第20話 秘匿
子供が迷いこまぬように、あたりには歪んだ空間がいくつかあった。フェディエール曰く、歪みの中へ入れば元の場所に戻るようになったいるらしい。そうせねばならないほどに、子供を近づけたくなかったのだろう。
フェディエールは人が通れるほどの幅を確保するため歪みの数を減らす。歪みと歪みの間を通れば、地下へと繋がる階段が露わになった。
そんな階段を、フェディエールを先頭にして一段ずつ降りていく。手すりはないものの、やんわりと小さな草花が足元で明かりを放っていたので歩けないことはなかった。
階段の幅も申し分ない。高さも充分あって、頭をぶつけるようなこともない。しかし、どこまで続くのか、今どの辺りなのかわからないためにリリーの顔には不安が見えた。
「しばらく下ります」
そう言ってフェディエールはひたすら下っていく。その後ろにぞろぞろと続いて歩く。酸素が薄くなるのではないかという心配もあったが、決してそんなことはなく、ただただ転ばぬように皆が続いた。
降り続けること五分。突如として広がったのは、大きく広い空間だった。
壁一面には、宝石のようにキラキラと輝く大きな結晶がいくつもあり、思わずセロは息をのんだ。
「わぁ……宝石みたいですね」
リリーは目を輝かせる。そして最も近い結晶に近づこうとしたとき、アイルが彼女の手を掴んだ。
「近づかない方がいい。よく見ろ」
「はい? あ……これは……」
言われた通り、リリーは目を細めて結晶を見つめる。
リリーの背丈よりもずっと大きな結晶は赤く、まるでルビーのようであるが、その中心に人影があった。
それは瞳を閉じ動くことはない。まるで人形が閉じ込めれらているようにも見える。
これが何なのかを教えてくれたのはフェディエールであった。
「ここにあるのは、眠りについた仲間たち……ベイルの同胞です。少しでも安らかに眠れるようにと、見つけた限りはこちらへ移動させました」
「ベイル……」
リリーは再び結晶の中のベイルを見る。
目の前の結晶の中には、長い髪の毛をもったベイルが眠っている。その服は焼け焦げたのかボロボロであった。戦争か、それとも劣化か。リリーにその答えを出すことは不可能だ。
「おい、こんな不気味なところに連れてきて、はいおしまいって訳じゃあねぇだろ。要件はなんなんだよ」
結晶の数はひとつや二つではない。何十もの結晶があり、その数の分だけベイルが眠っていることになる。
あくまでも眠っているだけ。いつ目覚めて、人々を襲うかわからない。そんな場所へ連れてきたのであれば、何かしら意味があるのだろうとダーレンは気にかけていた。
「ええ、こちらへ案内したのは今後起こるかもしれない可能性についてお話しようと思いまして。そのためにはまず、在変戦争からお話せねばなりません」
よろしいですか、と丁寧に言う。まさかここで拒否なんてしようものなら、来た意味がない。セロが皆の顔を見て同意を得ると、フェディエールは語り始めた。
☆☆☆☆☆
かつて起きた『
最初に作られたベイルこそ、セロ。人ならざる力を行使する存在。しかし、偶然誕生したものであり月人では、ベイルの力の制御が困難であった。だが、セロの持ち合わせた心によって自身の力をコントロールできた。
それを便利に考えた月人はさらにベイルを作り出す。
今度はより、力を増して戦えるように。偏りのないよう様々な力と個性を持たせた。
数を増やしたことで、管理が困難になってくると、ベイルの管理をセロに託された。そうして、セロが指揮官の地位に就くことになったのだ。
月人からセロへ。
セロから下位のベイルへ。
下される指示は全て人間の殲滅へと繋がる。一瞬で失われる命に心を痛めつつも、セロは生みの親に従い続けて指示を出す。
主要な都市を襲え。
逃げた住民は挟み撃ちにしろ。
一人も逃がすな。
