第七話 私、悪には悪をがモットー……というわけではありませんが!


 先日のお夕飯以来、ちょくちょく飲食店に呼ばれて酔い覚まし係として活躍するようになったシュレムちゃん。

 それなりに需要の大きな固定客を得てだんだんと稼げるようになってきた彼女は今日、貯まってきたお金を預けようと銀行にやってきました。

 しかし最近の彼女はなにやら不幸の星にでも照らされているのか、今日も今日とて問題に出くわしてしまったのです。

 それは――。

 

「おらっ、この銃が見えねぇか! 分かったらさっさと金を出せ!」

「……今日は銀行強盗ですか(白目)」


 両手を後ろに縛られてなすすべなく一か所に固められた利用客たち。

 忙しなくせっせと用意された旅行鞄に詰められるだけの現金を詰めていく一部の銀行員たち。

 そして……なんともテンプレートらしい、目出し帽をかぶってこれ見よがしに銃を構えた強盗たち。

 あまりにあまりなその光景に、シュレムちゃんは人質らしくもなく、思わずため息を漏らしてしまうほどでした。


「しかし最近の強盗はまた、ずいぶんと用意周到になりましたね……」


 ちらりとシュレムちゃんが近くを見ると、他に偶然この銀行を訪れていた魔法使いたちが首に魔封じの首輪(※つけると体内魔力が乱れて魔法が使えなくなるアイテム)を嵌められているのが見えます。

 あれはあれで随分と高価なはずなので、いくら強盗でそれ以上の金を手に入れられるだろうとはいえよくもまあ下準備を頑張ったものだと他人事ながら思います。


 そう、他人事。

 シュレムちゃんは例外として、彼らのように魔封じの首輪をつけられてはいませんでした。

 それもそのはず、今日の彼女は完全オフとして魔法使いの象徴たる杖を持ってきていなかったからです。


 普通の魔法使いであれば杖を携帯することは原則であり、シュレムちゃんはその点から見れば非常識だったのですが、今回はそれが功を奏したと言えるでしょう。


 そうこう考えているうちに銀行員は金を詰め終わったようで、強盗達がパンパンに膨れ上がったカバンをそれぞれ担いでいきます。


「まー、よくも犯罪なんかで稼ごうと思ったものです。どーせ捕まって取り上げられるんですから、普通にお仕事して稼いだほうがよっぽど儲かるでしょうに。短期的にしか収支を考えられないというか、長期的な視点を持たないとか、まあ、仕事をたった一年で辞めちまった私のようなクズも五十歩百歩ですか。あっははは」

「おい、よくもまあ言ってくれるじゃねぇか」


 どうせ人を殺す度胸まではないだろうと高をくくって独り言を呟いていたシュレムちゃん。

 しかし白昼堂々大それた罪を犯すような連中に、そこまでまともな理性があると期待するほうが間違いです。

 見れば、彼女の目の前には額に銃を突き付けてくる強盗の一人がいるではありませんか。


「放っておきゃあ好き放題言いやがって。てめぇ、こっちにタマぁ握られてんのを忘れてるんじゃねぇだろうな?」

「いや、別に忘れてはいませんが……。すみません、ついダンス好きの私の舌がつい勝手にハードラックとダンスっちまいまして」

「なんだよその適当すぎるな言い訳!? お前マジなんなわけ!?」

「なんでもないです、ただの一般人ですよ。あなた方の自分勝手な理由で拘束されてしまっただけの哀れで哀れな一般人です。あ、でもちょっとばかりワクワクしていたりもしますが」

「ワクワクぅ? そりゃまあなんでだよ、冥途の土産に聞いといてやる」

「それはですね。あなた方は犯罪者で、この状況はまさに一歩先があの世な危機的状況。ここで何をしたって正当防衛で済まされちゃうからですよ」

「は? まさかここから一発逆転ができるなんて思っちゃいないだろうな?」


 相手の男がごりっ、とシュレムちゃんに額にさらに銃口を押し付けてきます。

 加えて安全装置さえ解除してきており、あとはもう引き金を引くだけでシュレムちゃんは天国への片道切符を手渡されてしまいそうです。


 ですがシュレムちゃんは、余裕そのものでした。


「ええ、できないでしょうね」

「出来ねぇのかよ!? なのになんだその余裕!? はっ、まさかこうしているうちに時間稼ぎで警察が来るのを待っているとか――」

「なにか勘違いしていませんか? 逆転できないのはあなたたちの方ですよ。はい、『来たれ罰の神ハイネメシス』」


 さらりと呪文を唱えたシュレムちゃんに、強盗団ははじめ、それが詠唱だと認識できませんでした。

 しかし彼女の言葉がそれらしいものだと気づいたとたん、彼らは慌てて引き金を引こうとしますが――それはすでに時遅し、でした。

 彼らは全身から急に自由を奪われたような感覚に陥り、手足が思う通り動かないままバランスを失って地面に倒れこみました。


「あっ……がっ……」


 小さなうめき声を漏らすほかない彼らに、シュレムちゃんは種明かしをします。


「私が杖を持っていないからと、一般人だと思ったんですよね? でも残念、実は私も魔法使いだったのです。なんだかすみませんね」

「ぎっ……ぐぅっ……」

「確かに普通の魔法使いは杖を持っているものですし、その考えはあってます。そしてそれがなければ魔法を使えないからこそ、あなたたちはそれらを取り上げて別のところに固めたんでしょう」


 隅っこには、彼らが魔法使いから取り上げた魔法の杖が適当に積まれて置かれていました。

 そちらをちらりと一瞥したのち、シュレムちゃんは彼らの不勉強を正してあげることにしました。


「確かにその考えは間違っちゃいないです。魔法使いの杖は視力の悪い人にとっての眼鏡みたいなものですからね。でも、世の中には杖なしに使える魔法というものもあるのです。そこのところ、よく牢屋の中で反省しておいてくださいね。次に外に出てこられるのが何十年後かはわかりませんが」


 今回シュレムちゃんが使ったのは魔法―—正確には呪術というものでした。

 杖なしに扱うことのできる、東方の神秘的な呪い。

 それを学校の図書館にあった本から適当にかじっていたシュレムちゃんは、彼らが共通して彫っていた犬の横顔を模した刺青を指定条件として麻痺魔法発動させたのでした。


「おっと、人質の中にも仲間を紛れ込ませていましたか」


 見れば、彼女がいた人質の山の中にも何人か倒れている仲間がいました。

 きっと勇気を出して抵抗した人質を中から取り押さえるために仕込んでいたのでしょうが、同じ刺青を彫っていたようで犯人たちと一緒に倒れていました。


 どうしてこーいう人たちは自ら仲間だと証明するような証拠を残してしまっているのか、シュレムちゃんにはよく分かりませんでしたが、犯罪を起こす人の考えなんて分かりたくもありません。


 彼女の出番はここまでで、あとは危険のなくなった警備員たちが手早く犯人たちを拘束していきます。

 その様子を眺めながら、シュレムちゃんは窓口に悠々と近づいていきます。


「あ、すみません。お金を預けたいんですけど……え、今はそれどころじゃないからダメ? それなら帰っていいですか……それもダメ? だったら事情聴取くらいそっちで答えておいてもらったりは……できませんよね。はー、不幸ですねー……」


 善良な市民として犯人逮捕に貢献したのに、この後で結局いろいろとまた警察に時間を拘束されてしまうのです。

 それは仕方のないことなのですが、面倒だなぁという思いでいっぱいのシュレムちゃんなのでした。



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