第4話
当然ながら、この学園には吹奏楽部が存在していて、吹奏楽部は放課後の音楽室を使用している。
即ち、放課後の音楽室には入ることが出来なかった。
「……少し考えれば分かりそうなものなのに、どうして分からなかったのかな……」
こればっかりは、自分が灰色の脳細胞を持っていなかったことを悔やむしかない。
「……でも、これからどうするの?」
「どうするも何も、音楽室に入れないんだから何も出来ないというか……」
「だーかーらー! どうして音楽室に入れないんだよ! 音楽室は吹奏楽部だけのものじゃないだろ? 学生に広く門戸を開けているはずなのに、どうして入らせないんだ!」
音楽室の玄関で、誰かが騒いでいる。
白衣姿で、鮮やかな赤い髪をシニヨンにしている。背はわたしよりも小さい。その見た目からすると小学生かな、と思ったりするのだけれど、立派な鹿鳴館学園の学生だ。
何故そう言えるかって?
そりゃあ、勿論見たことがある人間だからだ。
正確に言えば、聞いたことがある、になるのかな。
「……何を考えているのか分からないが、幾ら一人の学生のために融通を利かせる訳にもいかない。そもそも、この音楽室は放課後には吹奏楽部が使って良いという学園長の許可も得ている。相生葉月、あなたは学園長に逆らうというのか?」
「あの偉そうなじいちゃんだろ? いや、じいちゃんは別に嫌なやつじゃないし、敵対したくないけれど、それとこれとは話が別だ! 良いからあたしをさっさとその音楽室に入れろ! 面白そうな謎があるからやって来たんだ!」
「……謎? 相生先輩もその謎を追いかけているんですか?」
わたしはふと相生先輩に声をかけていた。
今思うと、それは成功だったのか失敗だったのか分からないけれど、でも少なくとも声をかけていなかったら後悔はしていたと思う。それぐらいに重要な選択だった。
「んー? 誰だオマエ」
「わたしは福山初音と言います。中等部の一年生で、先輩の一個下の学年です」
「ふーん、で? 先輩も、ということはオマエ達も謎を追いかけている訳?」
「そうです。先輩ぐらいの頭脳があるならこの謎を解決してくれるような気がしますが、どうでしょうか?」
「うーん、おだててくれるのは良いんだけれどな、あたしも謎の音楽を一度も聞いたことがないから、今からここで張り込んで聞いてみようと思った次第だったんだよな。確か新・鹿鳴館学園の七不思議にノミネートされているとか聞いているし、それに値するかどうか調査しなければならないしな」
ノミネートってことは最低でも七つは不思議があるのか……。
もうそれ全部不思議ってことにしちゃえば良いのに。
「楽曲ならここで聞けますよ?」
「……何だと?」
睨み付けるようにわたしを見る相生先輩。まあ、背が低いからそうなってしまうのは致し方ないのだろうけれど、ちょっと怖い。
真紀菜はわたしの言葉に合わせるようにスマートフォンを取り出すと、またあのインスタグラムのライブを先輩に見せ始めた。
「何だこの女は五月蠅いな……、声を完全に消すことは出来ないのか?」
スマートフォンに何を求めているんですか。出来る訳がないでしょうよ。それこそ、ハイスペックなPCでもない限り。
「うーむ、それなら仕方ない。でも、これなら何とか分かりそうだな。……おい、吹奏楽部の中で絶対音感を持っているのは誰だ?」
玄関の前で応対していた男性部員に問いかける相生先輩。
「絶対音感なら……、おーい、掛川くん」
声をかけられてやって来たのは、力をかけてしまうと折れてしまいそうなぐらい、線が細い男性だった。すらっとしていて、身長もまあまあ高い。モデル体型と言っても何ら差し支えはないように見えた。
「はい。どうかしましたか?」
「君が絶対音感を持っていると聞いたが、合っているか?」
「ええ、まあ……」
掛川くんは面倒くさそうに答えた。
絶対音感って、結構使う場面多いから便利屋として使われるケースが多いのだろうな……。もしかしたら掛川くんはそれを把握してしまったから、ぞんざいに扱おうとしているのかもしれない。まあ、見ず知らずの人間にそう言われたら、そういう風に対応するしかないよね。
「じゃあ、この楽曲を聞いてくれないか?」
そうして三度インスタグラムのライブを流し出す。
「ちょっと外野の声が五月蠅いんで判別しづらい箇所もありますけれど……、でもこれだと思いますよ」
掛川くんはポケットに入れていたメモにさらさらと楽譜を書いていく。やっぱり吹奏楽部だと楽譜を書けるようになるのか、それとも元から書けるのかは分からない。天才と凡才って、見た目じゃ判別出来ないのが殆どだし。
「ふむふむ、これか……。しかし、こう見るとどういう作曲家が書いたのかがさっぱり見えてこないな。有名な楽曲でもなさそうだし」
ちなみにその楽譜がこれだ。
ラ(フラット)、シ(フラット)、高いド(フラット)、高いファ(フラット)、低いソ(フラット)、二つ高いド(フラット)、高いド(フラット)、高いファ(フラット)。
うーむ、絶対音感ってフラットかどうかまでも分かるのか……。というか、あまりにもフラットしかない楽譜って初めて見たような気がする。何か拘りでもあるのかな?
因みにさらに楽曲は続いているようだったけれど、その後は警備員か先生がやって来てしまったためか、それ以降は分からなくなってしまっている。うーん、でもこれだけじゃ全然何の楽曲か分からないし、この楽曲を演奏している理由も見つからないな……。ピアノソナタ、って言うんだっけ、こういうの。でも理由がないと夜中の音楽室で演奏なんてしないだろうし……。
「……ああ、そういうことね。しっかし、思ったより古臭くてチープな謎だったなあ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます