第19話 森奥


 フェディエールの表情は崩れなかった。

 変わらぬ閉じた瞳のまま、何食わぬ顔で口を開く。


「すべては一つに集束する……知りたいのであればついてきてください。そこで見せながら今までのこと、これから起こりうるであろうことを説明致します」

「はぁ? そんなの信じられるか。その答えだと、おめぇが老いぼれ爺さんにメタリカを与えたと捉えるだろうが。そんな奴の言葉を信じろと?」

「そう捉えていただいて問題ありません。その武器で……私を撃つのは構いませんが傷付けられるとお思いで?」


 そう言ったフェディエールの傍には、小さな空間の歪みがいくつも現れた。それが近くの枝に近づくと、容易に枝は折れた。また、その折れた枝先は歪みの中に吸い込まれていく。

 まるでブラックホールだ。

 触れたら一巻の終わり。こんなことができるのは人間ではなく、ベイルしかいない。すぐにそれを理解したが、ダーレンは銃を降ろさない。


「愚かな。人間ごときがベイル我々に勝てるとでも?」


 決して怒りではない。フェディエールの声は憐れむようなものだった。

 小さかった歪みがどんどん大きくなっていく。それがフェディエールの傍だけでなく、ダーレンやリリーの傍にまで現れた。

 小さな悲鳴を上げてリリーは片足をあげる。すぐさまそれに対抗するかのように、アイルがリリーの腰を押さえて、歪みから距離をとった。しかし、その先にも歪みが現れる。逃げ場はない。


「待ってよ、フェディエール。彼らは俺の仲間なんだ。傷つけるのはやめてくれ」


 慌ててセロが言う。だが。


「お言葉ですが、指揮官殿。あの手の者は話が通じぬが故、この手のやり方しかないのです」

「待って待って。俺たちは確かにそう教えられてきたけど、話し合うこともできるんだって。ね、ダーレンさん?」


 セロがダーレンの方を見る。だが、ダーレンは銃を構えたままだ。このままではらちが明かない。人間とベイルの戦いは、避けなければならない。さもなければ人間の方が無駄に命を落としてしまう。

 ベイルを率いた立場であるセロにとって、過去の繰り返しになることは避けたいという思いが強く、それが行動に現れる。


「いい加減にしろっーっ!」


 セロが叫ぶ。すると、いくつもあったすべての歪みの中心に、光の剣が突き刺さった。加えて、フェディエールとダーレンの身動きを止めるように宙に剣が浮かんでいる。

 少しでも動けば刃が刺さる。繊細なコントロールを難なくセロはやってみせる。


「う……」

「指揮官殿、これは……」


 身動き取れない二人が息をのむ。


「止めたのに話を聞かないからだ。いい? 確かにベイル俺たちは戦えるよう力が与えられている。彼がコアを使って何かをしていたかもしれない。でもまずは! まずは話し合ってもいいでしょ! 話し合いで解決しようよ! ね!」


 必死の訴えだった。

 有無を言わさず、セロは念押しする。


「わかった!?」

「わかーった、わかーった」

「承知、いたしました。指揮官殿がそうおっしゃるのであれば、従うまでです」


 話し合えというのに自分は力を使うのかというツッコミは思っていても口にせず、二人は両手を挙げて降参を示した。


「ふう……よかったぁ。セロお兄さん、心配なんだから。命は大切にね、二人とも」


 そう言うと光の剣は粒子になって消えていく。

 歪みも同時に消えていった。


「それでは今度こそ、こちらへどうぞ。現物を見せながらお話いたしますので」


 フェディエールが新たに歪みを作り、その中へと入って行く。

 そのあとをセロ、そしてリリーに急かされながらダーレンとアイルが続いていった。



 ☆☆☆☆☆



 歪みの中は一瞬、ぐにゃりと視界が混乱するものの、すぐさま別の空間が目の前に広がった。

 先ほどの鬱蒼とした森から一転、セロたちの前には子供が無邪気に走り回るような賑やかな街並みが現れたのだ。


 周囲は木々に囲まれているものの、青空はよく見える。その下で走り回ったり、洗濯物を干したりしている子供がいる。

 家屋はみな木造で、道は整備されたような石造りではなく、皆が踏んだことで出来上がった自然のままの道だ。


 平和で自然豊かな街。それが第一印象だった。


「驚かれましたか?」

「うん。森の中にこんな街を作っていたなんてさ。それに幼い子ばかりなような気がするけど……?」


 セロが驚いていると、フェディールがよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに話し始めた。


「ここにいる子らは、何らかの理由で親を亡くしたり、帰る家を失った孤児たちです。彼らは皆協力して、ここで生活しています。もちろん、子だけではどうにもならないことであれば私も手を貸しますし、知恵も絞ります。手を取り合って明日へ進んでいく……人とは無力であるけれども、底知れない力を持っているのだと教えられました」


 フェディールが顔を向けた先には、十歳ぐらいの少女がよちよち歩き子の手を引いて歩いている。

 子供だけの都市でもあったフォレスタルバは、明るかった。


「心に深い傷を負った子もいますし、体に障害が残った子もいます。でも、生きることを諦めなかったからここにいる。私は彼らと共にこの先も進みたいと思うのです」


 強い意思がそこにあった。

 かつては争っていたにも関わらうず、人ではない彼が、か弱き人に寄り添って暮らすことでこんなにも穏やかに笑えるのかとセロは胸が熱くなる。


「いい考えだと思うよ。俺は応援する」

「ありがとうございます」


 フェディエールを羨みながら、セロは微笑んだ。


「おい、とっとと話があるならしやがれ。じゃねぇとその頭をぶち抜くぞ」


 御託はいいから本題に入れと、ダーレンは苛立った声を出す。


「ったく……短気な人間ですね。わかっておりますよ、こちらへ。足元お気を付けください」


 そう言いながら進んで行く先は、子供たちの声から離れた箇所にある地下へとつながる階段だった。

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