第二話 私、なんでも相談屋を開設いたします!


「あー、働きたくないぃ……」


 そう、ダメダメ人間っぷりが垣間見える……どころか前面にデカデカと見えるクズ発言をするのは、毛布の中で芋虫になったシュレムちゃんです。

 しかしそうも言っていられないことは、彼女が手元にぱかっと開いた通帳の字面がれっきと示していました。


 人は生きながらにして金を消費していくもの。

 家賃に食費に水道代と、何もせずともがんがん貯金は減っていきます。

 魔法学校時代のバイトも含めてそれなりに余裕はありましたが、少しずつ、しかし着実に減っていくこの現状を見て動き出さないほどシュレムちゃんは怠惰ではいられませんでした。


「でも働かなければ人は生きていけぬのです……。やるもやらぬもやらねばならぬのです……」


 仕事を辞めてはや二か月。

 なんだかんだ言って燃え尽き症候群になった彼女は、積ん読の山の一つもろくに溶かせぬままぐーたら生活を続けていました。

 このままではヤバい……適度な趣味を楽しむには適度なストレスが大事だと、そういえば昔のどっかのエ〇いも言っていたなーとシュレムちゃんは思い出します。


「いい加減働きますかー、でもなー……なにしましょっかねぇー……」


 ここで彼女は、魔法学校の卒業生の就職先ランキングについて思い返します。

 一位は彼女のもと勤め先たる魔法使いギルドの研究職、そして二位はそこの事務職(ドブラック)です。三位は騎士団、四位は警備隊などとしばらく国仕えが続きますが、たいていどうせそこもロクな仕事場じゃないと彼女は首を振ってそれらの選択肢をかき消します。


 そうこうしてついに出てきた中に、民間のギルドがありました。


 いわゆる雑多の中小ギルド――国やその他商売人から依頼を受けて護衛や魔物狩りなんかを行う、多種多様な本家本元ギルドからしてみれば下部組織とも呼べる存在。

 そこでならまあ、仕事の一つや二つは見つかるでしょうと楽観的に意気込んだ彼女はボサボサの髪を魔法で整えます。


 ストレスがマッハで白髪が増えてきたのを隠すために開発した特殊な発色魔法―—なんとその日の機嫌によって髪色が変わるという、オリジナルの傾奇者染みたおしゃれ魔法―—を用いた薄紫色のストレートヘアを軽く編んでシュシュでまとめた後、シュレムちゃんはお出かけの準備を整えます。


「よーし、準備万端オールオッケー! 気張って久々の社会にレッツゴーと洒落込みましょー! おー!」


 ……一人暮らしを続けると、自然と独り言が増えるもの。

 なんだかよく分からない宣言を経て可愛らしく握りこんだ拳を天に突き出したのち、弾む足取りでシュレムちゃんはひと月三万レナル(≒日本円にして約四万円)のボロアパートを飛び出すのでした。







 とりあえずと近場にあったギルド、【白狼の巣窟ホワイト・ワイルダース】に足を運んでみたシュレムちゃんは、懐かしい声に呼び止められました。


「あ、シュレム先輩!」

「おや、サリアちゃんじゃないですか。どうしてここに?」

「どうしてもなにも、ここってあたしのギルドですし? ちょうど魔猪狩りの任務から帰ってきたんですよー!」


 快活にシュレムちゃんに話しかける、小麦色肌の短髪少女。

 その名はサリアと申しまして、シュレムちゃんにとって一つ下の後輩にあたります。

 こうして溌剌としていられるあたり、ここは彼女にとって当たりの職場だったようです。

 うまく就職ガチャを引き当てられたようで、先輩としては微笑ましい限り。

 同じ社会人としては少しばかり妬ましくもありますが、そんな感情を自分を慕う後輩を前に晒すほどスれたつもりはシュレムちゃんにはありませんでした。


 彼女は先輩風を吹かせた余裕面の笑みを浮かべて、サリアちゃんと話します。


「ほぅ、魔猪狩りですか。そういえば今頃が繁殖期で、街同士を行きかう商隊にとっては遭遇を憂慮すべき危険事態の一つになっていましたね。お疲れ様です」

「いえいえー、先輩方が優しくてあっという間に終わっちゃったので大して疲れてもいませんよー! ところで先輩はどーしてここに? あっ、もしかして依頼です? だったらあたしたちにやらせてくださいよ!」

