第27話 対峙


 まるで鞭のようにしなやかに動くツルが伸び、セロの右足に絡まった。そしてそのまま投げ捨てるかのように、軽々とセロを勢いよく飛ばす。

 ほんの一瞬の出来事だったため、されるがままになったセロの体は、ツヴァイとアイルから程近いところに落ちた。


「ハハッ! 無茶をするからです、兄さん! さあ、レーフール! この世界を壊してください! 新しい世界を作りましょう!」


 地面に叩きつけられたセロに、ツヴァイは楽しげに言った。

 その声を聞きつつ、セロはゆっくりと立ち上がり、ツヴァイを睨んだ。

 いつもの柔らかい雰囲気がないセロの姿にアイルは唾を飲み込む。


「あ」


 睨んでいた蒼の瞳がアイルを映した。

 アイルは何か言わねばならない気持ちになり、とっさに言葉を紡ぐ。


「お前、無茶を……」

「ああ、アイルくん。君は元気そうでよかったよ」


 セロはあちこちから血を流し、満身創痍の体を何とか奮い立たせているようにしか見えない。それでもセロはまっすぐに立っている。

 ベイルだからなのか、強がっているからなのか、アドレナリンが出ているからなのか。セロは自分の血を気に留めることなく、アイルの心配をしていた。


「君はツヴァイに何もされてない? 体は大丈夫?」

「あ、ああ……それより、リリーがっ……」

「うん。わかっているよ。リリーちゃんだけじゃない。ここに連れてこられた人間は、あの獅子――レーフールの中にいる……そうでしょ、ツヴァイ」


 ツヴァイを睨みつけるセロ。

 それに怯えることなく、むしろ喜んでいるような表情だ。

 それを見て、セロは確信に変わる。


「大丈夫。みんな助けるよ。あの中でみんな、もがいているんだ。生きてるんだよ」

「生きて……?」

「うん。生きてる。あの中から感じられるんだ。リリーちゃんもいるよ」

「リリーが……」

「だから、安心して。もう手段は選らばない。何を使ってでも、俺がみんなを助けるからね」


 セロは血だらけの顔で、いつもの笑顔を無理やり作って見せた。

 痛々しいその笑顔に、アイルは狼狽することをやめ、強く決意する。


「俺も行く。もう、迷わない」


 アイルはツヴァイの方を見る。

 計画を破綻させるかもしれないセロとアイル。彼らを野放しにしておくわけにはいかない。ツヴァイの手に黒い閃光が走る。


「たとえ兄さんであっても、僕らの計画を邪魔しないでください」


 ツヴァイの閃光がバチバチと音を立てた。アイルもまた研がれたダガーを取り出し、戦う準備をする。

 ツヴァイが攻撃を仕掛けようとする寸前、セロは叫んだ。


「ツヴァイ!」


 その声で、ツヴァイの動きは止まる。真っ赤な瞳を丸く見開いている様は、かなり驚いているようだ。


「動くな」


 セロの声で、ツヴァイは身動きできなくなった。

 顔をしかめ、抗ってみるが閃光を操ることもできない。唯一動かせたのは口だった。


「兄さん、マスター権限使ったんだね。あんなに拒んでいたのに……」

「君を正気に戻すためだよ」

「僕を正気じゃないって言うのかい!?  僕はずっと正常だよ!  言われていたレーフールの力を解放させた!  僕がレーフールを目覚めさせたんだ!  これでやっと!  世界を作り変えられる。僕たちが狭い思いをすることがなくなるんだ。モノなんかじゃなくて、ちゃんと生きられるんだ!」


 ツヴァイは興奮しながら訴える。だが、セロは首を横に振った。

 そして、静かに告げる。


「ううん。僕たちは生きているよ、最初から。それに狭い思いをしているのは俺たちだけじゃない。人間も同じなんだ」

「そんな訳ない! 人間は、月人と同じだ。僕らをモノと見て、用済みになれば捨てられる! この世界は僕たちを兵器としか見ない! 狭い思いをしてるのは僕らでしょ!」


 声を荒げるツヴァイに、セロは落ち着いて告げる。


「……ツヴァイは世界を見ていないんだ。そこで止まって見ているといるといい。行こう、アイルくん」

「おいっ、待て! これを解いていけ!」


 動けないツヴァイをその場に残し、セロはアイルを呼んだ。

 アイルは動きを制限されておらず、武器を握ったまま小走りでセロの元に向かう。


「いいのか?」

「いいんだ。これも勉強のうちだよ」


 何度も叫ぶツヴァイに背を向けて、二人は未だ上空に浮かぶ獅子――レーフールへと近づく。


 迫りくる二人を見つけるなり、大きなレーフールが鋭い爪で攻撃を始めるが、それを簡単に避けながら近づく。レーフールが吠えるたびに衝撃波のようなものが襲うが、それをもろともせずに近づいていく。

