177 1人の登下校
リネーア・ヘディーン子爵令嬢をフィリップが保護した次の日、リネーアは朝には起きられたけど、どう見ても体調がよろしくないのでドクターストップ。ボエルに看病させて、フィリップは1人で寮を出た。
その時間は完全に遅刻。誰とも出会うこともなく悠々と歩き、まずは職員室に入ったら、残っていた教師にギョッとされた。授業中に第二皇子が堂々と入って来たんだもん。
そこで斯く斯く云々と、噓八百でリネーアの休学届けをゴリ押し。なんとか受理されたが自室で休ませているので、教師は「そういうことだな」と
どういうことかというと、日頃の行いが悪いのと噂のせいで「愛人に囲った」と受け取ったんだって。
フィリップが教室に入ったのは、1時間目が終わる10分前。後ろから堂々と入って来てそのまま机で眠ったので、教師もクラスメートも呆気に取られていた。
そしてチャイムが鳴ったら、フィリップは大きなあくびと共に背伸びをした。すると、ノコノコとニコライが取り巻きの男子を2人引き連れてフィリップの下へやって来た。
「おはようございます。昨夜はお楽しみだったみたいですね」
「えっと……誰だっけ??」
「ニコライです! アードルフ侯爵家の!!」
その顔が気に食わなかったので、フィリップはカウンター。本当に顔を忘れていたかもしれないけど……
「ああ。お前か~」
「それで、あの件どうなりました?」
「ま、なかなか
「本当ですか!?」
「でも、会わせるのは無理だから、僕の下へ金を持って来い」
ニコライは喜びのあまりガッツポーズしたけど、心配なことはありそうだ。
「殿下を疑いたくはないのですけど、お金を払ってそれっきりってことは……」
「ないない。これ、成功報酬だから。テストが返って来てから払うの。お互い信頼してるからね。その代わりお前が払わなかったら、次からはないよ?」
「もちろん私も裏切りません! ありがとうございます!!」
「金額聞いてないのにいいのかな~? 高いよ~? その2人もやるのかな~??」
フィリップがでっち上げの金額を提示したら、ニコライはお小遣いより高いくらいだったので親に頼むとのこと。取り巻きは出せないらしいので今回は見送り。自力で頑張るそうだ。
これで交渉成立なのでニコライは握手を求めたが、フィリップはシッシッと追い払って寝ていた。
それからお昼はダッシュで寮に戻り、ボエルに様子を聞きつつランチ。料理を運ばなくてはならないので目を離す時間ができるから、わざわざ戻って来たみたいだ。
食後のフィリップはそのままソファーで寝てしまいそうだったので、ボエルが立たせて部屋から追い出していた。出席していたのに途中でいなくなったら、先生が捜しまくることになるかららしい。
5時間目も結局寝て、隣の生徒に起こしてもらったら帰宅。フィリップが従者を連れずに歩いているのはたまに見掛けるので、生徒たちも特に気にしていないみたいだ。
ただ、フィリップはいつもの視線以外の目が気になって、真っ直ぐ寮に戻らずに人気のない方向に歩いていた。
「なんか僕に用??」
「え? ……ええ!?」
追跡者が建物の角を曲がったところで、フィリップが後ろから現れたので二度ビックリ。フィリップは氷魔法で壁に張り付いて上から回り込んだのだ。
「メイド……ってことは、リネーア嬢のメイドかな?」
このあまり冴えない見た目の女性は、ヘディーン子爵家付きのメイド、マーヤ22歳。マーヤは驚いて質問に答えられないみたいなので、フィリップが言い当てると深々と頭を下げた。
「その通りです! 付け回したりして申し訳ありませんでした!!」
「その件は別に怒ってないよ。でも、丸一日主人を放置ってのは、どういうことかな~?」
「あの……その……」
「ゆっくりでいいからちゃんと説明して」
マーヤはフィリップに怯えまくっているので、まずは身分を聞いたら平民。第二皇子とは天と地ほどの位の差があるから、喋り掛けるのも無礼に値するのではないかと思って怖かったらしい。
同じ理由で、寮内では3階にすら上がることもできず。そもそもリネーアがフィリップに連れて行かれたことも、夜になって噂話で聞いたので何もできなかったそうだ。
「なるほど~……ニコライってヤツとは接触ないの?」
「ないこともないのですけど……私が近付くことを極端に嫌いますので……」
「平民だからとイジメられてるってことね。殴られたりなんかは?」
「そ、それは……」
マーヤは目を逸らすので、それが答えとフィリップは受け取った。
「ところで、君の主人が何をやられていたか知ってる?」
「はい……」
「主人を守ろうとはした?」
「できませんでした……」
「その時に殴られたの? 殺すとか言われた??」
「……はい」
「傷付いたリネーア嬢を励ましたり抱き締めてあげた?」
「……できませんでした」
「ふ~ん……」
立て続けに質問したフィリップは、冷たい目でマーヤを見た。
「身分差は同情するし止めようがないのは理解するよ。でも、寄り添うことはできたでしょ? なんでそうしなかったの??」
「お嬢様を守れなかったので、そのような資格はないと思っていまして……」
「逆だよ。一緒に泣いてあげればよかったんだよ。同じ被害者でしょ」
「うっ……申し訳ありませんでした……」
フィリップに諭されたマーヤは再び頭を下げたが、謝罪は受け入れない。
「ところで、いまだに主人の安否を聞いて来ないのはなんで?」
「それは……」
「もう死んだよ。僕が殺した」
「えっ……ウソ……あ、ああ……なんてこと……」
フィリップの質問から生きているものだと思っていたマーヤは、一気に血の気が引いてペタンとお尻を落とした。そこにフィリップは目線を合わせて優しく声を掛ける。
「ウソウソ。心配してる心があるか試しただけ。その顔なら大丈夫そうだね。立てる?」
「は、はい……あっ……」
「無理そうだね。はい、手を取って」
「き、汚いので大丈夫です」
「いいからいいから。ね?」
マーヤは腰が抜けていて自力では立てそうになかったので、フィリップはマーヤの砂の付いた手を軽く払ってから立たせて支えるのであった。
ただし、フィリップと体を密着しているマーヤは、身分の差から足元がおぼつかなくなって、初めて立った子鹿ぐらいプルプル震えて歩くのであったとさ。
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