「違います。というのも、実は仕事を探していまして。ここのギルドは求人をしていたかなと確認しに来た次第なんです」


 シュレムちゃんのその言葉に、後輩ちゃんは驚きに目をまんまるにします。


「えー!? でも先輩ってばエリートの魔法使いギルドに就職したんじゃ……」

「肌に合わなくて、つい最近辞めたんですよ。おかげで今の私は絶賛職探し中のダメニートです。あっはっはハハハハハハ……」

「え、ええ……」


 壊れたような笑みを浮かべるシュレムちゃんに、後輩ちゃんはどう反応すればいいのかわからず思わず助けを求めて周囲を見渡しました。

 しかしそんな彼女に助け舟を出す紳士は運悪く訪れず、困った彼女はもう仕方ないとシュレムちゃんの手をつかみます。


「仕方ありません、こういう時は呑みましょう!」

「ダメダメニートまっしぐらでお布団もぐらの私は誰でしょう? そう、お先真っ暗の魔法使いちゃんことこの私です……え?」

「こういう時はお酒を呑むに限ると先輩方も言っていました! 都合の悪いことなんか忘れてしまうのが社会人として生き抜くコツだって! というわけでさあ行きましょう今すぐ行きましょう!」

「え、でもまだお昼で……こんな時間から酔うほど私はダメ人間になったつもりは……」

「まあまあまあまあ良いですから! ほら早く!」

「あ、は、はい……あなた、ここまでお酒大好きでしたっけ?」


 前言撤回。

 どうやらサリアちゃんもそれなりに職場の先輩から悪い影響を受けているようでした。


「学生時代はやんちゃが過ぎるとはいえ、お酒は嗜む程度だったはずですが……」


 デスクワークばかりで体がなまってしまったシュレムちゃんには抵抗などできるはずもなく、彼女はあっという間に後輩に引きずられて本来の目的であるはずのギルドから酒場へと遠ざかっていくのでした。







「―—それで、実は今回のお仕事、山の中だから私得意の火魔法が全然使えなくってー……ぐすっ」

「あはは、それは災難でしたね……(そういえばこの娘、泣き上戸でしたね……)」


 適当に注文した安酒をそれなりにかっくらって酔っぱらったサリアちゃんを、シュレムちゃんはよしよしとなだめます。

 おかしい、本来は自分が慰められる展開だったはずなのにいつの間にか自分が後輩を慰めている……さてはこの後輩、デキる! などと考えているシュレムちゃんももう割と酔っていました。


 酔いでべろんべろんになりつつある舌を無理矢理動かして、サリアちゃんは立て続けに話します。


「学校じゃ適性のある火魔法はめっちゃくちゃ頑張ったんですけど、それ以外の魔法はからっきしで、教本の中にあったのをある程度使えるくらいで……ほら、学校じゃそこまで攻撃性の高い魔法ってないじゃないですか? それで本当に今回は役立たずで……」

「まあ、そうですね」


 魔法学校で教えられる魔法の威力は、基本的には精々が相手を骨折させる程度。

 それ以上のものは才能を見出された属性についてしか教えられず、卒業したての魔法使いの戦闘適性は大概が偏ったものになっています。本来ならそこから就職先でそれぞれに必要な魔法をさらに学んで行ったりするのですが、サリアちゃんはまだ社会人一年生。

 それで偶然にも自分にとって相性の悪い戦場を引いてしまったのですから、役に立たなくても仕方がありません。


 ただ、これから頑張っていけばいいだけなのです――そんな、たった一年だけど先輩である社会人からの激励として、シュレムちゃんは手近なナプキンに手持ちのペンでさっと書いたものをサリアちゃんに渡しました。


「うわーん……これは?」

「とりあえず基本四属性の上級魔法の陣ですよ。ちょっとしたアレンジも含んでますが、これを覚えておけばその後の派生も覚えやすくなるでしょう」

「えっ、なんでそんなのをあたしに……? というかなんで先輩が知ってるんです……?」

「前にちょいと教授の研究室に失敬した時に盗み見……こほん、いくつかの軍用魔法を偶然目にしましてね。それをちょちょいと参考にさせてもらって、威力はそのままに別の術式として発動するよう再現したんです。これならあなたの役にもいくらかは立つでしょう」


 シュレムちゃんの卒業時に卒業していた研究室は、基礎魔法の研究室でした。

 その中での彼女のテーマは「いかに術式の無駄を切り詰めて楽に魔法を使えるようにするか」―—その応用でちょっとばかり魔法陣に詳しくなった彼女は、こうした魔法の改造が得意でした。