生きたまま捉え、大衆の前で首をはねろ。恐怖で支配し、逆らう力を奪え。
戦うために生まれたベイルたちは、指示に従い行動に移していく。
炎、氷、電撃エトセトラ。圧倒的な力で人々を襲い、在変戦争は激化していった。
やがて人はベイルに対抗すべく、武器を手に取る。
銃や戦車を使っていたものの、それだけでは力及ばず。さらなる戦力を得るため、鎮圧することができたベイルが結晶になるとそこから新たな武器である機械兵もとい、メタリカを製造して抗った。
何年もの間続く戦争。
それに終止符を打ったのは、レメラスの消失である。
「レメラスで起きた事は、覚えていますか?」
そう問われたのは、セロだ。
静かに聞いていたセロは、少し間を置いて悲し気に「おぼろげに」と答えると、フェディエールは小さく頷く。
「月人が計画したのは、レメラスに暮らす人間を犠牲にして、新たな兵器を作ろうというものでした。どういう経緯でで知ったのかはわかりかねますが、指揮官殿は何とかそれを回避しようと動いておりました。それが、レメラスの地盤破壊です」
「破壊、ですか……? それが消失ってことでしょうか?」
リリーは過去の文献から得た知識をフル動員させていた。どの論文を読んでも、レメラスの消失についてどういう経緯だったのかは記されていない。ましてや、回避させたかった人物がいたということも、セロの存在についても記されていなかった。
「いいえ、消失を避けようとしていたのです。月人による作戦には、レメラスの大地に刻み込まれた術式を発動せねばなりません。それならば、都市の地を破壊することで、その上で生きる民を守ろうとしました。そのために、指揮官殿はまずレメラスの民に、逃げるよう伝えました。しかし、見知らぬ人物の声に耳を傾ける者はいないまま、ついに月人からレメラスの民を消費して怨念渦巻く兵器作りの指示が下りました」
セロの頭には当時の映像が流れ始めていた。
あまり思い出したくなくて、目を逸らし続けていたものだ。唇を固く結び、こらえながら話を聞き続ける。
「この指示の責任者になったのは、副指揮官のツヴァイ殿。指揮官殿の弟ぎみになります。術式発動のために、人々を封じ込めようとするツヴァイ殿率いるベイル軍に対抗し、指揮官殿はレメラス防衛に尽力しました。一対多勢でしたが、ツヴァイ殿以外のベイルは休眠状態……この結晶になったのです」
結晶は数えきれないほど並んでいる。
たった一人で、これだけの数のベイルに抗った。それだけの力がセロにはあるのだ。
普段見せない顔があるのだと、リリーはごくりと唾をのむ。
「残るツヴァイ殿との闘いにより、人々は巻き込まれて亡くなったのと、ツヴァイ殿が放った攻撃によりレメラスは黒く染まって廃墟化しました。それにより、術式の発動は不可能に。月人は多くのベイルを失ったことで、戦力をそがれてしまったので撤退しました。こうして、在変戦争は終戦したのです」
レメラスは守れなかった。しかし、世界を守ることはできた。
誰にも語られなかった歴史に、リリーは興味深く聞いて記憶に刻んでいた。
一方で、ダーレンの顔には曇ってきている。
知りたいことはまだ知らされていないから。そうくみ取ったフェディエールは、眠る仲間たちの方を見ながら話す。
「あくまでも仲間たちは今、眠っている状態。目覚めの時がくれば、眠前に下された指示に従おうとするでしょう。ツヴァイ殿の指示が出れば、一都市ではなく、世界をも消失させるかもしれないのです」
あるかもしれない可能性に恐怖を感じて、リリーはとっさに結晶から逃げるようアイルの背に隠れた。
「レメラスの都市には、まだ月人が残した術式が残っています。人柱を用意できたのであれば、術式の復元は可能――今度こそ世界が滅びてしまうかもしれません」
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