119 それぞれのお別れ


 初代硬貨に驚いていたクリスティーネは、黒いオーブと光のオーブの交換で交渉成立と言っていた。


「えぇ~。せっかく出したんだから、貰っておきなよ~」

「そんなの貰えませんよ! 持ってるだけで、帝国に目を付けられるかもしれないじゃないですか!!」

「あ、そっか……帝国に上納金として送ったら心証よくなくない??」

「波風立たせたくないんですぅぅ~」


 クリスティーネ、ギブアップ。フィリップがなんと言おうと、初代硬貨は受け取ってくれなかった。


「じゃあ、何が欲しいの?」

「ですから、光のオーブで足りてるって言ってるじゃないですか。人の話、聞いてます??」


 さらに半ギレなので、フィリップも初代硬貨は仕舞うしかなかったとさ。



「んじゃ、交換してみるね~」

「そんなの触って大丈夫なのですか?」

「ッ!? 怖いこと言わないでよ~」


 黒いオーブに触れる直前にクリスティーネが変なこと言うので、フィリップもビクビク。ちょんちょんと棒で触れたり指で触れたりしてから、布にくるんでからショルダーバッグ経由でアイテムボックスに入れた。


「特に何も起こってないよね?」

「たぶん……」

「よかった~。台座からどけただけで、国が滅んだら洒落にならないと思ってたんだよね~」

「怖いこと言わないでくださいよ~」


 フィリップは本当に心配しての発言だったけど、クリスティーネは仕返しされたと頬を膨らませていた。

 そんなクリスティーネを他所に、フィリップは光のオーブを台座に置いた。


「うん。これも何も起こらないね」

「はい……いいですね。地下にあんなおぞまましい物があるより、よっぽど安心できます。でも、ここに飾っておくだけなんて、もったいないな~」

「あ、欲しかったらもう1個あるよ。いる?」

「簡単に出さないでくれます?」


 光のオーブおかわりは、クリスティーネもお腹いっぱい。フィリップの金銭感覚をクドクドと説教しながら、隠し扉はきっちり閉め、ロープを辿って帰路に就く2人であった……



 黒いオーブ発見で、カールスタード王国での心残りが全て解消したフィリップが夜遊びに精を出していたら、ついに帝国に帰る3日前となった。

 この日はマッツの酒場でお別れパーティーを開くと言うので、フィリップは「そんなのいいのに~」とか言いながら嬉しそうに参加してる。元の世界でもこんな好待遇を受けたことがなかったから、顔が緩みまくっているよ。


「みんな集まってくれてありがと~う。今日は僕の奢りだ~~~!」

「「「「「いやいやいやいや……」」」」」


 あと、財布も。ここに集まったのは、娼館やクラブ、ナンパした子、お掃除団の面々。フィリップの恩恵を受けた者ばかりなので、恩返しのためにパーティーを開いたのだから「財布を仕舞え」と直訴していた。


「いや~もお~……カールスタード王国最高! かんぱ~い!!」

「「「「「かんぱ~い!!」」」」」


 その気持ちが嬉しいのか、何度目かもわからない乾杯。フィリップはジュースなのに、酔っ払っているように見える。

 そのフィリップの元へやって来るのは、感謝する者だらけ。男は一瞬で追い払い、女性は揉んだりキスしたりのお祭り騒ぎ。早めに切り上げて、大勢の女性を連れて宿屋にしけこんだんだとか……


 何故、3日前にこんなお別れパーティーをしているかというと、次の日は寝ないといけないから。そして帰還前日は、カールスタード学院のお別れパーティーに昼から出席しないといけないからだ。


「「「「「フィリップ殿下、行かないで~~~」」」」」

「あんまり絡んだ記憶ないんだけど……」


 ここでは、涙ながらに引き留める女子が多いけど、フィリップは「よく泣けるな」とか思ってる。

 挨拶に来る者にも塩対応で適当にあしらい、巨乳の女子にはセクハラ発言。それはラーシュ率いるブンテレンジャーに止められていた。ラーシュはやると思っていたから、カラフル王子に頼んでいたんだって。



 夕方頃に解散したら、自室にてダグマーと最後の夜。激しく踏まれたフィリップは、そのまま寝たフリをしてダグマーが出て行くと、クリスティーネの寝室で最後の夜を過ごしていた。