 威力を上げたり攻撃範囲を変化させたりと、先人たちの築いた魔法体系をおもちゃのように好き勝手に弄るなと教授に叱られたのがつい昨日のように思いだせます。


 なおそんなことをしていれば事務職ではなく研究職になればいいものを、と思った諸兄もいることでしょう。

 しかし彼女の卒論タイトルは七徹目の果てにポンと思いついた「サルでもできる魔法使いのなり方~バナナを食う暇があったら杖を持て~」と言うものでして、そんなものが魔法使いであるという特権を笠に着たお偉いさんに受け入れられるはずもなく。

 怒り狂った彼らの手によって、あえなく研究職は不合格となったという裏話があるのでした。


「うっそでしょー……こんな……こんなもの……」

「ああ、私のアレンジは嫌でしたか? 確かに魔法陣のテキトーな改造は暴発すら引き起こしかねませんし、怖がるのも無理はありませんか。嫌ならこれくらい燃やして捨ててしまいますが――」

「こんな貴重なもの! ありがたく受け取らせていただきます! へへーっ、さすがはあたしの見込んだ先輩ですぅ!」

「あっ、そうですか」


 サリアちゃんはシュレムちゃんの手から魔法陣の書かれたナプキンをひったくり、大事そうに胸元―—というか開けっぴろげにされた胸の隙間にぎゅっと押し込みました。

 確かにそこなら軽々しく手を伸ばすスリもいないでしょうし安心できますが……シュレムちゃんは何か言いたげな目で自分の胸元を見下ろしました。


 決してないとも言えませんが、慎まし気な主張しかしない自分の胸部装甲。

 一方目の前で顔を真っ赤にして酒をぐびぐび飲み干す後輩ちゃんのは、彼女の性格さながらにぼよんぼよんと跳ねています。

 それをむむむ……と半眼で見つめながらも、シュレムちゃんはもうこうなりゃヤケだと自分も酒をぐびぐび杯を傾けることにしました。


 都合の悪いことは忘れよ!


 そんなどこで聞いたのか忘れた格言のままに、シュレムちゃんは酔いの回った世界の中で現世の苦しみを忘れてふわふわと揺蕩うのでした。







「おい、起きたまえサリアの先輩どの」

「んー、むにゃむにゃ……もう謎ルールでお給料の出ない早朝出勤はごめんですよぅ……」

「やべぇこと言ってんな……じゃなくていい加減起きろってば」


 いい感じに夢うつつを揺蕩っていたシュレムちゃんを起こそうとする謎の声。

 それに嫌々ながらも目を覚ました彼女は、槍を背負った男の心配そうな顔を目の当たりにします。


「むにゃ……あー、ちょっと待ってくださいね。『去れ酒神よバイバッカス』……あなたは?」

「うおっ、急に顔が真っ赤から普通のに戻りやがった。なんじゃそりゃ、酔い覚ましの魔法か? なんでもありだな、魔法使いってやつは」

「なんでもはできませんよ、理解できることだけです……で、どこの誰です? そこの我が愛しの後輩を肩に抱えて連れ去ろうとしてる殿方も含めて、不埒なことを考えているなら消し飛ばしますが?」


 目をギラリと輝かせた戦闘態勢のシュレムちゃんに、男は慌てて否定しようと手を振ります。


「いや怖ぇよ。つーかちげぇし。俺たちはこいつのチームメンバーだよ」

「ああなるほど。酔いつぶれた彼女を運んであげようとしていただけですか、勘違いしてすみません。ですがそちらのあなた、その必要はありませんよ。『巡れ時神よハイクロノス』」


