第3話

 鹿鳴館学園でも凡人中の凡人を自負するわたし、福山初音の耳にも、一つ上の先輩であった相生先輩の活躍は届いていた。

 活躍というよりかは、暴走に近いかな。

 とはいえ、その暴走を近くで目の当たりにしていた訳でもないし、クラスが近い訳でもないから、案外わたしとしては接触機会もないだろうな、なんて思っていたりした。

 だから、わたしの数少ない友人で同じ凡人中の凡人を自負する真紀奈――姫路真紀奈からこう言われるとは思ってもいなかった。


「音楽室の暗号?」

「そっ。今それで大盛り上がりだよ。クラスでもこういう事件を取り上げて盛り上がろうとする人は居るしね。興味が湧いてこない?」


 湧いてこない、と言われましても。


「……その暗号ってどういう暗号なの? シーザー暗号? RSA暗号?」

「正確には暗号かどうかも分からないんだよね……。ただ、一言で言うと、夜中に誰かがピアノを弾いているらしいんだけれど、それがどの有名な楽曲でもないってこと」


 マイナーな楽曲ってこと?


「マイナーな楽曲というか、楽曲と言って良いのかも分からないのだけれど……、聞いてみてよ」


 そう言ってスマートフォンを取り出す真紀奈。

 えーと、一応学校ではスマートフォンの持ち込みは禁止されているはずなのだけれど……、気にしたら負けかな。うん。


「これこれ!」


 見ると、それは誰かがインスタグラムで配信しているライブの様子だった。いや、うちの学園にインスタグラムでライブ配信する人なんて居るのか……などと思っていたけれど、思えばうちは天才と奇才、そして凡才が入り交じるこの国でも珍しい学園だ。そう考えるとインスタグラムでライブ配信する人だって居てもおかしくないような気がする。要するにそれってインフルエンサーってことだもんね?


「今日は音楽室に鳴り響く謎の楽曲を調査しに来たよー!」


 うわっ、めっちゃ陽キャだな。

 というか、インフルエンサーって総じて性格が明るいような気がしないでもない。やっぱり、楽しく商品を紹介している方が商品を買おうって気になるしね。CMで暗い雰囲気で演じているキャラクターが出ている商品を買うかと言われると、きっとわたしは買わないと思う。まあ、そういう演出なら致し方ないとしても。


「R学園の音楽室には、夜遅くになると謎の楽曲が聞こえてくるんだよー! その音楽を聴いた人間は呪われるとか、死に至るとか、はたまた記憶喪失になるとか! オカルト満載で興味が沸いてくるよね!」


 R学園って隠しているんだか隠していないんだか分からないイニシャルの使い方……。いや、本人がそれで良いなら良いのだけれど、確実にそれだと鹿鳴館学園だって決めつけられるような気がする。だって、Rとつく名前の学園なんてそう多くないはずだし。


「R学園は鹿鳴館学園じゃないか、って? いやいや、それについては言及しないでおくよ。心の中にとどめておいてね!」


 いや、それ言っているようなもんじゃん。


「ただまあ、音楽室もそうだけれど、夜の学校って不気味だよね……。もう怖くてトイレ行きたくなっちゃうよ! えっ? トイレの配信はしないのか、って? 誰だよそんなコメントしたのー、セクハラで訴えるぞ?」


 夜の学校は確かに不気味ではある。昼間は大量の人間が居るから、その落差でしんと静まりかえった学校が不気味に感じるだけなのかもしれないけれど、いずれにせよ、何処だって怖いものは怖い……。それに鹿鳴館学園ぐらいの規模の学校なら防犯カメラとか大量についていそうなものだけれど、彼女はいったいどうやって中に侵入したのだろうか?

 下手したら、不法侵入で訴えられそうだけれど。

 インスタグラムで世界に配信しちゃっているから、色んな言い訳も通用しなさそうだけれど。


「まあ、そればっかりは行き当たりばったりでやっているんじゃない? 学生ってそんなもんだよー、もっと肩の力抜いて生活した方が良いんじゃないかな?」


 余計なお世話だ、とわたしは真紀菜に言った。そういう軽口が通用するのも、わたし達の関係性を一言で表しているものだと思うのだけれど、案外こういう関係性ってなかなか長続きしないもので、結構友人としては失敗に終わっているケースもあったりする訳だ。

 わたしは人付き合いが得意ではない、というのを自負しているだけあって、結構折り合いがつかないことも多々ある。しかしながら、今のところ真紀菜とはまあまあ良い付き合いを続けられている。それについては、きっと真紀菜が折れているんだろうな、などと思いながら、わたしはあまり譲歩しない。

