第三話 私、探し物は得意です!
そうしてさっそく、普段借りているボロアパートの下でちょうどよく空っぽになっていた店舗スペースでなんでも相談屋を開業したシュレムちゃんでしたが――ぶっちゃけ、暇でした。
「おっかしいですねぇ……【シュレムちゃんにお任せ! 日々のお悩みなんでも相談所!】この名前に惹かれない困り人なんてそうそういないはずなのですが……まさかこの私のネーミングセンスが壊滅的だなんて、そんなわけでもあるまいし……」
いいえその通りです……こほん。
むろん、彼女の事業所に閑古鳥が鳴いているのはそれだけが原因ではありません。
新米で実績もロクにないシュレムちゃん事務所になんて、そうそう仕事が舞い込むはずもないのです。
「業腹ですが仕方なし。ここは自分の足で仕事を取ってくることにしましょうか。レッツゴーアヘッド!」
閑古鳥の鳴き声に耳を澄ませるのもオツなものですが、彼女の懐事情的にはそんなわけにはいきません。
店舗スペースを借りていれば、むろんゴリゴリと賃貸料が取られていきます。
このままでは素寒貧まっしぐらともなれば、多少無理してでも仕事を確保すべきです。
「さーて、困っている人はいませんかー? 便利屋シュレム・ホワイトフィールドさんがお出ましですよーっと……」
営業という言い分の名のもとに、シュレムちゃんは適当に街をふらつきます。
すると意外と人は誰かに相談しないだけでお悩み事を抱えているもので、彼女はさっそく一人の困ったような顔をして周囲を見渡す老婆に出くわしました。
「ああ、困ったわねぇ……」
「おや、どうされましたお婆さん?」
「いえ、ちょっとウチの猫がいなくなってしまってねぇ……。昨晩帰ってこなかったものだから、探しに来たのだけれど……」
「ふむふむなるほど。ではここは私に任せてみませんか? すぱっと魔法でこの事態を解決してご覧にれましょう!」
「え、ええ……はぁ」
老婆が困惑するのも無理はありません。
この世界において魔法使いでない人間の想像する魔法はもっぱらお伽噺の中のもので、城や砦を吹っ飛ばしたり悪魔をやっつけるような超派手な攻撃魔法ばかりだからです。
しかしそれ以外にも、人気の攻撃魔法の使い手である匿名Aさんなどからは「みみっちいwww」と蔑まれるような便利魔法があるのです。
「ちなみにそうですね、お値段はなんと破格の三千レナル! むろん失敗した時にはたとえ一レナルとも戴きません! どうですか!?」
「三千レナル? 高っ……ううん、何でもないわ。むしろそれくらいで見つけられるなら安いものかしら? 失敗したらお値段は取らないっていうし、それなら……わかったわ、お任せしてみましょうかしら」
「任されました! では失礼ながら、そこについている猫ちゃんの毛らしきものを一つ拝借いたしましてっと」
ぴっ、と老婆の服についていた猫の毛を取り、シュレムちゃんは人通りの少ない道端にいったん寄ります。
何をするつもりかしらと様子を眺める老婆を前に、彼女はまず近くに落ちていた木の棒で簡単な街の地図を地面に描きます。
「では一回目、行きますよ――【
シュレムちゃんが唱えると同時に、猫ちゃんの毛を地図の上に落とします。
するとそれは町の東側、彼女たちが今いる地区の隣にある住宅街を示す位置に落ちていきました。
そしてもう一度、今度はその近辺を拡大した地図をシュレムちゃんは地面に書き起こします。
「二回目――【
そうして再び老婆から採取した猫の毛を落下させると、不思議なことに、住宅街の一角にぴしりと毛の先端が刺さって突き立ったではありませんか。
「よし、この場所ですね。では行きましょうお婆さん、あなたの猫はここにいます」
「嘘でしょ……こんな馬鹿馬鹿しい占いが魔法だなんて……?」
そう言いつつも、老婆はきちんとシュレムちゃんに付き合って一緒に来てくれます。
そうして目的地の近辺へ来たシュレムちゃんが、今度は方から下げていたポシェットから二つのくの字に折れ曲がった金属製の棒を取り出します――そう、ダウジングです。
「むむむ……」
「こんなので見つかるはずが……はぁ、騙された気分よ……付き合って損したわ……え?」
溜息をつく老婆ですが、その耳に確かに聞こえました――にゃーにゃーと、猫の鳴き声が。
それは聞き間違えるはずもない、愛猫の声。
「どこにいるのアイラちゃん!?」
「ふむ、あそこですね」
驚き慌てた老婆に対して、シュレムちゃんは二軒先の建物の玄関脇に積まれていた木箱の隙間をダウジング棒の先で示します。
なんとそこには、老婆についていた毛のものと同じ毛色の猫が横たわっていたではありませんか。
見れば、近寄って老婆が抱きかかえた猫の後ろ足はぽっきりと折れているではありませんか。
「ああ、こんな状態になったのなら帰れないのも無理はないわね。急いでお医者さんに見せないと――!」
「では近くの動物のお医者さんまで送っていきましょう。馬車代わりの特急料金で二千レナルいただきますが……」
「いいからさっさと送ってちょうだい!」
もうこうなればシュレムちゃんの力をうさん臭く思うこともありません。
即断即決の老婆の心意気に打たれた彼女は、その体を抱きかかえて文字通り
「―—【
渦巻く風を体に纏い、上昇した身体能力を以てシュレムちゃんとその他一人と一匹は家の屋根を全く間にひとっ跳び。
ほぼ直線と変わらない最短最速ルートを通って、彼女らはお目当ての動物医院にたどり着いたのでした。
「はいどうぞ、これにて依頼完了です」
「ありがとうお嬢ちゃん! これでこの子も助かるわ!」
急ぎ病院に飛び込んでいく老婆の後に続き、シュレムちゃんもまた清潔な雰囲気漂うその中に入ります。
そして受付を終えた老婆から報酬として合わせて五千レナルを貰い、最後に「これからもどうぞ【シュレムちゃん相談所(略称)】を御贔屓に」と宣伝をして別れるのでした。
「うーん、たったこれっぽっちのお仕事で五千レナルなんてうまうまですねー! これはもうちょっと頑張ればもっと稼げるのでは? よーし、もっと困ってる人を探しちゃいましょう!」
この後シュレムちゃんは目いっぱい働きましたとさ。
そうして得た収入は合計一万と三千レナル、まずますと言ったところで彼女はご満悦といった顔で帰路につきました。
なにせ今の彼女には肉体的な疲れがあるとはいえ、これ以上無茶な仕事を提示間際に振ってくるようなくそったれ上司はいないのです。
それだけで未来がバラ色ミラクルハッピーに見えるシュレムちゃんは、帰ってからようやくかつてご執心だった連載小説に食指を伸ばすことが叶ったのでした。
「ふんふんふーん♪」
お風呂から上がって寝巻に着替えた後、るんるん気分で表紙の埃を払ってさっそく文字の世界に没頭するシュレムちゃん。
過労死ライン余裕超えの激務でもなく、ぐーたらだらだらニート生活でもない、適度な労働を経て刺激された脳での読書は、それはそれは楽しいものでした。
やっぱり何事も適度が一番、というやつですな。
めでたしめでたし。
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