259 変な空気


 フレドリクが婚約を発表した年末の式典は万歳で締めたら、貴族たちは一糸乱れぬ行進で退場。

 皇帝はしばらくしたらどこかに行き、フレドリクとルイーゼはイチャイチャしてるので、フィリップは堂々とふて寝。未来のことを考えたらやってられなくなったらしい。

 それから時間を置き、貴族のオッサンだらけのつまらないパーティーにフィリップも参加。フレドリクとルイーゼの挨拶回りを皇帝の間近で見ている。貴族たちが怪しい目でフィリップを見るから、皇帝のそばを離れられないのだ。


 なんとかかんとかこのつまらないパーティーを一言も発さず乗り切ったフィリップは、自室に戻ったらベッドに飛び込んだ。


「お疲れ……プププ。めっちゃ疲れてんな」

「笑わないでよ~。あんなにつまらないパーティーなら、誰だって疲れるって~」

「それが仕事だろ。なに甘えたこと言ってん、だ……去年も同じやり取りしたよな?」

「覚えてな~い」


 ボエル、その光景にテジャブュ。フィリップは一切記憶にないみたい。


「そういえば、フレドリク殿下の婚約発表があったんだろ? みんな驚いていたんじゃないか??」

「驚いたどころじゃないよ。無音、時が止まった。なんであの場で発表したんだか……」

「そんなことになっていたとは……あれ? 殿下は何も聞いてなかったのか??」

「そうなの~。父上には言ってたのに、お兄様、僕のこと忘れてたんだよ? 酷くな~い??」

「まぁ……殿下はオレに同じことしまくるけど……」

「謝るから愚痴に付き合ってよ~~~」


 大事なことを言わないのはフィリップのほうが遙かに多いので、忘れていた問題はボエルにいまいち響かないのであったとさ。



 翌日からは、皇族は各派閥のパーティーに出席。フレドリクはルイーゼと同じ馬車、フィリップは違う馬車で皇帝の膝の上だからいささか納得がいかない。

 もうひとつ納得できないことがある。一番手に行く派閥は皇帝が一番重要視していると発表するようなモノだけど、フィリップの記憶では去年と道が違うのだ。


「ねえ? 辺境伯の屋敷に行くんじゃなかったの??」


 さすがのフィリップも、自分の結婚に関わることだから心配になって皇帝に質問している。


「今年は自粛するそうだ。ただ、これから行く屋敷は、辺境伯派閥のナンバー2だから、それで周りもわかってくれるはずだ」

「ふ~ん……あんなこともあったから、自粛は仕方ないんだ。辺境伯は来てるの? 会ったんだよね??」

「ああ。会うには会った」

「僕の結婚話は……」

「していない」


 どうやら皇帝はホーコン・ダンマーク辺境伯を城に呼び出し、立場があるから君主としては謝ることはできないので、1人の父親として謝罪したらしい。

 それはホーコンも受け入れてくれたから続きを喋ろうとしたら、エステルの現状を告げられた。いまだに立ち直っていないで、泣いて暮らしているそうだ。


 その顔が悲しみに暮れていたから、フィリップの結婚話なんてできない。ただ、これからフレドリクが婚約発表があるのだから、知らせずに帰すワケにはいかない。

 皇帝は悩んだ末、フレドリクの話だけをして、涙するホーコンを宥めることしかできなかったみたいだ。


「そりゃそんな時にできないよね……もしかして、来年も??」

「エステルの気分しだいだろう。まぁ可能性は高いな」

「そんな~~~」


 フィリップは来年卒業。それと同時に大好きなキャラと結婚する未来を描いていたのでがっくしだ。しかしその項垂うなだれようは、皇帝は不思議でならない。


「フィリップはエステルのことを好いていたのか?」


 そう。そんなに接点がないのに、こんなに項垂れる理由が見付からないのだ。


「えっと……初恋の人みたいな?」

「フッ。兄の婚約者をか……てっきりエイラだと思っていたぞ。3番目はダグマーか?」

「もう! からかわないでよ~~~」


 珍しくフィリップはグロッキー状態。皇帝には初めての人どころかダグマーとのこともバレていたので勝てるワケがない。このこともあって、いつもからかっているボエルに優しくしようと誓ったフィリップであったとさ。


 すぐ忘れるだろうけど……



 ダンマーク辺境伯派閥のパーティー会場に到着した皇族一同は、派閥の者と挨拶。フィリップはその様子を皇帝の後ろに隠れて見ている。

 特に目を持って行ってるのは、ホーコン、フレドリク、ルイーゼの3人。ホーコンは婚約破棄された父親だから、皇帝に一声かけたら引っ込み、フレドリクには挨拶無し。壁を背にしてずっとフレドリクを睨んでいる。


 フレドリクはその目に気付いているのかよくわからない。挨拶に来る者にルイーゼを紹介してからは、ほとんどルイーゼの顔を見て喋っているからだ。

 そんなことをしているからか、挨拶を終えた者はすぐにホーコンの下へ行き、同じように睨んでいるように見える。フィリップは読唇術はできないが、予想では「ルイーゼは皇后の器ではない。皇太子はたぶらかされている」だ。


 ただ、ホーコンも国に仕える身だからか、その言葉には乗っからずにたしなめているようにも見える。

 フィリップ的にはしゅうとになるホーコンにちょっとはいいところを見せようと思っていたけど、パーティー会場はずっと変な空気が流れていたから、諦めるしかなかった。



 去年はフレドリクと婚約者のダンスでパーティーを締めていたのだが、ルイーゼのダンスは進展していないのかそれはなし。ダンマーク辺境伯派閥のパーティーは時間が来たら皇族は退場する。

 ちなみにフィリップがイーダのことを思い出したのは帰り際。顔を見なかったから「いたら挨拶来てるか」と、欠席と決め付けていた。相変わらず最低なヤツだ。


 他の派閥のパーティーにもハシゴしたが、婚約のせいでやはり変な空気。フィリップは居たたまれない気持ちで城に帰ったのであった。


「うぅ……胃が痛い……」

「胃? 腹か? 熱しか出ない殿下が珍しいな……なんか悪い物でも食ったのか??」

「ストレス!」

「殿下にストレス……はっは~ん。陛下に怒られたんだな~? 何やらかしたんだ??」

「僕だって悩みぐらいあるんだよ??」


 ボエルが皇帝に怒られたと決め付けるし、悩みなんてあるわけがないと笑うので、これまた珍しくヘコむフィリップであったとさ。

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