176 心の傷の深さ


 女子生徒の怪我はルイーゼのおかげで綺麗に治ったので、フィリップはボエルと一緒に寝室に入って声を掛ける。


「どう? もう痛いところないでしょ?」

「あ……は、はい」


 フィリップはやっと声を聞けたと思ったのも束の間。女子生徒は涙をポロポロと落とした。


「今まで辛かったね。もう怖い人は近付けさせないから、しばらくここで心を休めな。いつまでだっていていいからね」

「うぅ……そ、そんな……フィリップ殿下の部屋にお邪魔なんて……うぅぅ」

「いいのいいの。あ、そうだ。お腹すいたよね? ボエル、3人前よろしく」

「ああ。すぐに持って来る!」


 フィリップが発注するとボエルは食堂に走る。フィリップはその間、涙と恐縮で心がグチャグチャの女子生徒をベッドに横にして、自分は近くの椅子に座って教科書を読みながら食事が来るのを待つのであった。



「「いただきます」」

「い、いただきます……」


 夕食がテーブルに揃うとフィリップとボエルが食べ始めたが、女子生徒は一向に手を伸ばさない。


「どうしたの? 美味しいよ??」

「いや……あの……」

「殿下なら大丈夫だ。多少失礼なことを言っても叩いても怒らないぞ」

「メイドが叩くのですか!?」


 ボエルがフォローしたみたいだけど、フォローが雑すぎたので逆に驚かせたみたいだ。


「まぁ別に怒るようなことでもないし……変?」

「はい……殿下が従者と食事を共にしているのも……」

「あ~。さっき何か言い掛けたの、それか~」

「はい」

「1人で食べるより一緒に食べたほうが美味しいでしょ? それにあとから食べると時間の無駄だし。効率的なのが好きなだけ」

「はあ……あ、美味しいです……うぅぅ」

「やっぱり~? アハハハハ」


 フィリップの説明はあまり納得のいかない女子生徒であったが、何気なく口に入れたスープが美味しかったからか、はたまたこの食卓が心地いいのか涙が流れる。

 フィリップはその気持ちを汲んで、わざと茶化すように笑うのであった。



 なんとか気持ちが落ち着いた女子生徒には、フィリップから事情聴取。何があったかは聞かずに、名前や学年、家柄や家族構成なんかを聞いていた。

 女子生徒の名前はリネーア・ヘディーン子爵令嬢。フィリップとは同学年だがクラスが違うとのこと。両親は健在で、リネーアは第一子。下に弟がいるそうだ。


 ここからは聞くつもりはなかったが、リネーアが喋り出したので黙って聞く。

 どうもヘディーン子爵家はアードルフ侯爵家と遠い親戚関係で、格もそうだが資金援助を何度かしてもらったから頭が上がらないとのこと。ニコライとも婚約者候補ということになっているので、従順に従うしかなかったそうだ。


 ここまで話終えたところで、リネーアは下を向いて口をつぐんだので、フィリップは「よく頑張った」と事情聴取は終了。夕食を終えてボエルが片付けたら次の工程に移行するが、ボエルはコソコソとフィリップと喋っている。


「どうする? 1人でお風呂に入らせるか?」


 そう。お風呂問題だ。普段はボエルがフィリップと入って、そのままマッサージに突入することが多いから、それを見せるワケにもいかないのだ。


「う~ん……僕が1人で入るから、ボエルは一緒にいてあげて」

「マジか? 1人で洗えるのか??」

「それぐらいできるよ~。ボエルこそ、あの子に発情しちゃダメだよ?」

「するか! 殿下と違うんだよ!!」


 ボエルがプリプリ怒りながらお風呂の準備をすると、フィリップが1人で向かったのでリネーアは不思議に思っていたけど、なかなか質問できずにいた。

 そして出て来ると、フィリップはソファーに飛び込みゴロン。お茶を飲みながらまた教科書を開いて読んでいる。


「じゃあ、一緒に入ろっか」

「え……ボエルさんとですか?」

「イヤだったらやめておくけど……」

「イヤというワケでは……」

「ま、早く入ってしまおう。音とか殿下に迷惑になるからな」

「はい……」


 やや躊躇ちゅうちょしたリネーアを連れてお風呂に入ったボエルは、VIP対応。そのせいで、リネーアは恐縮しっぱなしのまま洗われてお風呂を終えていた。



 あとは就寝するだけ。フィリップがソファーで寝るとか言ってすったもんだあったけど、強引にリネーアとボエルを寝室に押し込んで眠ることになった。


「あの……」


 リネーアはフカフカのキングサイズベッドではなかなか寝付けないのか、ボエルに声を掛けた。


「ん?」

「あの……殿下は、どうして私なんかにこんなに良くしてくれるのですか?」

「う~ん……なんて言ったらいいのか……あの人、けっこう優しい人なんだよ」

「そうですか……」


 ボエルの答えがリネーアは腑に落ちないようだ。


「学校で流れてる噂あるだろ? アレ、ほとんどウソなんだ。それなのに怒ったりしないで、笑って聞いてるようなバカ……は言い過ぎた。忘れてくれ」

「はあ……皇族なのですから、いくらでも訂正できると思うのですけど……」

「なんでやらないかは、オレにもわからない。ただ、優しいのは本当だ。だから、君は何も心配しなくても大丈夫だ」

「はい。わかりました……」


 こうしてボエルに励まされたリネーアは、ようやく眠りに就くのであった……



 翌朝、ボエルはベッドから出るとフィリップを起こそうとしたけど、なかなか起きず。なので、大事なところをギュッとしてムリヤリ起こしていた。


「いつつ……おはよ~」

「これでも怒らないんだな……」

「まぁビックリしたけど、おかげであの子のこと思い出したし……てか、酷い顔だね。隣で女の子が寝てるから眠れなかったの?」

「だから殿下と一緒にするな」


 ボエルはあまり眠れなかったらしく、クマが凄いことに。それをフィリップが指摘したら、元気なくツッコまれた。


「時々苦しそうにしていたから、手を握ったり頭を撫でてたら、気付いたら朝になってたんだよ」

「役得??」

「殴るぞ……」

「ゴメンゴメン。てことは、目を離すのは怖いな~」

「だな。どうする?」

「う~ん……」


 フィリップはサボってもいいかと思ったが、少し考えて答えを出す。


「いいよ。僕だけで学校行くよ」

「珍しい……絶対にサボると思ってた」

「ニコライってヤツに、成績操作してくれる人を斡旋しないといけないしね~」

「はあ? マジでそんなことしてたのか!?」

「さて、どうでしょう?」

「その言い方は、絶対やってるだろ~~~」


 フィリップはからかっただけなのに、ボエルは不正していると確信したのであったとさ。

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