第30話 落着

「これでひとまずは、一件落着かな」


 みんなの顔を見て、セロは言う。リリーたちはその言葉に大きくうなずく。


「レーフールに飲み込まれた人は、おそらくみんな元の体に戻ったと思うよ。子供たちも、ほら」


 少し離れたところで、子供の声が聞こえた。

 それは悲鳴ではなく、無邪気で元気な声である。

 リリーはその方角を見やり、良かった、と呟く。


「あ、そうだ。ダーレンさんは? 一緒じゃなかった?」

「ダーレン、さんは……」


 そういえば、姿が見えないと、セロは辺りをキョロキョロと見る。ダーレンの状態を知っているリリーはうつむいて口を閉ざす。

 手が震えてきて、思うように話せない。それが伝わったのか、アイルはそんなリリーの肩に優しく手を添えた。そこから伝わる熱は、リリーに安心感を与えてくれる。

 リリーは深呼吸をして、なんとか伝えようとしたとき。


「オッサンなら、アタシが殺しちゃった☆」


 ベルティの言葉に、その場が静まり返る。


「証拠が欲しいなら、地下施設に行ってみたら? そこで死んでるよ」


 セロは信じられないと言わんばかりに口を開いた。


「君が? なんで?」

「えーっとぉ……未来のために、かなぁ」


 ベルティは困り果てたという表情で頬に手を当て、首を傾げる。

 それはどういう意味なのか、リリーにはわからなかった。だが、それを問いただすことはしない。


「……詳しく説明してもらおうか」


 場合によっては容赦しない、と低い声を出すセロに、ベルティは先ほどの軽い口調から一転して真面目な口ぶりになる。


「アタシたちの目的は、この世界を壊すこと。そして、アタシたちが暮らせる世界を作ることだもん。それを達成するためには、あの人の存在が邪魔だったでしょ?」

「……それで殺したのかい?」

「うん。ごめんね」


 謝られてしまい、これ以上の追及が憚られる。

 ベイルの使命に従っただけ。ダーレンのことは胸が苦しくなる思いだ。でも、責められず、セロはため息をつく。

 その隣では、リリーが下唇を噛んで俯いていた。

 そんな二人を見たベルティは、申し訳なさそうに頭を掻く。

 そして、彼女は言った。


「だから、ごめんねってば。でも、もうやらないもん。リリーちゃんと約束したんだもん」


 ベルティはリリーの手を取る。

 今更ながら、敵であるはずの彼女に手をとられている姿に恐れ、アイルがリリーの体を引き寄せた。


「そんな怖い顔しなくてもいいよぉ。アタシはリリーちゃんを傷つけたりなんか絶対にしないよ。だって、友達だもん」

「……リリーに危害を加えないという証拠はあるのか」

「えー、疑うのぉ? しないもん。一緒にお買い物するんだもん」


 アイルの目が点になった。セロも目を丸くしてベルティを見る。

 ベルティはそんな二人の様子など気にせず、リリーの手に自分の手を重ねながら言う。

 まるで恋人のように、寄り添いながら。

 アイルは慌ててリリーの服を掴み、ベルティのほうへ行かないように引き留めた。


「うふふ~。リリーちゃんの王子サマみたいだねぇ。付き合ってないのぉ?」

「つっ……! そそそそそ、そんなんじゃありませんっ!」


 耳まで真っ赤にして否定をするリリーだったが、アイルの腕を振り払おうとする気配はない。アイルに引き寄せられたまま、顔を背ける。そこで聞こえてくるアイルの心音が早くなっており、どこかリリーは嬉しかった。


