第26話 獅子
レメラスの異変は、地下のリリーたちのところにも届いていた。
突然、都市を覆うように溢れ出した光は屋内の壁を通過してきていたからだ。
モニターに映る他の部屋の方が先に光に飲み込まれて、画面が真っ白になる。それをベルティは目撃していた。
「あ、やばぁい」
「え? 何ですの? この光は……」
目が眩む前にベルティは氷で光を遮るが、リリーは戸惑って何も出来なかった。
理解する時間を与えず、視界は光に飲み込まれる。
その光がおさまった時、リリーの身体は力なく床に落ちた。
資料館前に集まる子供たちにも、同じ事象が起きていた。
逃げる時間も与えず、体が光に包まれた子供たちが、次々に重なるように倒れていく。その後は全く動くことはない。
「!? みんな! っ、まさかっ!」
光を浴びようがなんの影響をも受けなかったセロは、光の剣を大きく振りかざしてザジーを突き放すと、子供たちに駆け寄った。
呼吸の有無、心音に耳を傾ける。だが、どの子も無呼吸で心臓は止まっている。
「嘘、でしょ……発動させたっていうのか……っ、ザジーッ! ツヴァイッ!!」
かつてないほどの大きな声で名を叫んだ。
怒りが声にあふれ出る。蒼い瞳を血走らせて、高々と右手を上へ伸ばす。
「
セロの声に応じて、天空がきらりと光った途端、雨のような光の弾丸がザジーめがけて振り落ちる。
「もう……そんないきなり……」
ザジーはそれを炎の壁を作ることで防ごうとした。しかし、弾丸はそれをいともたやすく貫き、ザジーの体を貫通して、血を流して、ザジーは倒れた。
傷を治そうと試みるも、追いつかない。他のことをする時間を与えず、セロの作る弾丸は次々とザジーを貫き続ける。
「ぁ、ぁ……」
ザジーが動かなくなったのは、弾丸を受け続けて十分も経ってからだった。喉を貫き、声にならない音を発して地を這う姿に、セロが近寄る。
いつも見せていた、影がありながらも明るい顔を作っていたセロから一転し、今の彼に明るさはない。見る者すべてを殺すような冷たい目をしている。
「ぁ……ぅ」
セロは無言で、今だ身体を貫かれ続けて呻くザジーを見下ろす。そして光の剣を大きく振り上げたときだった。
ドゴゴと低い地響きが轟き、大地が大きく揺れて、ピシっと音を立てて地面にひびが入って裂ける。
もともと廃墟と化していた資料館は、揺れに耐えきれず、崩れ始めた。
それが子供たちの上に落ちそうになったが、すぐさま光の剣が瓦礫を破壊する。
それによりセロの弾が止まり、セロの意識が自分から逸れたのを確認したザジーは、瞳を閉じるとすぐさま回復に徹していた。
おかげでなんとか主要臓器が修復され、止血できた。体を起こそうとしたが、上からの衝撃で再び地に戻される。
「俺は動いていいなんて言ってないよ」
セロはザジーの頭を踏みつけて、動きを封じる。
「お前は許さない。許せない。二度も街を焼いて、殺してっ……そのまま眠らせるだけじゃ、俺の気が収まらない」
抵抗しようと、ザジーは手に炎をともらせようとする。だが、その両手を光の剣が上からぐさりと刺さった。
痛みに悶えるザジー。
その光景を見ても、セロの表情に変化はなかった。
ただ淡々と告げる。
「ザジー。お前は生きながら償え。俺に従え。反逆は認めない。ツヴァイの命ではなく、俺に従え」
蒼い瞳を文字通り、光らせて言うのは、まるで、感情のない人形のように無機質なものだった。
そして、その言葉は冷たく残酷なものだ。
だが、その命令に従うしかない。
ベイルの長はツヴァイではない、セロだ。彼が今まで使ってこなかった長しか持たないマスター権限を発揮させたのだ。
拒否権を与えず、逆らうことを赦さない。もし逆らおうとすれば、体の自由を奪うことができる。セロにしかない、セロだけが持つこの力は、今まで仲間の人権を尊重して使ってこなかったものだった。
「……っ!」
ザジーはその力を知っている。誕生当初からインプットされていた。だが、指先すら動かすことができないほどの力だとは考えてもみなかった。
必死になって足掻いてみたが、無駄に終わる。