 面倒くさい性格かもしれないけれど、こればっかりは直しようがない。生来、こういう性格だったのだから。


「さてさて、音楽室までやって来ましたよー。中はどうなっているのでしょうかね? でも、こういうところって夜中は鍵が閉まっているイメージだからにゃー」


 猫なで声を出しながら、音楽室の引き戸に手をかける。しかし扉は配信者の予想通り、鍵が閉まっていて動くことはない。


「やっぱり動かないにゃー。……うーん、何処かから入れる手段を探すしか……え?」


 その時、配信者は何かに気づいた。

 そして、それはわたし達も気づかされることになるのだった。


「……何か、音がしなかった?」


 ピアノの旋律、だろうか。

 わたしは音楽に疎いからそういうことを聞いてもさっぱり分からなかったりするのだけれど、しかしそれはわたしですら分かるほど、はっきりと聞こえたものだった。


「……うっそ。嘘でしょ! マジで聞こえるんですけれど!」


 噂をこの目で見て、かなり興奮している様子だった。


「おい! そこで何をしているんだ!」


 いきなり眩しい閃光を浴びて、それが懐中電灯の光であることに気づかされるまで、数秒の時間を有した。


「あっ! やっべ、逃げないと! それじゃあ、またねー!」


 そしてライブは終了した。


「……これで終わり?」

「うん。これで終わり。でも良くライブ映像は残しておいたよねー。こればっかりは凄いとしか言いようがないのだけれど。でも、この学生は特定されたのかな? ここまで配信しておいて特定されないのもそれはそれで凄いけれど」


 大方天才のネットワークでも駆使したんじゃないかな……。天才は天才同士で繋がるケースも少なくないので、そういう天才を使ってもみ消すことだって出来なくないと思う。例えばネットから痕跡を消すことだって出来たはずだ。……まあ、そう考えると何故このライブを残したんだ、って矛盾に繋がってしまうのだけれど。


「やっぱりそれについては、認められたいという心があったからじゃない? ほら、凡人だってあるじゃない。認めてもらいたいケースは。テストの点数が良かったら褒めてもらいたいし、大会で良い成績を収めたらそれもまた褒めて欲しい。そういう承認欲求を満たすためにも学校は存在する訳だし。だって皆勤賞だって凄くない? 鹿鳴館学園に在学中ずっと皆勤じゃないと貰えないんだよ? 幼稚園から大学まで行く人はその間ずっとだよ。だから、えーと……十五年以上? それぐらいの間無遅刻無欠席を維持するってなかなか出来ることじゃないから、褒めてあげようってことなんだろうけれど、もうちょっとハードルを下げても良いんじゃないかなって思ったり思わなかったりするんだけれどね」


 そうかな……、そこについてはあまり気にしたことがないけれど、でも皆勤賞の対象範囲が場合によっては長過ぎることについては概ね同意する。十五年以上皆勤して貰えるものが賞状の紙切れ一枚だったら無念過ぎるからもっと何かしら称えてくれても良いのにね。食堂一年間無料券とか。


「いや、もう卒業する人に無料券あげても、それこそ紙切れにならない?」


 真紀菜に冷静な突っ込みをされて、わたしは頷かざるを得なかった。真紀菜は時折、こうやって変な方向に舵を取るわたしの思考に突っ込みを入れてくれるので有り難い。漫才のボケとツッコミみたいなものかな。ボケているつもりはまったくないのだけれど。


「……ところで、この謎の音楽はいったい何なの?」

「それが分かれば苦労しないんだけれどねえ……。昔はこの学園にも探偵部があったらしいのだけれど、数年前に最後の先輩が卒業してからは廃部になってしまったんだって。だから頼れる人が見当たらないというか……」


 この学園、学生が好きなように好きな部活動を作るというルールで定まっているから大量に部活動が存在しているのだけれど、まさか探偵部があるとは思わなかった。いや、もうないのだからあった、が正解か。


「……まあ、取り敢えず調査してみるのも悪くないのかもね。音楽室、一度見てみるのが良いんじゃない?」


 音楽室に謎があるなら、一度そこを見に行くべきだ。

 ……嫌と言うぐらい授業で見に行ったことはあったけれど、少なくともその謎を聞いてからは行ったことがないのだし。違った見方で物事を見れば、何か違うデータが見えてくるかもしれないし。

 そう思って、わたしは放課後に真紀菜を誘って音楽室へと向かうことにしたのだった。

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