 スポットが当てられ私、アイドル マナが照らし出される。



 曲のイントロが流れ始める。



 アイドル マナとしての全てを出し尽くす。





  



 

            ―わたしをて。





 ◇


 

 マナのソロが始まった。


 マナと同じグループ、Starsに所属している小鳥遊たかなし あかね は他のメンバー達と一緒に舞台袖からマナなライブを見ている。



 …やっぱり彼女は私達とは違うと思い知らされる。


 ライブが始まった瞬間に鳥肌が立った。イントロが流れアイが両手を前に広げ閉じていた目を開いた時に感じた、わたしを魅て、という強い引力にファン達だけでなく同じアイドルの私達ですら目をそらせなくなる。




 Starsなんて名前をしているが輝く星は実質あの子だけだ。


 

 彼女とは違う、彼女には勝てない追いつけないのだと認めてしまっている自分が嫌になる。


 もう既に会場は凄まじい熱気だ。だがまだこれからなのだ。あの星はもう一段階一際強く輝く。


 

 マナには好意を寄せている相手がいる。



 彼女がスカウトされた時はまだ中学1年生だった。ノーメイクで人目を集めるほど美少女だったが、オシャレに無頓着で見栄えのいいカフェや美味しい食事処なんかも何一つ知らず興味すらない様子だった。


 だがある日突然メイクを教えてほしいと言ってきた。その時は事務所にいた誰もが驚いたものだ。彼女は普段ノーメイクでライブの際はメンバーの誰かがメイクを施していたぐらいで、まさか教えてほしいなんて言うとは思わなかったのだ。


 その日から彼女は劇的に変わっていった。オシャレに無頓着だったのにファッション雑誌を読み漁り始め、それからカフェ巡りを始めて皆に人を食事に誘って行くならどんな所がいいかだとかオシャレな雰囲気いいレストランはどこがいいとか聞いてくるようになった。


 少女が色香に目覚めた突然の変化は誰の目から見ても異性に対するものだと分かった。


 事務所は別に恋愛禁止してないしむしろ推奨しているので私達も特には何も言わなかったが恋をした少女の変化は劇的でいい方向にライブにもでた。


 恋をしてからの初ライブ。星のごとき引力で会場の全てを惹きつけそのカリスマ性を開花させた感じだったが、彼女は視線を会場中に巡らせある一点で止まるとキュンときたような歓喜の笑顔を見せた。


 これまでのアイドルとして見せていた作り笑顔とは違う一番星のような輝きで会場の全てを魅了した。この特定の異性を見つけた時の輝きは重ねるごとに増していく。ライブが終わって彼女はエゴサしてその時の笑顔が万人を惹きつけると知り自らの意思で引き出しものにしていた。


 だが見つけた時の輝きは強くファンは変化そのものには気づかなくてもより一層魅了される。

  


   更にボルテージの上がった会場が今まさにそうであるように。




 ◇


 うは~。今日のライブも盛り上がったなぁ。


 特にマナのライブ開始時の「わたしをみて」って感じがまた鳥肌が立つぐらい凄かったな。


 今日もライブ中に目が合ったけども毎回よく見つけきれるもんだ。あんなに沢山の観客が居るのに。



 ライブ終わった日の夜は毎回家に来るので今日もきっと来るだろう。


 労いも込めて晩御飯は豪勢に作っちゃおうかね。



 「こんにちは、蓮太郎君。ちょっといいかな?」


 どんなメニューにしようかと考えていると顎髭だけ無精髭になってる変なオッサンが話しかけて来た。



 「…なんですか」


 警戒心が強く出てしまって硬く冷たい感じになってしまった。


 だが男は全く気にした様子も無く続けてきた。



 「私は芸能プロダクション本能寺の煙草えんぐさと申します。今日は蓮太郎君を我がプロダクションへスカウトに参りました。」



 「は?」



 それは全く予想のつかない言葉だった。

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