どんなに頑張っても体は動かせない。
そうこうしているうちに、セロはさらに強くザジーの頭を踏みつける。
「返事はひとつだけだよ」
「は、い……」
ザジーは顔を青ざめさせ、震えながら言った。
どちらが悪とも言えない状況を作り出したセロ。彼の瞳は、どこまでも暗く、深い闇が広がっていた。
「まずは俺の質問に答えてもらおうか。いい? 答えないのはナシだ。隠し事はしてはいけない」
「わかっ、た」
「ヨシ。じゃあ、今回の術式によって、ツヴァイは何をさせようとしているの?」
「詳しくは、知らない。けど、思念で破壊の獣が生まれるって言ってた」
「思念、破壊の獣……」
セロは復唱しながら考える素振りを見せたあと、口を開く。
「あれか……ったく。まだ、俺には取り返せるな……!」
上空を見れば、空中に漂う黒いもやが獣の形を作り始めていた。そのもやはやがて形を成し、真っ黒に染まった翼を持つ巨大な獅子の姿になった。
それを見たセロは、怒りに満ちた目で睨む。
「ザジー。君は子供たちを守って」
「え、でも。みんな死んで――」
言いかけたところで、ザジーの言葉が止まった。なぜなら、セロから発せられる殺気を感じたからだ。
子供は動かない。心臓も止まっている。それでもセロはザジーを振り返らずに告げる。
その声は低く、怒りを滲ませている。
だが、冷静さを欠いてはいない。
「みんなを助ける。必ず。絶対に」
そう言うとセロの背中に光が集まって翼が作られた。それを使い、セロは獅子へと向かって飛んでいくのだった。
☆☆☆☆☆
「ハハッ! 僕でもできた! 目覚めさせたんだ、レーフールを!」
獅子を見上げて、ツヴァイは高らかに声を上げる。
黒いもやがどよめく獅子からは、身の毛がよだつほどの不穏さがあった。
ゆっくりと空中を歩き、ツヴァイとアイルがいるレメラスの都市前へとやって来る。
一歩、また一歩と近づいてくるたびに、肌をなでる空気がアイルの足をすくませる。
だが、ツヴァイはそれを気にすることもなく、自分の思い通りになる世界を想像して笑っていた。
「お、おいっ! リリーはどうなったんだ! おい!」
アイルはツヴァイに詰め寄る。胸倉をつかみ、揺さぶったが、ツヴァイは何食わぬ顔で答える。
「死んだ、というより、レーフールの素材になりましたよ」
「レーフール……」
見知らぬ名前を口にする。すると、気分がいいからなのかツヴァイは話した。
「あれですよ、あの獅子。人間の生気によって生み出される、破壊だけを行う最高の存在ですよっ」
ツヴァイは嬉しそうに顔を紅潮させて語る。
だが、それを聞いていたアイルは理解できない。
なぜ、そんなものが生まれたのか。
どうして、こんなことをしているのか。
何もかもがわからないことだらけだった。
そうこうしている間に、獅子は大きく口を開く。その中にエネルギーが集まるよう光が集合していく。それが何を引き起こすかわからなくでも、よくないことが起こるということは予測できた。
だが、空中に浮くそれを、アイルは止めようがない。唖然としているうちに、それが放たれようとしたときだった。
獅子の左側から、光る何かが突撃した。ぶつかった獅子はバランスを崩し、口は閉じた。
「兄さんっ……!」
ツヴァイが、途端に低い声を出し、アイルはツヴァイから離れた。
獅子を止めたのは、セロだった。
アイルの目ではとらえられなかったが、ツヴァイにははっきりと見えていた。
セロは獅子に向かって飛び、攻撃を加えたのだ。
セロの攻撃は止まらない。今度は右手から光の剣を作り出して、獅子の首を切り裂こうとする。しかし、それは叶わなかった。首元まで迫った瞬間、獅子の体がさらに黒く染まり始め、そこからそこから棘のようなものが飛び出してセロを貫いたのだ。
セロはそれでも怯まずに左手からも光の剣を作り出す。二刀流となり、さらに攻撃を繰り出そうとしたが、それよりも先に獅子の体が変化していく。
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