第3話
芸能プロダクション?スカウト?訳がわからない。
今まで気にしてなかったけど何でオレの名前を知っている?
「…何でオレの名前を知ってる。スカウトする理由はなんだ。」
「蓮太郎君は結構有名ですよ。名前バレまではしてませんが、アイドルマナとよく一緒にいる人物としてSNSで注目されてますし」
余りネットは見ないから分からなかったが、やっぱりそういう目立ち方はするか。
まだ大人しいかも知れないがもしかしたら過激な奴とかが出てくるかも知れないし何か考え始めないと行けないな。
「名前は私が元から知っていたのですよ」
「元から?意味がわからないのだが。」
元から知っていた、これはもしかしたらもしかするかも知れないな。
「天才子役、蓮太郎。当時子役として振られた役は種類を問わず求められた以上に完璧にこなした天才。だがある時期を境に芸能界から姿を消した。」
オレが芸能界から関わりを絶って大分経つ。何よりあの頃から背丈もかなり伸びて成長したはずなのに何の疑いもなく当ててくるなんて余程確信があったのか?
不気味だな。
「辞めてから大分経つ、新人と比べても相当な差があるはずだ。わざわざオレをスカウトするよりも養成所なんか回った方がいいと思いますよ。それじゃオレはこれで。」
無理矢理会話を打ち切って帰ろうと足を動かす。
「マナと一緒にいるならこの方法が一番なんじゃ無いかな?」
予め考えられていたようなセリフだ。いや、事実そうなのだろう。
事実手っ取り早いのはこっちの知名度を上げて周りに、アイツならって思わせる事。言葉にするだけなら簡単だが現実はそう甘くない。何よりあの界隈には余り関わりたくない。
普通ならこんなの無視してさっさと帰ってしまう。だがこうも自信満々にくるという事は何か考えがあるのだろうか。
それを聞いてからでもいいか。
「そんなに言うなら何か策があるのか?」
だんだんと敬語が剥がれてきたがいっか。
「君がその才能で超頑張る。」
「さよなら」
聞く価値もなかった。何だったんだこの人は。苛立ち混じりに颯爽と歩き出す。
けれどもオッサンはめげずに話かけてくる。
「大女優
綾瀬 玲。思いもよらなかった名前が飛び出した事に足が止まる。
「やっぱり君にとってはこの名前は特別みたいだ。」
特別中の特別だ。オレの母親で、家族を捨てぶっ壊した女だ。
あっちは女優を辞めてその後の足取りはわからなくなっていたはずだ。
復讐心はある。それと同時に言いたい事も聞きたい事もある。
オレ達を捨ててどんな気持ちで新しい子どもを産んだんだ?
「今どこにいるんだ?」
底冷えする様な声が出た。
自分で思っているよりも感情的になっているようだ。
「それは分からない。だが確かに彼女の娘はこちら側にいる。」
情報を出し渋っているのか、本当に分からないだけなのか。
娘に罪はない。こんな黒い物をぶつけるつもりもない。だが情報を得るならこれ以上の相手はいない。やるだけの価値はある。
「…わかった。とりあえずそのスカウト受けるよ。今日はもう帰るから明日からだ。」
熟考の末に出した結論だ。やるからには母親のこともマナの事も全て纏めてやってやる。
「やってくれると思ってたぜ。名刺渡しとくから明日そこの住所に来いよ。」
「わかった」
ヒゲのオッサンから差し出された名刺を受け取り財布にしまう。周りを見ればもう人は居らず夕陽が沈みかけている。どうやら大分話し込んでいたらしい。
鬱な気分で帰路へつく。
明日からオレは一体どうなるのだろうか。
はぁ、疲れた。
帰宅して早々のため息を吐く。ずいぶんと酷い顔をしているのだろうと思い鏡をみる。思った通りそこには思い出したくもない記憶を掘り返され、様々な感情がごちゃ混ぜになって濁った瞳をした酷い顔をした自分が映っている。
こんな顔マナには見せられないな。
少し早いが普段から行なっている練習を行う。
鏡に映る自分の顔が普段通りになり瞳から濁りが消える。
角度を変えてあらゆる方向から見るが変わらず普段のオレが映る。
ふむ。バッチリだな。
オレの子役時代から鍛え上げてきた唯一の技能。
演じるのは普段の遠山蓮太郎。
意識の海に深く潜る、溺れるか溺れないかの瀬戸際まで。ただその時を思い出し使うのではなくその時の遠山蓮太郎になる。
さて、そろそろ晩御飯の支度をしなければ、マナが来てしまう。
「ただいま」
「おかえり」
オレの家だからおかえりって言うのは変だが毎回このやり取りをしていて今ではもう違和感を感じない。
「ご飯出来てるからまずは手洗いうがいしてこい」
「言われなくてもちゃんとやりますー」
子供みたいな膨れっ面で洗面所に向かって行く。こういう子供っぽいところも彼女の魅力の一つだ。
2人向かい合わせに席につく。
「いただきます」
「いただきます」
マナが最初に唐揚げから手をつける。
「おいし〜!」
「そうだろうそうだろう。唐揚げは特によく出来たと自信がある」
「蓮太郎はほんと料理上手だよね。私もそれくらい上手にできたらなぁ」
「やっぱりこういうのは自分でできるようになりたいものなのか?」
「そりゃあ私だって女の子ですから、当然出来るに越した事は無いよ。まぁ、出来ても変わらず蓮太郎のご飯は食べにくるけどね」
「出来ても来るのかよ」
「蓮太郎と食べた方が美味しいもん」
「……」
「あっ!照れた?ねぇ、照れた?」
ぐ、急にウザくなった。
「ウゼェ…」
「蓮太郎耳真っ赤だよ」
彼女が笑い釣られてオレも明るくなっていく。
自らの輝きで周りを明るく笑顔にさせる彼女はまさしく本物なのだろう。
それに比べてオレはせっかくのお疲れ様会に仮面をつけて一体なんなのだろうか。こんな考えの自分が更に嫌になる。
こんなんで明日から大丈夫なのだろうか。
また役者としての道が始まっていくというのに。
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