227 リネーアの彼氏


 4月……帝都学院の新学期が始まる。


 フィリップは乙女ゲームのストーリーが終わったからサボりたい欲求はあったが、異世界の学生生活は気になるから卒業までは我慢するつもりみたいだけど、初っぱなから寝てる。ボエルが聞いてるからあとで聞く……と、思われる。

 そうしてお昼になると、同じクラスに捻じ込んだリネーア・ヘディーン子爵令嬢がフィリップをゆさゆさ揺すって起こした。


「ふぁ~……あ、リネーア嬢だ。久し振り~」

「朝、一緒に来たのですが……」

「あっれ~? なんか記憶が飛び飛びだ。僕、歩いてた??」

「ボエルさんが襟を掴んでいました」

「それは寝てたな。さってと、腹ごしらえしたら帰って寝るか~」

「本当に20時間寝ないとダメなんだ……」


 フィリップがいつにも増して怠惰なので、リネーアもボソリ。学校の食堂で世間話をしながらランチをして、寮に戻るとリネーアたちもフィリップの自室までついて来た。


「あ、いまからマッサージする?」


 するとフィリップは、雑なお誘い。そんな誘い方だからか、リネーアは首を横に振った。


「いえ……ご相談がありまして……」

「何か困ってるの? できることなら助けてあげるから、なんでも言って」


 フィリップの予想ではイジメか実家の問題。ただ、その予想はハズレだ。


「コニー先輩とお付き合いすることになりました」

「彼氏できたんだ! おめでと~う」

「あ、ありがとうございます」

「そのコニーってヤツ、どんなヤツ? 優しい? 大丈夫??」

「え? 殿下も知ってる方なんですが……」

「僕が知ってる人? ……コニーなんてヤツ、記憶にないな~」


 残念なコニー・ハネス子爵令息。在学中はフレドリクと関係があるから覚えていたのだが、卒業したらもう関りがないからと、フィリップの記憶から完全に消し去られている。そもそも男に興味ないし。


「コニー先輩は短い期間でしたけど、取り巻きになったではありませんか!?」

「マジで? 僕が男を連れて歩いてただと……そういえば、なんか左後ろにモブッぽいヤツがいた気がする……」

「その人です! 殿下はモブ君と呼んでました!!」

「モブ君……あっ! お兄様の荷物持ち!? いたいた! モブ君、何度も絡んでる!!」

「やっと思い出してくれました~~~」


 リネーアはホッとしてボエルは「ひでぇ!」とか怒っているけど、フィリップは「あんなモブっぽいヤツ記憶に残るか!」と、コニーに責任転嫁するのであったとさ。



「えっと……モブ君と付き合うことにしたから、僕との関係は解消したいってことかな?」


 皆からというかボエルがギャーギャーうるさかったから、フィリップは話を本筋に戻した。


「そうしたい気持ちもあるのですが、殿下のマッサージも忘れられなくて……」

「ということは、浮気の相談ね」

「はい……殿下を浮気相手なんて、おそれ多くて……」

「アハハ。第二皇子が浮気相手って、めちゃくちゃ豪勢だね~。アハハハハ」

「申し訳ありません!!」


 フィリップが馬鹿笑いするので、リネーアはキレたのかと思って頭を下げた。


「いいよいいよ。気にしないで。僕もそっちのほうが気が楽だから」

「いいのですか??」

「もちろん。てか、リネーア嬢とは結婚しないと宣言した関係だもん。いくら第二皇子でも、こんな最低なヤツに気を遣わなくていいよ。あ、バレた時は知らないよ? 逆ギレして逃げるから」

「は、はい! 隠し通すことを誓います!!」

「うん。その意気その意気……てか、ずっとすんごい最低なこと言ってるな。アハハハハ」

「はい……」


 フィリップの部屋は、世間の常識が一切通じない場所。そのことを思い出したリネーアたちはなんとも言えない顔をしたが、フィリップは笑い続けるのであった。



「てか、モブ君っていま何してるの?」

「いまは実家に帰っています。夏頃に帝都に戻って騎士に志願するそうです」


 コニーの身分は子爵家の次男。家督は長男が継ぐので、騎士爵の取得を目指しているらしい。

 これはリネーアと結婚する最低ライン。リネーアも子爵家の女子なので、親はもっと上の位の者との縁談話を探すのは目に見えている。せめて爵位がないと結婚すら難しいのだ。


「なるほどね~……ま、障害は大きいけど、モブ君なら大丈夫じゃない?」

「そうだといいのですが……」

「曲りなりにもお兄様と一緒にダンジョンに潜っていたんだよ? おこぼれでレベル上がってるんじゃない? 普通の兵士ぐらいなら余裕で倒せるよ」

「そ、そんなに強かったのですか?」

「見えないよね~。アハハ」


 これはフィリップしか知らない事実。ダンジョンではコニーは自分より倍も大きな荷物を背負って素早く動いたり、大きな盾で自分を守っていたので、フィリップは「モブらしい活躍の仕方だな」とか感心しながら見ていたのだ。


「まぁ結婚が決まったら連絡して。僕が出席するから。というか、2人ともそう両親に言っておきな」

「ありがとうございます! それなら確実に結婚できます!!」


 第二皇子が結婚式に出席するなら、それは大きな後ろ盾。両家を皇家が重要視してると勘違いするだろうから。例えフィリップが出席しなくとも……



 珍しくボエルがフィリップを褒め、リネーアとマーヤが喜んでいても聞いておかないといけないことがある。


「めでたい話に水を差すようだけど、モブ君にあの話はしたの?」


 そう。リネーアがニコライ・アードルフ侯爵令息にもてあそばれていたことだ。


「はい……コニー先輩に告白された時に……」


 どうやら惚れたのはコニーが先。リネーアも好意はあったから、自分の過去を話して諦めるように仕向けたそうだ。


「でも、そんなのは関係ないと言ってくれまして……」

「モブのクセにカッコつけやがって……」

「どうして怒ってるのですか?」


 コニーの懐の深さがどうしても腹立たしいフィリップであったが、そんなことは言えないと頭を振って気を取り直す。


「ううん。なんでもない。まぁそれなら愛は本物みたいだね。あとはリネーア嬢の愛が本物かどうかなんだけど……」

「本物のつもりです……殿下との関係も結婚するまでのつもりですので……私も酷いこと言ってますね!?」

「この部屋には常識がないから……たはは」


 リネーアも自分の言っていることにツッコムと、フィリップたちは苦笑い。いちおう全員、常識外れなことをしている自覚はあるらしい。


 それでもこの日は久し振りに全員揃ったので、4人で取っ替え引っ替えマッサージを楽しんだのであった……

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