第21話 結晶


 一通り話を聞き、セロは深く息を吐いた。

 レメラス、そしてその後のジェメトーレでも。大勢の命を失うことになった悲劇を二度と生み出してはならないという決意が、セロの目に灯る。

 

 レメラスで生み出される兵器。それについて知っているのはセロしかいない。何が起こるのか、どのような兵器なのか。それをフェディエールは聞こうとしなかった。


 しかし、知っておくべきだ。そう思い、セロは口を開く。


「レメラスにはね、俺たちが生まれるよりも前から。それこそ、古代から不思議な力が流れ込んでいたんだ。それを月人は流点るてんって呼んでた。流点から大地に刻まれた術式を発動させるために、生者を術式内に入れるんだ。すると、代償と引き換えに古代文明兵器が生まれる。ベイルも比にならないほどの圧倒的な力を持つ、神とも悪魔とも呼ばれる兵器だよ。それから出される強力な光線は、一つの特区を簡単に消せるよ」


 だから、何としても防がねばならない。

 ましてや首謀者が弟であるということで、セロは強い責任感が生まれている。


「怖いですね……」


 リリーの顔は青ざめる。


「指揮官殿はどうしてそれを知ったのですか?」

「大切な仲間が教えてくれたんだ。今はもう、体を無くしてしまったけどね」


 そう言うセロの言葉に、アイルの肩が動いた。


「それはともかくとして、俺はどうしたらいい? 何ができる?」

「そうですね。そうおっしゃっていただけると信じていました。ではまず――」


 今後について話そうとしたとき、カチャリと金属音がセロの背に突き付けられた。


「納得いくわけねぇだろ」


 ダーレンが背負っていた銃を構えている。銃口はセロに突き付けられているために、セロは両手を挙げる。


「お待ちください。それを向けるべきは、指揮官殿ではなく、私ではないのですか?」


 フェディエールが踏み出して言うも、銃口は変わらない。鋭い目で睨み付けた先は、セロのままだ。


「部下が何を言おうが、全ての原因はお前さんだろ。ベイルの頭がとんだヘタレ野郎だから、人間は死に続けているんだろうが。その償いとでも考えているのかもしれねぇが、そんなんで罪滅ぼしになると思ってたら大違いだ」

「……ん、そうだね。過去も今も、問題の原因はベイルにある。統率出来なかったんだから。弟をなだめることも出来ない」

「ちっ……お前さんのせいで、どれだけの人間が死んでると思ってんだ。第八特区ここだけじゃねぇ、世界中で死んでらぁ。それの責任なんて、そうそうとれるもんじゃねぇ」

「ん、そうだね。俺もそう思うよ」


 どれだけ強く言われても、セロの言葉尻は変わらない。

 ダーレンの声に寄り添い、否定することなく受け入れる。


「だったらっ……そう考えるなら、なんでそんなにへらへらしていられんだよっ! お前さんのせいでうちはっ、いや、それは今はいい。とにかく、その態度が腹立つ」


 怒り狂うダーレンに背中を向けたまま、セロは静かに聞いていた。

 いつ撃たれてもおかしくない中、フェディエールが眉間に皺を寄せて敵意を出すも、セロが制止させる。


「だ、ダーレンさん、落ち着いて……」

「子供は黙ってろ」

「ひいっ! って、私子供じゃないですっ!」


 リリーが勇気を出して止めようと声をあげたが、叶わなかった。逃げるようにアイルを盾にして身を小さくする。

 張り詰めた空気。沈黙が訪れてすぐに、地鳴りのような音が響いた。


「なんだ……?」


 何が起きているかわからずに、ダーレンが銃を降ろし、あたりを見ながらつぶやいた。揺れはない。ただ音が共鳴して大きく鳴る。


「地震、いや、これはっ!? フェディエール!」


 セロは、目の前にいたフェディエールが目を見開き、口から血を流す姿を目撃した。彼の奥には人影が。その人物は、フェディエールに気づかれぬように近づいて、後方から彼の腹部を手で突き破った。

 フェディエールは、歯を食いしばり倒れ込むのを防ぐものの、腹部からは黒い閃光が血と共に走っている。


「お喋りな貴方には、お仕置きが必要ですよね」


 落ち着いた話し声。真っ赤な瞳で、フェディエールから手を引き抜いたのは、今まさに話題にしていたツヴァイだった。


「ツヴァイ殿っ……ど、してここに……!」


 腹を押さえながら、ゆらりとツヴァイから離れたフェディエールに、ツヴァイは冷たい視線を送る。


「どうしてっておかしな質問ですね。僕のことを嗅ぎ回っていたくせに」

「そ、れは……申し訳、ありません」


 立場上、上になるツヴァイに対し、フェディエールは謝罪する。だが、それを求めていたわけではないようで、ツヴァイは赤い瞳を、銃を向けられ手を挙げたままのセロに向ける。


