「で、なんで俺のとこに来るわけ?」


傍で縮こまっている私に一瞥もくれずに、近江涼介は読書に勤しむ。


「だって植木鉢だよ?!

金髪じゃ身代わりにしかなれないだろうし、榛名聖じゃ心許ないし…」


1番頼れそうな近江涼介と僅かな休憩時間でも行動を共にするのが、最も安全な気がする。


「つかなんで鞄抱えてんの?まだ授業残ってるけど。」

「ああこれ?教科書とか捨てられると困るから、自己防衛よ。」

「お前は何と戦ってんの?」

「陰湿ないじめとですけれども。」


教室内から近距離で痛い視線をぶつける女達に、犯人は誰だとばかりに睨みを利かせる。近江涼介はやっと本を閉じたかと思えばため息を吐いてこちらへと向き直った。


「何が来ようと1人でぶっ飛ばすんじゃなかったっけ?」

「さすがに武器を用いての攻撃は遠慮したいんで 近江涼介のそばにいれば女子からの直接攻撃は避けられるしさー…。」


対策を説明していると始業を伝えるチャイムが鳴る。


「チャイム鳴ったぞ、教室帰れよ」


私になんか一瞥もくれずに冷たい声で言い放つ。


なんだよなんだよ、自分は関係ありませんってか。


胸にもやっとしたものが残る。嫌な感じだ。


「ごめんね、“近江君”。もう頼らないから」


特上のぶりっこスマイルをぶつけて踵を返す。


冷血漢なんか頼りにした私が馬鹿だった。

いいよもう、知らないっ!




「うわ、なんだよお前。般若みたいな顔してっぞ」


終業のチャイムの後、ドン引き顏の金髪に言われた。


うるさいよ、っていうか同じクラスだったのかよ、存在感がてめーの身長並みで気づかなかったわよ。

…なんて元気に言い返したいところだけど、そんな気力もなく一睨みした後深く溜息をついた。


「金髪はいいわね、頭と身長以外に悩みがなさそうで。」

「おいどういうことだコラ。」


授業中ずっと頭の中は近江涼介だった。


なんなんだあの態度は。

私が危険に曝されてるっていうのに、飄々としちゃってさ。


私、が…

あれ?私って…



「あ、まーくんおまたせ〜。」


腑抜けた声に教室が湧く。榛名聖の登場だ。


「聖!帰るか」


入り口からのんびりと手を振り女子の歓声に応ながら近付く榛名聖にそう声をかけると、金髪は鞄を肩にかける。


「りょーちゃん待ってるよ〜、早く行かないとね。」


私達の目の前まで来るも、私になんか目もくれない。絶世の美少女が側にいるのに、だ。


…というかいつもなら、「あ〜、藤澤ちゃんも元気〜?」とか言うじゃんか。


「は…。」


「顔が怖いよ、藤澤ちゃん」


呼びかけた声を遮って、1度だけ振り向いて、榛名聖が綺麗に笑う。


「自慢の美少女が台無しだよ〜…なんでそんな顔になっちゃったのかな?」


私の答えを待たずにまた金髪へと向き直る。


なんで、って。知るわけない。


そもそも私の顔が怖いなんて天地がひっくり返ってもあるわけないじゃない。



「じゃーな、ブ……、行こうぜ聖。」



金髪が慌てて口を噤んで背を向ける。


それからはいつもの憎まれ口を叩くこともなく、ファンの女子を侍らせて去って行った。




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