第四話 私、ラーメン屋ではないのですが!


 猫探しの老婆を助けて以降、道端会議なんかでそれなりに噂が広まったのか、前よりは仕事が来るようになったシュレムちゃん。

 とはいえそれも言うなれば五十歩百歩、お客の頻度は閑古鳥が出入りを繰り返すくらい。

 精々が二、三日に一人依頼人が来るか否かで、これでは収支はまだまだプラスに転じません。

 となればやはり地道な営業活動をより積んでいくほかありませんが、それ以外にも手っ取り早い稼ぎを得られる手段はあります――そう、副業です。


 そんなわけで今日のシュレムちゃんは、学生生活以来のアルバイトに勤しむことに決めたのでした。

 そのアルバイト先とは――。


「へいシュレムちゃん、きっちり鍋の中見とけよ! さぼったりしないようにな――ってお玉が勝手にくるくる回ってるぅ――!」

「これくらいの単純作業、自動化して何か悪かったですか?」

「ばっきゃろう! ラーメンのスープ作りに大切のは素材と料理人との対話じゃい! その日その日によって違う野菜や骨の性格を見極めながら適度に煮込んでいくのがなにより大事に決まっとろうがこのおたんこなす!」

「いやだからそれを数値化して、常に適度な撹拌率を保ちつつスープを作っていると……」

「心ってのはなぁ、数値化できるもんじゃないんだよっ!」

「その根拠のない精神論をとことん主張できるところはある種尊敬できますね……」


 溜息を吐きながら――「こらぁ! 溜息が混じるとスープが濁るじゃろうがい!」―—何とも言えないぶすくれた表情をしながら、シュレムちゃんは豚の骨や各種香味野菜が煮込まれる鍋の中身をお玉でくるくると回します。

 その姿は簡易な短袖黒Tシャツと前掛け、そして三角頭巾と……そう、今日のシュレムちゃんはなんとラーメン屋のアルバイトをしているのです。


 ぐつぐつと煮えるスープは実に暴力的な臭いを漂わせており、乙女の腹をダイレクトにくぅくぅ言わせてきます。

 しかしラーメンと言えばそう、炭水化物に油分に塩分のトリプルコンボ。美容に敏感な二十代乙女の大敵にして宿敵です。


 そんな相手を目の前にしながら我慢を強いられるシュレムちゃんは、代わりとばかりにその味を押し上げる作業に集中していました。 


「まぁいいからほら、一口味わってみてくださいよ。旨いか不味いか、話はそれからでは?」

「けっ、まだ煮込み始めて三時間だぞ? そんなだしもロクに出てるはずが――コクうまっ!? なんじゃこりゃあ!?」

「だから言いましたよね、計算したと」


 鍋中の熱による対流を火魔法で早め、圧力を風魔法で高めることにより短時間でうま味を抽出。

 そこから雑味のもととなる灰汁を水魔法で分離させ、土魔法による微粒子操作で不純物をこしとる。

 そうして、なるべく味見した時に覚えた通りの店主のスープそのものを自動で作っちゃう魔法を、シュレムちゃんはわずか三時間で作っちゃったのです。


 「久々に凝り甲斐のある魔法を作れました(シュレムちゃん談)」―—なお、このアルバイトでしか使えないまったくもって趣味全開の無駄の極みとも呼ぶべき魔法であります。日々魔法の深淵に挑んでいる魔法使いギルドの研究者たちは泣いていい。


「うぐぐ……悔しいが認めざるを得ねぇ。このスープ、バイトが作っちゃにしちゃあ上出来だっ。初心者皆伝の称号を認めてやろう! だがここからが入り口にすぎねぇ、偉大なるラーメン道を究めるにはもっと励むんだなっ!」

「なっ、言うことに欠いてこのスープが中途半端ですって……その言葉は聞き捨てなりませんね!」


 店主からしてみれば最大級の賛辞を投げかけたつもりでしたが、シュレムちゃんは侮辱で心を抉られたように感じました。

 彼女自身スープづくりに真面目に取り組んでいたのに、そこにどうして足りないものがあると平然と言えるのか――視線で問うシュレムちゃんに、店主は答えます。


「簡単よ。シュレムちゃん――てめぇ、スープに入れる醤油と背油ケチ・・ったな?」

「っ、なぜそれが!?」

「確かにてめぇの見極めは絶妙だ、並の客の舌にゃあ分からねぇ。だがプロを舐めるんじゃねぇっ!」


 その店主による心からの叫びに、思わずシュレムちゃんは震えます。


「どうせ女のことだ、塩と脂は体に悪いからなんて思ったんだろうな。手に取るようにわかるさ、俺はこれでも愛する母ちゃんがいる身だからな。―—だが、ラーメンは断じて最近はやりの健康食なんて言うチャチなもんじゃあねぇ!」

「っ!」

「ラーメンってのはなぁ、お上品に食べるもんじゃねぇ! 本能のままに、一心不乱にかっ食らうもんだ! 旨けりゃそれでいい、健康なんてくそくらえだ! 人生ってのは薬ばっかじゃすーぐぽっくり逝っちまう、毒も押しなべて食らいつくすほどの気概がなきゃこの荒波、超えられねぇ!」


 その時、確かに彼女の眼には映りました。

 ざざーん! と押し寄せる荒波を背負う、店主の男気溢れる立ち姿というものが。

 シュレムには男気は理解できぬ。シュレムはしょせん、ただの女魔法使いである。

 されども何かに対して真剣に向き合う者の心意気を理解できぬほど愚かではありませんでした。


「くっ……わかりました。ここはおとなしく引き下がりましょう。しかし、私のラーメン魔法はいつか店主、あなたの味を超えてみせましょう!」

「おうとも、挑戦ならいつだって受けて立つぜ! それこそが俺のラーメン道ってもんだからな―—高みで待ってるぜシュレムちゃん、いや、シュレム!」


 それはまさに竜に挑まんとする若い虎の姿そのものであり――その光景に、厨房の熱気が心なしか数度上昇したように感じられました。


 ……それはそれとして。


「まあ、てめぇの素材を数値化する技術は便利だから掛け値なしに認めてやる。どうだ、このままバイトじゃなくて正式に店員にならねぇか? ―—あ、菜切り包丁取ってくれ」

「嫌ですよここの厨房ってば暑苦しいし油臭いですし。女の子にとっては嫌な魅力に充ち溢れすぎですから、精々が最初に約束した週二のアルバイトです――はい、どうぞ。ついで叉焼の下味用のニンニクとリンゴ、きっちりすりおろしておきましたわ」

「くぅ、そういった単純な下処理にはクッソ便利だな魔法……」

「ふふん、あなたのスープづくりにはまだまだ敵いませんがこのくらいならいくらでもドンと来いですよっ」


 普通に仕事ぶりは悪くなかったので報酬は弾んでもらえました。

 よかったですね、シュレムちゃん。

 未来のラーメンマスターは君だ――「いえ違いますよ!?」―—そこまで食い気味に否定しなくてもいいじゃないですか。



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