178 常識外


 プルプル震えるメイド、マーヤの腰にフィリップが手を回して寮に戻っていたら、他の生徒から「第二皇子がメイドをお持ち帰りしてる」とコソコソ言われてた。

 そんな陰口はいつも通りなのでフィリップはまったく気にせず寮に入り、自室をノックした。


「でん……なにメイドをお持ち帰りしてんだ?」


 ボエルには面と向かって言われていたけど、フィリップは押し込んでドアを閉めた。


「リネーア嬢のメイドだよ。なんかずっとフラフラしてるから支えてたんだよ」

「殿下がそんなことするから震えてるのでは?」

「そうなの??」

「はい……」

「だったら早く言ってよね~」


 フィリップ、身分差を忘れていた模様。それならばとマーヤはボエルに託してソファーに飛び込む。

 そこで寝転んでダラケていたら、マーヤから事情聴取したボエルに「鬼か!」って言われてた。平民が皇族に触れられることは、相当なストレスになるんだとか。


「ボエルは僕のこと肩に担いだりするじゃ~ん」

「それは皇帝陛下から触れる許可を得ているからだ。メイド教育の際にも、緊急事態には多少の無礼は許されることになってたんだよ」

「……殴ったり叩いたりするのは?」

「そ、それは……緊急事態の延長線みたいな?」

「殿下を殴ったり叩いたり……あわわわわ」


 この会話も平民にはストレスに。またクラクラして尻餅ついたので、フィリップたちで「ここには普通の常識がない」と、自分たちを卑下して説明するのであったとさ。



 マーヤがなんとか立ち直ったら、ようやくリネーアと面会。めちゃくちゃ高そうなベッドで眠っている姿を見たマーヤは涙ぐんでいたので、フィリップたちは「どっちの涙なんだろ~?」とかコソコソやってる。


「あ、そうだ。ボエル、この人も体を確認してあげて」

「アイツ、メイドにも手を上げていたのかよ……わかった」

「終わったら声掛けてね~」


 リネーアはまだ起きる気配がないので、マーヤも怪我の有無をボエルに確認させる。今回は何ヵ所かアザはあったけど、ボエルの判断だとそのうち消えるとのことだったので、ルイーゼの出番はなしだ。


「ところで、寝室から出て来た時、なんで顔が赤かったの?」

「あ、赤くねぇし!」

「あっは~ん。好みの体してたんだ~。どんなだったの~?」

「ぐっ……脱いだら凄かった……」

「マジで~? ギャップにやられちゃったか~」


 バレてしまっては仕方がねぇ。ボエルはからかわれるよりも、同じように下世話な話をすることで、フィリップの興味を自分から逸らすのであった。



 それからコソコソと2人で下世話な話に花を咲かせていたら、寝室から大きな声が聞こえて来たのでフィリップたちは急行した。


「お嬢様、申し訳ありませんでした!」


 マーヤだ。リネーアが目覚めたから、土下座して謝っていたのだ。ただ、リネーアはマーヤを信用していないらしく、無言で見詰めているだけだ。


「一旦、外出よっか? ボエル、メイドさんのこと頼むよ」

「おう」


 ボエルがマーヤを支えて出て行くと、フィリップはベッドの端に腰掛けた。


「やっぱり信用できない?」

「いえ……よくわからないんです……謝られても、心が追い付かないと言いますか……」

「そっかそっか。嫌いとか怖いとかじゃないんだね?」

「はい……」

「じゃあ、様子を見てみよう。ちょっとずつ君のお世話させてみるね」


 ひとまずリネーアから許可が下りたので、次はマーヤの処理。ボエルにこのフロアの使い方なんかを教えさせて、一緒に夕食を取りに行かせた。

 その間フィリップは、リネーアの見張り。教科書を読んでいたら学校のことを聞かれたので、休学届けを出しておいたと説明していた。


「そ、そんなことまで殿下にしていただいて……申し訳ありません」

「いいのいいの。でも、勉強が遅れるのは心配だね。一緒にやる?」

「私、あまりいいほうではないのですけど……」

「じゃあ、僕と一緒だ。隣に座っても大丈夫?」

「はい……」


 リネーアはニコライよりいい点を取ることを禁じられて勉強もしていなかったと察したフィリップ。ベッドに登って隣に行くと、リネーアは硬直しているように見えたが、フィリップは教科書を開いて優しく教えてあげるのであった。



 夕食の準備ができたら、全員着席。マーヤはフィリップと一緒に食べるのかと驚き、料理を食べても味がしない。なんなら、いまにも吐きそうだ。


「口に合わなかった?」

「いえ! 美味しすぎて、わかりません!!」

「それが口に合わないというのでは……」

「ちげぇよ。皇族用の料理と、殿下が一緒に食べてるから緊張してんだよ。なんでわからないんだよ」

「まだ緊張してんの~? ボエルなんて、こんな口調だよ? 酷いと思わな~い??」

「それは殿下がこっちのほうがいいって言ったからだろ~」


 ボエルのフォローから、なんだか口喧嘩みたいになっているとマーヤはキョトンとした顔になり、リネーアは……


「プッ……フフフ」


 ここへ来て初めて笑った。


「ほら~。ボエルが僕に敬意を払わないから笑われちゃったじゃ~ん」

「殿下が皇族らしくないから笑われてんだよ。ちょっとはフレドリク殿下を見習え」

「仮に僕がお兄様みたいに振る舞ったとして、同じに見えると思う?」

「そりゃあ~……む…見えんじゃね?」

「いま、僕の身長を見て無理って言おうとしたでしょ!?」

「す、すまん。あんなに見目麗みめうるわしい男は見たことがないから……」

「謝るならちゃんとフォローして!!」

「「アハハハハハ」」


 リネーアのその笑いを大きくしようと、フィリップは話術でボエルを誘導して言い争う形にしたら、リネーアだけじゃなくマーヤも大笑いするのであった……

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