「あはは、冗談だよぉ。リリーちゃんは大切な仲間だし、リリーちゃんを傷付けるつもりなんて毛頭ないってことぉ。アタシはリリーちゃんの味方だし、お買い物行くんだぁ」

「……」

「まあ、信用できないのはわかるけどさぁ。ツーちゃんとザジーも行くの。二人とも身なりに気を使わないしぃ? だから連れてこよ~。みんなきてよぉ」


 間抜けた話をして、場の空気がほぐれた。ベルティから敵意は感じられない。もし、変な行動をしようものなら、セロが動く。セロは苦笑いをしながら、アイルをなだめた。

 そして四人は蒼空の元、そろって行動を共にする。

 本調子ではないアイルに歩幅を合わせ、まずは資料館の前に居るであろう子供たちとザジーを迎えに行った。



 ☆☆☆☆☆



「変なのー!」

「びょーんってして!」

「おんぶ!」

「ごはん!」


 子供たちの中心にザジーはいた。

 前に後ろに、背中に足元に。子供がくっついて、服や髪の毛を引っ張っている。


「や、そんなにまとめては無理……」


 セロに言われた通り、子供たちを傷付けることなく守っているのはいいものの、不慣れな環境にとても混乱しているようだ。

 武器の炎は使わず、猫背の背中に乗った子供を落とさないよう配慮しながらも、他の子供に手を引かれて走る様子は、子煩悩な父親のようだ。


「やーだー。おんぶー!」

「おなかへったぁー!」

「ねむいぃ」

「おしっこー」


 手に負えない姿が滑稽になったのか、ベルティがお腹を抱えて笑い始めた。


「ザジちゃんヤバすぎるんだけどぉ!」

「わ、笑わないでって……困ってるんだよぅ……助けてぇ……」


 ザジーは助けを求めるようにこちらを見やる。

 だが、ベルティは助けようとは思わなかった。


「ザジちゃん、がんば」

「ええ……あ、ここでおしっこしないで……」

「あははははは!  マジでウケる」


 子供がズボンを下げようとしているのを、ザジーは止める。

 さすがに見ていられなくなったリリーは、ザジーに駆け寄ってその子を引き剥がす。そして、そのまま抱き上げて物陰へと移動させた。


「助かった……」


 安堵するザジー。しかし、子供は他にも多くおり、ザジーに絡みついている。

 その子供たちの気をひくために、ベルティは冷気を操って大きな氷を自由に造形させる。


「ほぉ~ら。キラキラ、ヒヤヒヤだよぉ~」


 創り出したのは氷の滑り台。ドシンと音を立てて地表に創られたそれに、子供の興味はすぐ集められた。


「わーい」

「しゅべりだい!」


 ザジーに集まった子供たちは、滑り台に一直線だ。やっと解放されたザジーは、うなだれるようにしゃがみ込んだ。


「子供ってすごいね」


 セロが感心しながら言う。

 子供たちはザジーに怯え、震え上がっていたというのに、今ではすっかりザジーに打ち解け、無邪気な笑顔を見せている。


 環境に適応したというよりは、誰とでも仲良く出来る。そんな子供たちを見て、セロは自分の在り方を考える。


「子供というより、人間だろう」

「うん?」


 アイルが近くの瓦礫に腰を下ろしてから言う。回復は早くないようで、氷で覆われたままの腹部をさすりながら、セロを見つめる。


「お前たちベイルは人間への憧れが強く、嫉妬もしてる。それで己の力を過信して、嫉妬の対象である人間を排除しようとした……んじゃないのか?」


 アイルのいう可能性は否定できない。ツヴァイがそう感じていたとも言えないからだ。だが、セロ自身は違う。そう思っていた。


「人間が羨ましいと思っていたはずだ。そうでもなきゃ、そんな目はしない」

「え……そう、かなぁ? 自覚はないんだけれども……」


 寡黙なアイルがここまで話すのは珍しい。それに戸惑い、セロは苦笑いをする。


「そこまで言うなんてさ、アイルくん。レーフールの中で何か見た?」


 その問いに彼はそれ以上何も言わず、視線を落とした。


「まあ、いいけれどね。憧れていると言われれば、そうかもなって思うし。ツヴァイはわかんないけどさ」

「ふん……」


 アイルは鼻を鳴らした。

 彼の瞳には、今のセロがどう映っているのだろうかと考えたが、答えがでるはずもなく、すぐに諦めた。


「じゃあ、セロお兄さんは、弟を見てくるね」

「……俺も行く」

「来なくていいよ。これは兄弟の問題だから」


 立ち上がり、歩き出す。

 アイルは顔を合わせることはなく、遠ざかる足音を感じ取っていた。


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