【完結済】新米魔法使いちゃんの脱ブラックギルド語り ~「みんなやってるから」はもうごめんです、私は自分のペースでテキトーに頑張りますので放っておいてください~

揺木ゆら

第一話 私、ここを辞めさせていただきます!


「新入式の時に宣誓した内容は嘘だったのかね? 世のため人のために我がギルドで精神精神頑張るという宣言を、君は確かに行ったはずだ――違うかな?」

「これまで私たちは君に良くしてきたつもりなんだがね。仕事のことは色々と教えてあげたし、終業後も君のために時間を取って付き合ったりもした……困ったことがあればなんでも相談してくれとも言ったよね。それなりに良い関係を築けていたと思っていたのは、私だけだったのかい?」

「そもそも入社して僅か一年で辞めるのもどうかと思いますよ。新しい仕事の目途もついていないでしょうに。――もっとも、たった一年足らずで辞めてしまったという諦めの早いあなたを採るところが早々見つかるとは思えませんが。せめてあと一年と思って、もう少し頑張ってみたらどうです?」


 そう対面から一方的に畳みかけようとする彼らこそは、先日ちょうど社会人一年目を終えたシュレム・ホワイトフィールドちゃんの上司および人事担当でした。

 彼女は新卒枠で国の公的機関である魔法使いギルドに入った、いわゆる一般新米魔法使いの一人でした。

 魔法学校を卒業して、栄えある役人の一人になった当初の彼女は、それはもう彼らの言うとおりに国のため社会のために頑張ろうと意気込んでおりました。


 しかし、と彼女はキッと眦を吊り上げて抗議の声を上げます。


「くっ――でも、これ以上ここで働くのはもう私には無理です!」

「何故そのように簡単に――」

「―—何故ならッ!」


 彼女は食い気味に、相手に声を被せる勢いで答えます。

 もう今日限りで辞めるのだと思えば、普段ならば「はい……すみません」とここで屈していたであろう情けなさも振り切れます。

 心に溜めに溜め込んだ職場に対する不平不満を、彼女は洗いざらいぶちまけます。


「いっつも無茶苦茶なクレームに対応しなきゃいけないし仕事は毎日山のように降ってくるのにそもそも人手不足でてんてこまいにさせられるし、マニュアルはなくて仕事のやり方は口頭伝達ばっかりで前任者の仕事記録を参照しようにも人によって置き場所がバラけてるし、休日出勤も当たり前だしなにより残業は自主的な残務処理だからと言われて無能呼ばわりされてるように思うし――なにより働いた分だけお賃金が出ないなんて、もうこりっごりなんです!」


 両の拳を固く膝の上に握りしめて、薄暗い会議室の中央に見せしめのように座らされたシュレムちゃんは叫びました。


 そう、魔法使いギルドはドが付くほどのブラック職場だったのです。ギル“ド”だけに。


 彼らから先ほど言われたような言葉や視線など、嫌というほど同僚先輩そして上司から投げかけられてきました。それで仕方なしに仕方なしに――もうホント、仕方なしに彼女は必死に耐えてきたのです。

 しかしそれももう限界。

 シュレムちゃんの忍耐袋の緒は、ついにプッツンしちゃったのでした。


「しかしだね、前にも言ったかと思うが……ギルドに働く者として金のために働くという卑しい考えは捨てるべきだよ。みな君のような考えを持ちながらも一生懸命頑張っているのだから、君一人がわがままを言うのは……」

「そんなの知りませんよ! だったらその人たちだけで勝手にやってりゃいいじゃないですかっ! 彼らは大丈夫でも私にはもう無理! 無理ったら無理、限界も限界なんですよッ!」


 何事にも限度というものはあります。

 シュレムちゃんにも社会奉仕の思いの一つくらいは当然、ないわけではありません。

 しかしそれはお金をもらえればこそのお話であり、それを建前に無償奉仕を当たり前のように押し付けられてばかりでは、そんな思いなどどこかへ消えてしまうのも当然でした。


 だって、シュレムちゃんは聖人ではないのですから。

 窓口に来た人から暴言を石つぶてのように投げつけられても、なお自分の死刑場過労死ラインまで十字架を背負い歩くお仕事を頑張れるような強靭な精神はなかったのです。


「これ以上ここにいたら、私は死んでしまいますッ!」

「そんな大げさな――」

「なにが大げさなもんですかっ! 毎日五時間睡眠で趣味に費やす時間もろくに持てず、休日は寝て起きたらあら夕方で涙でまた一日無駄に過ごしてしまったと枕を濡らす日々! こんな日々はもうこりごりです!」


 シュレムちゃんはもとより読書家で自堕落家でした。

 学生時代は授業以外の時間は部屋に籠って通俗小説の世界に耽ったり、清涼飲料水やお菓子をつまみに魔法テレビを見てだらける情けない学生でした。


 そんな彼女が今や、どうでしょう。

 部屋の隅に買って封すら開けていない新刊の山を積んだり、録画だけした動画データをゴミ同然に記憶領域の端っこに放置してあるのが現状です。

 いつの間にか最新刊・新作が出ていたとしても、「それって私知らないんだけど? っていうかそもそも最後に見た話の展開ってどんなのだっけ?」などという有様です。これはひどい。


「という訳でこれ以上何を言われようと私はここを辞めます! 仕事のし過ぎで死ぬくらいならいっそ仕事せずニートになってのたれ死んだほうがまだマシですのでッ!」

「あっ、ちょっ――」


 こうなったらもう彼女を止められる者は、彼女自身を含めて誰もいませんでした。

 シュレムちゃんは椅子を蹴とばす勢いで立ち上がり、そのまま目の前に座る上司の机までツカツカと歩み寄ります。

 その剣幕に思わず身を引いた上司の前に置かれていた辞職願を改めてつかみ上げ、そして勢いよくバシンッ! と叩きつけました。


 その勢いがあまりに強かったのか、舞い上がった風の勢いによって意図せず上司の被っていたかつらが宙に舞い、つるつるてかてかな頭部が露になります。

 膨れ上がった腹部といい短い手足といい、その姿はよくよく見ればまるでダルマさんのようだとシュレムちゃんは思いました。ですが残念なことに、その面構えには可愛げの一つもなかったので彼女のいらだちはますます増すばかりです。


「ともかく! もうこんな仕事なんてやってられるかってんです! 我慢ならもう十分してきました、引継ぎの用意もきちんと済ませてきましたとも! あなたたちに嫌味なんて言われないようきっちりかっちりとね! という訳でオサラバです!  くたばれファ〇キンブラックギルド!」


 もうどうせ最後なのだからと、怖いもの知らずのシュレムちゃんは用は済んだと言わんばかりにそのまま胸につけていたギルド章を引き千切り床に叩きつけました。

 キィン、と小気味良い音を立てて跳ね返った徽章はそのまま上司の机に落下し、もう一度跳ねて、彼の足元に落ちていたかつらの上に落ちるのでした。

 そのオチも見届けずに、彼女は奇しくも就職活動時の面接に使ったのと同じ会議室を出ていきました。




 そうしてシュレム・ホワイトフィールドは、晴れて無職となったのです。

 世間的には蔑まれるであろう勲章を得た彼女でしたが、その顔は実に晴れやかなものでした。

 この後の職探しや親への言い訳など一抹の不安がないでもありませんでしたが、それよりもなお、不安を上回る「やってやったぞ」という全能感が彼女を満たしていたのです。


 そんな彼女が果たしてこの先、どうなることやら。

 暇つぶしがてらにでも観賞していただければ幸いです。


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