237 予備審査


 メイド服コンペは中日なかびに入って大混乱。返却された組は何がボツの理由がわからないし、他の人にも聞けないから情報じたいを隠したのだから、まだ提出していない組も慎重にならざるを得ない。

 その結果、ボツ組は責任の押し付け合いに発展。フィリップの予想通り、準貴族の者が悪いと言われて追い詰められる事態に。

 この者が少しでも反論するか意見を言う機会があれば、何が悪かったかはすぐにわかっただろうが、位の高い者は自分が失敗するとはまったく思っていないので、結局わからず仕舞だ。


 何が悪いかわからないならば、新しい血を入れるしかない。せっかく手に入れた一番いい駒を手放し、融通が利きそうな組や、ライバルと思っている組からの引き抜き合戦が過熱。

 残念ながらトップクラスの作画の実力を持つメイドは、失敗の烙印を押されているので拾う神は極一部。

 それ以外は同じ境遇の者と組んだり1人でコンペに参加する。でも、「こっちのほうが楽だわ~」と、ポテンシャルを遺憾なく発揮してるんだとか。


 そのやり取りをボエルから聞いてるフィリップはニヤニヤ。「位の高い者が勝手に自滅してやがる」と大笑いだ。


「何がそんなにおかしいんだか……このままじゃ、期日までにデザイン案が揃わないかもしれねぇんだぞ。そうなったら、殿下の仕事も失敗に終わるぞ?」

「別に全部揃わなくても決められるでしょ。審査するデザインも減ってくれて有りがたいじゃない。もしもの時は、絵が上手い子はわかるんだから、その子たちにやらせるよ」

「はい? もしかして、このコンペって、使える人材を見極めるためだったのか??」

「さてね。あ、そろそろ新ルール追加するよ。盗作や盗難は即失格ね。暗部に見張らせてると言っておいて」

「オレの質問に答えろよ~」


 フィリップが賢いことを言っているけど、ボエルはどうしても信じられない。その質問には答えず「早くしないと死人が出る」とか言って追い出すフィリップであった。

 ちなみに帰って来たボエルに暗部のことを聞かれて、「暗部なんて動かせるワケないじゃん」とフィリップが言ったら「嘘つかせるなよ!」って怒られたんだとか。



 揉めに揉めていたメンバーチェンジは、期限が迫っていたので3日前にはなんとか収束。ここから急ピッチでデザイン画を仕立てなくてはいけないのだから、寝不足のメイドが続出だ。

 特に作画担当が酷いことになっていたから、同じチームの者は位は関係なく仕事のフォローに回っていたので、ボエルが「ウソだろ?」とか呟いていた。血も涙もない女ばかりだと思っていたらしい。

 本当の理由は、城のメイド服が自分の考えた物になるから。貴族社会ではそういう手柄は一生のほまれでマウント合戦で使えるから、是が非でも欲しいだけだ。


 メイドたちの疲れが溜まるなか、期日までに全員提出完了。全てのデザイン画は、フィリップの部屋に揃った。


「見ないのか?」

「僕が見て良し悪しがわかると思う?」

「オレも自信ない……」


 でも、芸術や服にうといヤロー2人なので、専門家に任せるしかないのであったとさ。



 全てのデザイン画が揃った次の日は、前々から打診していた皇家お抱えデザイナーとメイド長のアガータを会議室に招いて、予備審査の時間だ。

 挨拶だけしたら、あとは自由行動。長テーブルの上に並べたデザイン画を2人に見てもらう。ボエルも同じように見て歩こうとしたら、フィリップに服の裾を掴まれてグンッてなってた。


「なんだよ。ちょっと見るだけだろ」

「見るべきは絵じゃないよ。デザイナーの顔をよく見て」

「デザイナーの?」

「誰かに不正を持ち掛けられてるかも知れない。名前は伏せてるけど、絵だけでも誰の絵かわかるかも知れないからね」

「あっ……ありそう……」

「それと、できたら顔色も確認して。感心した顔とか悔しそうな顔をした絵は覚えておいて。理由はあとで説明する」

「おう……」


 フィリップの意図はよくわからないボエルだが、不正の可能性は高いので言う通り動く。ただし、デザイナーはフィリップとボエルにずっと見られているからやりにくそうだ。

 一通り見たデザイナーは、もう1周して順位の発表。フィリップ的には不正はないように思えたが、それでも腑に落ちない顔。ただ、デザイナーはこれで仕事が終わったので、お礼の言葉だけ掛けて追い出した。


 その後アガータを加えた3人で批評する。


「1位のこの絵、どう思う?」

「上手いとは思うけど、あの人この絵、あんまり長く見てなかった気がするんだよな~」

「個人的には、少し仕事に向かない服装かと」

「だよね~? リーダーがヴィンクヴィスト侯爵家ってなってるから、何か言われてたのかな? それともただの好みかな~?」


 デザイナーの行動の理由はいまいちわからないので、違う基準で1位を決める。


「やっぱ、ダントツこれが一番上手い絵だよね?」

「ああ。オレでもわかる。あの人、めちゃくちゃ悔しそうな顔してたもんな。あ、このために顔を見てたのか」

「絵の上手さと使いやすさは別で御座います」

「うんうん。わかってるよ。ま、審査員特別賞にしとくか」


 デザイナーが負け顔していたスタイリッシュな絵は、本人が1位と言わなかったけど、フィリップたちにバレてたので表彰。他にもデザイナーが悔しそうにしていた絵を、ベストスリーまで勝手に決めた。


「この絵をどう扱うかな~?」

「感心して見てたヤツだな。オレはけっこういいと思う。ズボンでも上と下のバランス取れてるし、ポケットも使いやすそう」

「私もいいと思います。女性にも男性にも、もちろんお客様にも好感を持てるデザインかと」

「お婆ちゃんも一番長く見てたもんね~。うん。メイド長賞に決定。これで予備審査は終了~」


 フィリップは拍手で締めたら、ボエルとアガータは首を傾げた。


「殿下は?」

「坊ちゃまは?」

「僕? 僕は~……これでいいや」

「「適当!?」」


 第二皇子賞は、誰も目を付けてなかったそれほど上手くないデザイン画に決定したのであったとさ。

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