 そうやってシュレムちゃんが指を振って、先ほど自分にかけた酔い覚ましの魔法を使いまわすと、今度はむくりとサリアちゃんが顔を上げます。


「あれ、みんな? 確かあたしってば久々に会った先輩とお酒を呑んでて……」

「酔いつぶれてたあなたを皆さんが迎えに来たようですよ」

「あーそうなの? ごめんねみんなー!」


 明るく笑って謝罪する彼女に、チームメンバーだという彼らは苦笑をこぼします。


「まったく悪気がねぇぞこいつ……」

「一人先に依頼達成の宴をおっぱじめやがった挙句この態度、少しは反省しろや」

「あははっ、だって先輩が暗い顔してたんだもん! だったら一緒に呑まなきゃおかしいでしょ?」

「なるほど。そりゃー確かに頷ける。仲間の俺たちに一言も断らずっていう点を除けばな」

「だからごめんってばー」

「まあいい、そら行くぞ宴だ。てめぇにとっちゃ飲みなおしだが」

「あーうんそうだねー! それじゃ先輩、また会いましょー!」


 ぶんぶんと手を振るサリアちゃんはその時、胸元で何かがこすれる感触に気が付きます。

 取り出してみるとそれは、さっきシュレムちゃんが彼女にやった上級魔法の魔法陣ですが、彼女にはとんと心当たりがなかったようです。


「あれー、なんだったっけこれ?」

「もう忘れたんです? それはさっきあなたに渡してあげた、上級魔法の陣じゃないですか」


 それを聞いたチームメンバーの顔色が、さっと変わります。


「お、おまっ、そんな大それたモンをよくもまあそんな大それたところに……」

「なによ、エッチな目で見ないでよこのスケベー」

「見てねぇよ! つーかそれどころじゃねぇよバカ、上級魔法っつったら一つ勉強すんのに軽く百万レナルはいる、俺たち駆け出しにゃあまだまだ手の届かない代物だぞ!? そんなもんを軽々しくくれる先輩ってナニモンだよ!?」

「何者って、先輩は先輩だけどー?」

「ええいモノの価値が分かってねぇのかお前は! ……すいません、こんなものをもらっちまうなんて、でも俺たちにゃあそこまでの金はまだ出せなくて……」


 慌てて腰を低くして頭を下げてくるサリアちゃんのチームメンバーの男性ですが、シュレムちゃんにはそれほどのこととは思えませんでした。

 ただ自分の趣味が高じて出来ただけのものですから――それに労力をかけたとか賃金に見合う仕事をしたとか、そんなことは微塵も考えてはいなかったのです。


「いやいいですよ、そんなことをしなくても……」

「駄目っす! こういうもんはちゃんとしなきゃいけないって上からもキツく言われてるもので……きちんと何年かけてでもきっちりお支払いしますんで! だから取り上げるとかはしないでくださいっ!」


 ここである程度酸いも甘いもかみ分けて、無知な相手からはとことん搾り取ろうとする下手に年の功を重ねた相手ならばシュレムちゃんの行為に存分に甘えたことでしょう。

 しかしサリアちゃんのパーティーメンバーは彼女と同じく、社会に出て一年目の新米ほやほや。公私混同などもっての外という純真無垢な社会人である彼らは、恩には恩を以て返すという清廉潔白な精神に満ちていました。

 そんな彼らの輝きにうっと目をやられたかのようにひるんだ彼女は、そのままなし崩し的に彼らの提案したローンを受け入れるのでした。


「いやまあ、そんなつもりは毛頭ないですけど……まあ、それはそれでいいですよ。それで君たちが納得できるんでしたら」

「うっす、ありがとうございます! このご恩は必ずお返ししますんで! しゃあ行くぞお前ら、これからしばらくまた忙しくするぞ!」


 おうっ、と仲の良い声を上げて彼らは去っていきました。

 一人残されたシュレムちゃんは、すっかり冷めきったおつまみの焼き鳥をついばみながら再びくぴっとお酒を一口呑んで……。


「……なんかだいぶ都合のいい話でしたが、これはいわゆるシュレムちゃん不労所得を手に入れちゃいました、みたいな? なんと幸先のいいことでしょう。まるで夢みたいな……」


 とはいえ新人たる後輩ちゃんたちの稼ぎなど微々たるものであることは言うまでもありません。

 そんなものに期待せず、また別の稼ぐ手段をこの時のシュレムちゃんはぴぴんっ! と思いついていました。


 そう、自分の得意なオリジナル魔法を生かしたお仕事。

 堅苦しい研究なんて本来のシュレムちゃんの肌に合いません。


 例えば先ほど使った酔い覚ましの魔法など、ギルドの上層部に巣くう頭のお堅い高尚な連中には見向きもされないような、日々の生活に使えるちょぴっとした魔法を彼女は学生生活の手慰みに山ほど作っていました。

 そういったものを使って人々に便利な生活を慎ましくお届けする『なんでも相談屋』なんてのは――。


「―—あり、なのかもしれませんね……」


 かっちり魔法に関わる仕事をするなら認可だったり色々必要ですが、これならそんな面倒な手続きも必要ありません。


「それに、一人で開業してる分には前の職場の連中みたいに「下らないことに魔力を使うな!」なんて怒鳴られることもないですしね……思う存分頑張れちゃうってわけです! あはは、これは名案ですねー!」


 思い立ったが吉日と、彼女は再びアルコールにまどろみ始めた徹夜状態に近い頭の中でさっそく屋号を考え始めてみるのでした……。


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