344 毒


「もうね。よくあんなところで暮らしていたと思うよ」

「ホントホント。お父さんが臭いのなんの」

「お父さん、野良犬か何かかと見間違えたわ」

「「かわいそうに……」」


 フィリップの根城に戻ったカイサとオーセは、実家の愚痴ばかり。特に父親には辛辣すぎるので、フィリップもボエルも哀れんでいるよ。


「ボエルはここから出て行っても大丈夫なの?」

「オレは~……大丈夫かな? メイド用の部屋で寝ることのほうが多いから、そんなもんだと思ってるし。2人の場合はずっとこの部屋だろ? 個室のベッドでも、平民からしたら高級品だしな」

「そっか~……平民には毒だったか。まぁもしもの時は、結婚はしないけど責任は取るから心配しないで」

「もうちょっといい言い方してやれよ」

「「それで構いません!!」」

「いいらしいよ??」

「お前たちも、もうちょっと高望みしてもいいんじゃないか?」


 フィリップが最低なことを言うからボエルはたしなめたけど、カイサとオーセは言質げんちを取れただけで良し。元より第二皇子と結婚はできないと承知しているし、太っ腹なフィリップだったら手切れ金に一軒家ぐらいくれそうだもん。

 この日のカイサとオーセは、捨てられたくないからって、真っ昼間からめちゃくちゃサービスしたマッサージを繰り広げるのであった。


「チッ……オレも彼女のとこ行こっと」


 それを見せられたボエルは、彼女の下へ走るのであったとさ。



 翌日は、ボエル先生の授業。カイサたちにフィリップに関わる仕事の引き継ぎだ。ただ、ボエルだけでは心配なので、フィリップも馬車に乗り込んでついて来ている。

 城の中央館に到着すると、ここは先生のボエルが先頭でご案内。その後ろにフィリップが続き、カイサとオーセはフィリップを立てるように斜め後ろに陣取り廊下のド真ん中を進んでいる。


「ボエル~? メイドが歩く位置とか説明しとかなくていいの?」

「あっ! 普通メイドはな、殿下がいる場合は廊下の真ん中。いない場合は左端を歩くんだ」

「「知ってます……メイドだけの場合は一列に並んで歩くことも」」

「そうなの?」

「なんだ。アガータ様から聞いてたんだ。ビックリさせるなよ~」

「いや、言わなきゃダメでしょ? 最終確認だよ??」

「いや、アガータ様から聞いてたらよくないか??」


 教育論で揉めるフィリップとボエル。その話を聞いてるカイサとオーセは、「どちらもポンコツだな」とか思ってるけど口には出さない。

 揉めてる場合ではないのでとりあえず先に進んだら、メイド詰め所に着いた。


「ここは殿下宛の手紙とか、式典がある場合は服とか用意してあるから、必ず朝と夕方に顔を出すんだ。ま、殿下に用事がある人はいないから、ほとんど空振りに終わるけどな」

「なに? 僕のこと馬鹿にしてる? 誰からも手紙が届かなくて悪かったですね~」

「いや、その……たまにまとめてあるだろ? 貴族のお偉いさんから……全部読まずに捨てたりとか?」

「それは無いに等しいの!」


 ボエルの言い方が悪いので、フィリップはケンカ腰。オーセとカイサは、空振りに終わることが多いのに毎日行かないといけないからボエルが愚痴っているのだと受け取ったみたいだ。

 ここも揉めていたら時間の無駄なので、手紙等を渡してくれる人にボエルが紹介。カイサとオーセもペコペコ頭を下げて続く。フィリップは暇そう。


 メイド長のベアトリスにも挨拶したら、次に移動。ボエルから次の場所は前もって聞いていたから、カイサとオーセはまた緊張だ。


「ここは大声とか出したら、マジでヤバイからな? この先の扉の中には、皇帝陛下や皇太子殿下、偉い人が仕事しいるから、急に出て来た場合も気を付けろよ」

「「は、はい……」」


 やって来たのは皇帝が働く執務室の手前にある前室の扉。ボエルは細心の注意をうながしてから、前室の前に立つ騎士に用件を告げ、扉を開けてもらうと中に入って頭を下げた。

 中にいる老齢の執事にも今日来た目的を告げると、カイサとオーセを中に入れ、頭を下げさせる。フィリップは頭の後ろに手を組んで、のんびりと入っていたよ。


 それからフィリップがその辺にあったソファーに飛び込むと、ボエルの見本の開始。入るところからやり直し、中に入るとキビキビと歩いて、執事がいる仕事机の前まで来ると頭を下げて目的を語る。

 ここに来る目的は、だいたいがフィリップが皇帝に会うためのアポイントを取る時だけ。めったに来ないと聞いたカイサたちはホッとしていたら、フィリップが手を上げた。


「どうでもいいんだけど……なんかメイドっぽい動きじゃなかったよね? それってメイドにも強要してるの??」

「いえ。ボエルさんから執事の振る舞い方を聞かれましたので、教えた所存で、す……あっ!?」

「あっ!?」

「メイドの場合で教えて。2人とも、たぶん教わった方法でやってくれたらいいからね~?」


 挨拶や歩き方がどう見てもメイドじゃなかったからだ。そのことに気付いたボエルと執事は同時に大声を上げたが、慌てて口を塞いだ。

 フィリップの珍しいナイスアドバイスのおかげで、カイサとオーセも「普通に手紙を渡したらいいだけなんだ」と実習を終える。


 しかしその時、執務室の扉が開いたので、フィリップが小声で「壁際に移動!」と命令して全員が背筋を正して事無きを得る。


「なんだ。フィリップが騒いでいたのか」


 顔を出したのはフレドリク。ボエルたちの声が中にも聞こえていたみたいだ。フィリップは「僕じゃないのに~!」って言いたいが、カイサとオーセのために我慢だ。


「大声出してゴメンなさい。ちょっと新しいメイドに、ここでのマナーを教えていたの。仕事の邪魔になったよね?」

「いや、少し聞こえただけだから問題ない。私は所用で出て来ただけだからな。それよりそこの2人、大丈夫か?」

「え? あっ! ボエル、執事さん、ソファーに座らせてあげて」

「「はっ……」」


 カイサとオーセ、フレドリクを間近で見て、スナイパーに胸をズキュンと狙撃されたような体勢で倒れる。


「お兄様も毒だったね……」


 このこともあって、平民女子をフレドリクには近付かせないほうが賢明だと悟ったフィリップであったとさ。

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