「まずはクーデターの件……帝国のお力まで貸しいただいたフィリップ殿下には、国民を代表して感謝させていただきます。ありがとうございました」

「僕は面白半分で協力しただけだから、全裸で土下座とかやめてよ~」


 最後のマッサージを終えたクリスティーネは急に畏まった態度になったけど、全裸を指摘されて恥ずかしそうな顔でフィリップをポカポカ叩いてる。

 ちなみにフィリップは、もしも自分が帝位を奪った場合に備えてやった一面もあるので、勉強になったから逆に感謝したいと思っている。


「次に……私を彼女にしてくれたこと、私を愛してくれたこと……フィリップにはいくら感謝しても足りません。それでもこれだけは言わせてください。ありがとうございました。フィリップのことを、死ぬまで忘れません」


 恥ずかしさを乗り越えたクリスティーネは真面目な顔に戻り、フィリップにキスをして強く抱き締めた。


「うん……僕の彼女になってくれてありがとう。僕も死ぬまで忘れないよ。大好きだったよ……グスッ。ゴメン。けっこう来るね……」

「フィリップに泣かれたら、我慢できないじゃないですか~~~」


 初めてフィリップが寂しさを見せて自分のために涙を流してくれたのだから、クリスティーネも大泣き。しばらく2人は抱き合って泣き続けた。


「もう会えないの?」


 涙が落ち着いたのはクリスティーネが先。フィリップは涙を拭って答える。


「どうだろう……お父さんと兄貴しだいになると思う。外交で派遣してくれたら、また忍び込みに来るよ」

「ウフフ。私たちの関係らしい……」

「だね……あっ! その時はクリちゃんも結婚してるか」

「結婚??」

「しないと王家が存続できないよ! クリちゃん今年20歳だから、早く結婚して子供産まなきゃ!!」

「あ……」


 クリスティーネ、すっかり忘れていた様子。


「でも、フィリップの口からそんなこと言われたくなかったわ~」


 フィリップもデリカシーないな。


「そうですよね……早くいい人見付けないと……」

「クリちゃんならすぐ見付かるよ。由緒正しい血筋の貴族に命令したら、政略結婚してくれるって」

「政略結婚を命令ですか……そのほうが早いは早いですけど、やっぱりフィリップに言われたくないですぅぅ」


 さらにフィリップが付け加えるので、クリスティーネはスネてしまうのであったとさ。



 フィリップに政略結婚を勧められたクリスティーネは機嫌が悪い。


「フィリップに聞きたいことがあるのですけど……いいですか?」

「今日で最後だし、なんでも聞いて」

「この1年で首都に住む貴族が5人ほど不審死しているのですけど、これってフィリップですよね?」

「へ??」


 なので反撃だ。


「ですから、若い貴族も急に亡くなったりしてるんですよ……やっただろ?」

「いや、僕は3人しか……」

「やってるじゃないですか!?」

「これには深い理由があるの~~~」


 フィリップの言い訳は、元スラム街の話。ここに何故か貴族がやって来て、売春婦を持ち帰ってそのまま帰らずとなったから、お掃除団からフィリップのもとへ相談が来たのだ。


「前みたいに家で拷問していたと……」

「そうなの。酷いヤツは、スラム街に来るたびに『貴族だぞ』とか言って殺してたんだ。オロフたちはクリちゃんに迷惑かけると悪いからって、僕に話したの」

「そうだったのですか……本性を見抜けないなんて、不甲斐ない女王です……」

「みんな裏の顔なんて必死に隠すに決まってるんだから、そう悲観しないで。あと、僕も無罪って言ってほしいな~?」

「証拠がないので裁けません……」


 フィリップは完全犯罪をしているので、クリスティーネも諦めたけど無罪とも言えないらしい。


「ちなみに、本当に3人だけなんですよね?」

「うん。残りの2人は顔も名前も知らない」

「本当に本当なんですよね??」


 クリスティーネがめちゃくちゃ疑って来るので、フィリップが裁いた貴族の名前を告げて、残りの2人の名前とか容姿、死因等を聞いたら冤罪だった。


「いや、そんなジジイ、寿命でしょ?」

「そう思いますけど、フィリップならやりかねないので……」

「ヒドイ!? 僕は悪者を退治して世直ししてるだけだよ~」

「それ、先に私に言ってくれません? 女王の仕事でしょ??」

「ご、ごもっともで……」


 でも、やりすぎている自覚はあったらしく、フィリップも反省している姿をちゃんと見せるのであったとさ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る