第六話 私、この世で最も嫌いな人種の一人が、お金さえ払えば何をしてもいいと思っている連中です!


「ふっふーん♪ おっにくーおっにくーおっいしいお肉ー♪」


 アリアちゃんの不調の原因を見事取り除いたおかげで、そのご両親から報酬をがっぽり頂戴したシュレムちゃん。

 一時的とはいえ大きな収入を得て心の財布のひもが緩んだ彼女は、久々に夕食を外で取ろうとしました。

 こういう記念日的な時に食べるものと言えばそう、お肉。

 お酒はつい先日後輩ちゃんとがぶ飲みしたばかりなので、今はそういう気分じゃありませんでした。


「いらっしゃいませー! おひとりさまですか?」

「はい、一人です」

「それではこちらへどうぞ。あっ、コートをお預かりしますねー」


 いそいそと自席に通されて、注文を終えたシュレムちゃん。

 今日の気分は量より質と、食べ放題ではなくイイ感じに高そうなステーキを選びました。

 そしてお肉が来るまでの時間、先に出されたお通しをつまみながらるんるん気分でお肉が運ばれてるのを待ちます。

 店内に流れる静かな音楽と、かすかに鼻をくすぐるお肉の脂の香り……それらを堪能しているうちに、自然と心がそわそわしてきます。

 聞けば、昔の東方の人は肉を薬と称して食べたとか。

 そう、今日のお肉もまた同じ。

 前の職場でさんざん苦しんだシュレムちゃんのストレスを、その甘い脂が優しく包み込んでくれることでしょう。

 急にクレーマーが飛び込んできて休み時間を削られることもありません。「ああ……またお給料出ないし振替も出来ないのに私の貴重なお休みが削られていく……」なんて、時間を気にすることも必要ないのです。


「ふっふっふ……楽しみですねぇ……!」


 一人によによと笑っているシュレムちゃんの様子ははたから見ればそれなりに不自然なものでしたが、高いお店を選んだだけあって今いる場所は個室です。誰かにその様子を見られて奇異の眼を向けられることもありません。


「おっにくー、おっにくー、おっいしいお肉ー……♪ 高くて柔らかくておいしくてー♪ 甘くつるんと喉を通るのー……♪」


 つい自作の歌を――もちろん他のお客に配慮して小声で――口ずさんでしまうほど、今の彼女は店内の雰囲気に合わせて興が乗っていました。

 

「ああお肉ちゃん、どうしてあなたはすぐに胃の中どこかへ行っちゃうの? 私はずっとあなたに口づけしていたいのにー……♪」


 気分は上々、心は高揚。

 その言葉を体現した通りのシュレムちゃんが目を閉じて店の空気に浸っているときに――その無粋な声は、突然響いてきました。


「―—おい酒だ! 酒をもっともって来い! 遅いぞ、何をしてるんだサボってるのかーぁ!?」

「も、申し訳ございません! ただいまお持ちいたしますので――」


 ……ピーしてやろうか。

 そう、つい心に思ったシュレムちゃんは悪くありません。

 せっかくの純粋なお肉への想いを唐突に汚された気分、それはまるで晴れ晴れとした青空にいきなり鉛色の絵の具をぶちまけられたような気分です。


「いるんですよねぇ、たまにああいう輩……」


 魔法使いギルドでは、魔法使いたちに課される税金の徴収も委託として行っています。

 そのためか、よく言われたものでした――「誰のお金で飯を食っているのか」と。

 あの類の人間はお金さえ払っていれば何をしてもよい、と憚ることを知らないのだとシュレムちゃんはわずか一年にして骨の髄まで学ばされました。

 そして彼女らギルド職員の立場としては速やかかつ後に遺恨を残さない穏便な対応を求められ、現場と上司の意向の板挟みにさせられて心労をため込みまくったものでした。

 きっと今頃相手の対応をしている店員も、同じような気苦労をため込んでいるのでしょう――。


「……仕方ありませんね」


 そこには僅かな店員への同情と、そしてそれ以上に湧いて出た火山の噴火のごとき怒りがありました。

 イラッ☆と額に十字を浮かべ、シュレムちゃんは自席から立ち上がりました。

 そうして声の主らしき狼藉者のいる個室へと、まっすぐに歩み寄ります。


「失礼。馬鹿がいるのはこちらですか」

「は? えっ、あっ、お客様っ、そちらはただいま別のお客様の対応をさせていただいておりまして、申し訳ありませんがこちらへ――」

「すみません、ちょいと失礼しますね」


 ちょうど側を慌てて通り過ぎようとした店員に確認したところで、シュレムちゃんは引き止められるのも構わずずかずかと進んでいきます。

 なにせ彼女のイライラはマックス。

 本来ならばこのようなことは店側の迷惑にもなるとは知っていますが、それでも煮えたぎるお肉への想いは止められなかったのです。


「見つけましたよ……」

「お、なんだ嬢ちゃん!? もしかしてお嬢ちゃんが注いでくれるんか!? わはは、そりゃ楽しみ――」

「黙ってください。そして黙ってくらいなさい辻ヒール! 『〇ね酒神よグッバイバッカス』!」


 少しばかり普段とは違う呪文名を宣言するシュレムちゃんですが、その効果は変わりません。

 瞬く間に体からアルコールを抜く彼女の呪文が、顔を真っ赤にして暴れていた男性客の正気を取り戻します。


「……えっ? あっ……」


 すぐさま状況を理解した男性は、きゅーっと顔を青ざめさせます。


「そんなにお酒を呑みたいならご自宅で、どうぞ?」

「あっ、あっ、あっ……。すみません……はい……」


 かと思えばシュレムちゃんの言葉を聞いて、今度は恥ずかしさのあまり再び顔を赤らめて引っ込んでいきました。


「まったく、またつまらないものを辻ヒールしてしまいました……」


 そう呟いて、シュレムちゃんは満足げな顔で自席に戻っていきました。

 そのあとに食べたお肉は良いことをした後ということもあって、ひとしおおいしくいただけたようでした。


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