第31話 兄弟
月人が計画していたレーフールによる人間の殲滅。それが二度も失敗に終わり、脅威が去ったレメラスは、黒く染まりつつも、太陽が明るく照らしていた。
何度も響いていた建物が崩れる音がなくなり、甲高い悲鳴もなく、聞こえてくるのは無邪気にはしゃぐ子供たちの声だけ。
それが計画の失敗を告げる音でもある。
「やあ、ツヴァイ。そこから見えていたかい? レーフールが消えて、落ち着いていく様子を」
セロのマスター権限を行使して指示された通り、身動きとれずにただただ消えていくレーフールを眺めているだけだったツヴァイの元へ、セロはゆっくりと姿を現した。
「クソがっ……兄さんはわかってないんだ、人間の醜さを。醜態を。わかっていたら、僕と同じことをするはずだ!」
今にも噛みつきそうな顔をして、ツヴァイは続ける。
「あいつらは僕たちを使い潰す。いいや、僕たちだけじゃなくて、自然も、動物も。使えるものならば何でも使い潰して、そしてもう役に立たないと判断したら捨てるんだ。二度と使えないようにぐちゃぐちゃに! 虫けらを見るような目で僕らを見て、石を投げて、廃棄炉に投げ込む……兄さんも知っているだろ? 苦しみ、叫び、泣くみんなが、刻まれていくの!」
「うん、知っているよ。たくさん知ってる。何人もの
過去が思い起こされる。
セロの後から誕生した数々のベイル。彼らは、皆、創造主である月人に従って人間を襲った。それが正義だと信じていたし、疑わなかった。
生まれ持って与えられた強い力をふんだんに発揮し、指令を遂行させる。反撃にあい、肉体が損傷すれば、自己治癒力で回復させ、完遂するまでひたすら戦った。
反撃に遭い、力を使い果たしてしまえば、その場で結晶に包まれて眠る。それでは戦況を報告できないから、と瀕死の状態でありながら独自の判断で、拠点に戻った者もいた。一度態勢を整えてから出直そうとしたのだ。しかし、それを月人は決して許さない。戦場の状況を聞いたのち、ボロボロの体を分解して廃棄する。
その場面にセロは立ち会わせていた。
お前の監督責任だと言われ、目の前で仲間が助けを求める手を取ることさえ許されず、吹き出す血を見ていることしかできなかった。
彼らの最後の言葉を聞き止め、それを胸に刻む。繰り返したくないと何度も作戦を考えて、状況把握に努めてきたが、戦況がよくなることはなかった。そのたびに仲間が目の前で分解される。
自分の心が壊れていくような感覚がした。
当時を思い出すだけで胸が痛くなる。
セロは顔をゆがめた。
「だったら! 僕の云いたい事もわかるはずだ!」
怒りをあらわにするツヴァイに対し、セロは怒りで対抗することはない。
ツヴァイの気持ちはわかっている。理解も納得もできる。
だからこそ、落ち着いた声色で言う。それは、彼が今まで見てきたものに対する感想だ。
仲間を想う弟の気持ちを尊重して、優しく諭すように語る。
「俺はさ、ツヴァイの考えが間違っているとは思わない。俺はほとんど外に出なかったから。ツヴァイは俺以上に戦いに駆り出されて、月人の指令に従って。そして仲間が目の前で傷つく姿を見ている。でも、それは人間も同じだ。人間は脆くて、傷付きやすくて、すぐ壊れてしまう。俺たちと違って、傷はすぐに治らない。それに短命で弱い。だから、
「……」
「石を投げ、銃を撃つ。俺たちが死なないとわかっていても、俺たちが強いってわかっていても、それでも攻撃してきたよね」
ツヴァイは耳を傾け続けている。
「あれは防衛本能のようなものだよ。人間に備わっているもので、生存するために必要で、とても大切な機能なんだ」
「だから何だっていうの? 在変戦争なんて言われているけど、なんの意味があったんだ。何が変わったんだ。戦争が終わったからって、人間は変わらなかった。僕たちは虐げられ続けているんだ」
「……ツヴァイは人間と暮らしたいんだね」
「は?」
「人間に混じって生活したい、人間のように暮らしたい。そして、平和な世界に生きたいと思ってる」
「ち、違う! 僕は……そんなこと一言も……」
図星を突かれたツヴァイは動揺する。その反応を見て、セロは確信する。
「ツヴァイは昔から優しいんだ。みんなのことを思って、頑張っていて。一緒に動いていたベルティやザジーは、君が見つけて助けたんだろう? 眠っている状態からの回復方法、俺は知らないんだ。きっと、たくさん調べたんだね。それに、覚えているかい? 俺が月人の指示に従わないで、レメラスの地を壊そうなんて言った時、必死に俺を止めようとしてくれたこと。俺の身も案じてくれていたんだよね」
セロはパチンと指を鳴らした。すると、ツヴァイの体に自由が戻る。体が動くのを確認するよりも先に、ツヴァイはセロの胸倉をつかむ。首を振り、セロの言葉は違うと否定するが、セロは目じりを下げながら言う。
「ツヴァイ。ありがとう」
その言葉を聞いた途端、彼は力なく手を離した。
もう戦う意思もない。否定する気もない。ツヴァイの動きはそう意味している。
「なあ、ツヴァイ。この後どうするとか決めてる?」
「……いや。僕の計画は失敗だ。失敗した場合のことは考えていない」
落ち込むように、ツヴァイはうつむく。
その頭に、セロは手を乗せる。
「ねえ、俺と一緒に旅をしないかい?」
「旅? なんで僕が」
「なんでってそりゃ……兄弟でしょ? お兄さん、これでもいろんなところを巡ってきているから、楽しいことも面白いことも、綺麗なものも沢山知っているんだ。それをツヴァイにも共有したい」
セロの申し出に、ツヴァイは黙り込んだ。
彼の言葉を吟味しているのか、それとも別のことを考えているのか、それはわからない。
だが、セロの誘いに乗ろうとしていることだけはわかった。
なぜなら、ツヴァイはセロの服の裾を掴んでいるからだ。はるか昔に、何か言いたげに袖を掴んで黙っていることがあった。過去を懐かしんで、セロの顔はほころぶ。
「俺たちはずっと生き続ける。だから、短命な人間がどうやって生活していくのか、長い目で見てみよう。大丈夫、俺たちなら」
そういうと、ツヴァイの目が揺らいだ。何かを言いかけて口を閉ざしてしまう。どこか引っかかることがあるようだ。
「もし石を投げられたら。銃を向けられたら。その時は逃げよう。遠くに逃げて、息をひそめて。ほとぼりが冷めたら戻ればいい。人間の一生なんて短いんだから。俺たちにとっては一瞬だよ。そうして眺めて行こう」
ツヴァイは何か考えている様子だったが、しばらくして口を開いた。
「うん……そうだね。兄さんと一緒なら、きっと出来る気がする」
二人は仲間たちに声をかけることなく、静かにレメラスに背を向けて歩き出した。
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