「兄さん。まだ人間なんかと関わっているの?」

「関わるも何も、ここは人間の住処だ。俺たちがお邪魔させてもらってるだけでしょ」

「どうだか。これだけの仲間を集めているのなら、ここは僕たちの住処でもあるんじゃない?」


 仲間たちは結晶となって眠っている。そんな彼らに思いを馳せたのもつかの間、ツヴァイは黒い閃光を地に這わせる。


「ツヴァイ、何が目的だい? 皆を連れ出そうなんてことは、お前のその力じゃ出来ないだろう?」


 ツヴァイは戦闘型。強力な黒い閃光を操ることができる。

 戦いにおいては優秀であるが、他の面で活用出来る力ではない。だから、結晶で眠る仲間たちを連れだそうとしているとは考えにくい。


「兄さんは勘が鈍ってしまったの? 残念だよ」

「なにを……」


 理解されなかったことに残念がるツヴァイは、セロの方へと顔を向けてにやりと笑う。

 セロには彼が何をしようとしていたのか、全くわからなかった。


「が、はっ……」

「フェディエール!」


 突如として、フェディエールの傷口を開くように、黒い閃光が再び突き刺さった。

 そのままフェディエールの体を宙に浮かせ、上からボタボタと血が落ちていく。

 その光景に、セロはジェメトーレの悲劇がよぎった。


「っ……!」


 赤い海が出来ていく様子を見て、顔を青ざめさせたリリー。これ以上見えないようにと、アイルはリリーの視界を塞ぐように自らの背で彼女を守るよう立つ。


 同時にダーレンもセロから銃を下ろして、右足を引いた。


「ツヴァイ! お前、何がしたいんだ!」

「何って、言ったでしょう? 僕の目的はただひとつ。それを果たすために、彼を使うんだ」


 ベイルに死がないとはいえ、痛覚はある。

 逃げる術がないフェディエールが、宙に浮かされながらあがいている。それを見上げながら、ツヴァイは言う。


「フェディエール、命令です。付近にいる人間を全てレメラスに連れていってください」

「そ、れは……」

「拒否権はありません。これは命令です。自らの力でやらないというのであれば、僕が代わりに発動させましょうか」

「があああああああああ!」


 拒否を示したフェディエールへ、さらなる閃光がフェディエールの体に突き刺さった。すると苦しむ声をあげて、体から黒いオーラが放たれる。


「やめろ! ツヴァイ!」


 セロは光の剣を作り出し、ツヴァイの方へ飛ばそうとしたものの、すぐさまフェディエールの体を盾にされて手出しできなくなってしまう。


「きゃっ!」

「うお!」


 リリーとダーレンの悲鳴に、セロの意識は二人へ向く。

 二人の足元には黒い歪みが生まれていた。その中へ足からゆっくりと沈んでいく。


「リリー!」

「アイルっ! たすけ――……」


 沈みゆくリリーの手を掴むアイル。しかし、体は歪みに吸い込まれていき、引っ張り出すことはできない。

 セロもダーレンの手を掴んだものの、同様に引き出すことができなかった。


 どんどんと体が沈みゆき、顔をも見えなくなっていく。最後に掴んでいた手だけが地上に出ていたものの、掴んでいた手が離れてしまい、リリーとダーレンの姿はなくなってしまった。


「リ、リー……?」


 どうしてこうなってしまったのかわからず、アイルは体が冷たくなり力が抜け、膝から崩れ落ちた。


「おや? おかしいですね。どうしてひとり残っているのか……うーん、人間ではなかった、ということでしょうが、仲間というわけでもなさそうな? まあ、いいですけど。他の人間は向こうに集まったでしょうし、これで発動できるでしょうから」


 アイルが残ったことに疑問を抱いたものの、すぐにツヴァイは興味をなくしたようだった。

 鼻歌交じりで閃光を操り、フェディエールの体を刻んでいく。その度に音を立てて落ちていく臓器には目もくれない。


「発動……? まさか、レメラスの兵器を作ろうとしてるんじゃ――」


 セロが聞いたばかりの話を思い起こして言うと、ツヴァイは笑った。


「あと少しだよ、兄さん。それまで待っててね――」


 そう言うと、ツヴァイは閃光を操り、フェディエールの体を自分の上空へと移動させた。そしてそのまま閃光を消し、フェディエールを落とす。

 重力に逆らわず落ちていくフェディエールの体。そこに空いた穴に吸い込まれるよう、ツヴァイの姿は一瞬にして消えていくのだった。

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