 そして、あと少しで獅子に触れられる距離まで来ると、セロは両手を前に出して光の両手剣を作り出す。


「行け、アイルくんっ」

「わかった」


 二人に余計な会話はない。だが、アイコンタクトをとるとあ、意思が通じ合う。

 大きく振りかざしたセロの剣の上に軽々とジャンプしてアイルが飛び乗る。そのまま、剣を足場にしてレーフールに向かって飛び上がった。


 そして、レーフールの体にダガーを突き刺す。

 突き刺したところから亀裂が入り、そこからどんどんレーフールを形作っていた黒いもやが溢れ出てきた。

 それがダガーを伝い、アイルの腕に絡みつく。

 実体がなく、払うこともできない。


「アイルくん!」


 光の翼を再度作り、アイルの傍まで飛んできたセロが手を伸ばすものの、空振り、アイルはもやに包まれていった。

 そして、もやはアイルの口から体の中に入っていく。レーフールを形作っていたもやがどんどん入って行き、全てアイルの体内へとおさまった。


「アイルくん!!」


 セロは叫んだ。

 その声はアイルに届いているはずだが、返事がない。

 もやと吸い込んだアイルの体が落ちていくのを、セロが受け止めてゆっくりと地上に降ろした。


「聞こえる? アイルくん」


 反応はない。反応はない。だが、心臓は動いている。呼吸もある。外傷もない。ただ眠っているだけのようにも見える。

 それで安堵できるほど、セロは甘くない。


 レーフールについての知識が少なすぎるのだ。

 セロが知りうる知識をフル動員しても、レーフールが『生きる者の命を集めた最悪の兵器』、『思念を集めたもの』、そしてリリーたちはその思念としてレーフールに取り込まれたというところまでしかわからない。それでも、人の思念を全て取り込んだのであれば、アイルに何が起こってもおかしくない。


 体が耐えきれず壊れるか、もしくは心が壊れるか。

 どちらに転んでも、アイルは無事では済まない。


 取り込まれてしまった人々を救うためには、アイルの体から解放せねば。そうなったら、アイルはどうなる。

 全員を救う方法を必死に考える。


「大丈夫だよね……?  アイルくん」


 そっと呼ぶ。すると、それに呼応するかのようにアイルの瞼が震え、薄っすらと開いた。


「あ、アイルくん……?」


 意識を取り戻したことに安心したが、異変に気付く。アイルから感じる気配が異なるのだ。

 目を細めてアイルをまじまじと見る。

 見た目は変わっていない。だが、纏っているオーラというか雰囲気が違う。どことなく冷たく感じ、セロとは正反対の印象を持つような、そんな感覚に陥る。


 その一瞬の戸惑いの隙に、セロの脇腹にダガーが突き刺さった。


「うっ……? ちょっと、洒落にならないよ?」


 体が傾き、口から血を吐く。痛みに顔を歪めるが、すぐに立ち上がってアイルを見る。

 そこにいたのは、紛れもなくアイルだ。

 だが、先程までの温かみはなく、冷酷な表情をしている。

 冷たい目でセロを見、ゆらりと立ち上がった。


「飲み込まれちゃったか。どうしたものか……さすがにお兄さん、手立てが思いつかないよ?」


 そう言いながらも、セロは笑顔を絶やすことはない。

 レーフールを飲み込んでしまったアイルを止める術などない。だが、それを知っていてもなお、セロは余裕な態度でいる。

 なぜなら、彼は知っているからだ。

 アイルは絶対に元に戻るということを。

 そして、それは確信に近いものだと。


「アイルくん。聞こえてるんでしょ? このままだと、いくらベイルと共存する君の体も壊れちゃうよ?」


 アイルはダガーを強く握りしめ、セロと戦う意思をみせる。


「いいかい? 時間稼ぎならやるから、君は自分の体を取り返すんだ」


 そう言って、セロは光の剣を構え、アイルと対峙するのだった。

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