第18話 時空


 それから十分ほど経とうとしたとき、世界の揺らぎがセロとアイルだけに感じられた。

 ほんの一瞬。一般の人間には気づけないほどの刹那の時。ぐねりと世界がねじ曲がるような空気だった。


 とっさに感じられた揺らぎの方に体を捻る。既に揺らぎは無くなっていたものの、そこには二人の幼い子供が手を繋いでセロたちを見つめていた。


「子供? どうしてこんなところに?」


 セロは疑問を口にする。

 幼子がうろつくには森の中、そして崖を登った先という場所は不釣り合いだ。ましてや片方の子はぬいぐるみを抱き締めて、恥ずかしそうに顔を隠すほどの幼さ。捨て子にしては綺麗な服を着ていて身なりがいいし、肌艶もよい。捨てられた、遭難した、そのような可能性が浮かんだものの、すぐにその選択肢は消えた。


「おにぃちゃん、あれって……」

「うん、そうだ。絶対そうだよ。あの見た目、先生が言ってた……」


 セロを見てから、コソコソと二人で話し合い始めた。その声の没頭だけ聞こえていたが、さらに小さくしたために、その後の言葉を聞き取ることはできなかった。

 耳打ちのように話し合ってから、子供は強く頷くと、一斉に後方の森へ走り出す。


「え、危ないよ!」


 セロの制止を振り切って、駆け出した先には見て分かるほどの『空間の歪み』があった。

 真っ直ぐ立っているはずの木々がグネグネと曲がるような歪みだ。その中へと子供たちは迷いなく入っていく。

 どうしたものかとセロが頬を掻いているとき、一連の過程を見ていた仲間たちが揃って頭上にクエスチョンマークを浮かべて、セロの方を見ていた。


「いやいや、そんな目を向けられても俺にもわからないからね? 何でもかんでも知ってるわけじゃないからね? ほんとだって、信じてよー」

「疑ってる訳ではないです。でも、セロさんなら知ってそうな気がしただけです。なにもそんなに焦らなくても」


 リリーがそう言えば、セロは安堵したかのように息を吐いた。その直後。

 子供たちが入った空間の歪みから、高い声と共に三つの人影が現れる。


「こっち、こっち」

「はやくぅー」


 二つは先ほどの子供たちだ。その二人に手を引かれながら、やって来たのは一人の男。


「んん? この気配は……まさか本当に……」


 現れたのは瞳を閉ざしたまま歩く灰色の髪をした青年。

 見えていないのにも関わらず、足下はしっかりしており、子供たちや木々にぶつかることなく真っ直ぐセロたちの方へやって来る。

 見た目や行動からだけではない。伝わってくる異様な空気感。敵対心ではないようだが、人の背筋を震わせる。

 人間ではない。

 直感でそう感じ、リリーとダーレンは身構えた。


「これは……指揮官殿! お久しぶりです」


 少しずつ距離が縮まって来る。何かされるのではないかという不安を抱いていたが、瞳は閉ざしたまま、青年は顔を明るくし喜びの声をあげたことで、セロ以外は目が点になった。


「やっぱりキミだったんだね。久しぶり、


 フェディールと呼ばれた青年は、セロの前に跪く。

 まさにその光景はセロへの敬意を示している。


「やだなぁ、そんなかしこまらないでよ。皆が更に俺のことを不審がっちゃうからさ」


 セロの後方で二人を見ていた人らは、やや引いているようだ。いつもの飄々としたセロへの敬意など、フェディールが抱くものと比べれば、彼らは持ち合わせていないと言っても過言ではないからだろう。


「ちょっとアイル。セロさんってやっぱり凄い立場だったの……?」

「俺に聞くな」

「もーう」


 アイルはリリー同様、フェディエールについて知らない。しかし、薄々感づいているのか問い詰めようともしない。


「指揮官殿……その人間? たちは? 敵であるならば私目が……」

「待って、待って。彼らは確かに人間だけど、敵じゃないよ。君も人の子と一緒にいるし、争う相手じゃないでしょ? それに君は俺と違って戦闘型じゃないんだから」


 フェディエールは一瞬眉間に皺を寄せたものの、セロの言葉を受けて緊張を解く。


「そうですね。私も人と共に暮らしてきましたし、人が何を成して何を得たのか。私にもわかりますので。ああ、自己紹介が遅れました。私はフェディエール。時空を司るベイルでございます」


 礼儀正しく頭を下げた姿は、美しかった。

 彼もベイル。ツヴァイのような強い恐怖は感じないが、自らベイルと名乗られるとどうしても身構えてしまう。リリーの目は泳いでいた。


「こちらのお嬢さんがベイル研究中のリリーちゃん。で、彼女の護衛のアイルくん。それに、お仕事中のダーレンさんだよ」


 セロが代わりに紹介していく。

 短い紹介文であるものの、フェディエールはにこやかだ。


「承知いたしました。指揮官殿のお仲間であれば、どうぞ我々の住居へいらっしゃってください。お話せねばならないことがありますので」


 どうぞ、とフェディエールが手を向けた先は、彼が通ってきた空間の歪み。その中へと子供たちは先に入って消えていく。これがどうやら彼らが居住する場所に繋がっているようだが、怪しい歪みに立ち入る勇気がリリーにはなかった。


「確かに俺たちも君を探してここに来たんだ。招いてくれるというから、行ってもいいかな?」


 セロが振り返って問う。アイルは「構わない」と言うが、その後ろに隠れてリリーがおろおろして悩んだのちにうなずいた。これで二人の同意が得られたが、残る一人。ダーレンが渋い顔でフェディエールを見る。


「おめぇさんはメタリカの改造に手を貸したか?」


 鋭い目でフェディエールを睨む。

 ダーレンの目的こそ、メタリカのコアを回収すること。先の都市で老人が手にしたメタリカ。メタリカを改造することも、それを与えた人物も罪に当たる。そんな人物を捉えることが仕事である彼にとって、目の前にいる人物が疑わしいのであればこの問いを投げかけざるを得ない。


 返答によっては、攻撃もいとわない。ダーレンは右足を引いて、小型の銃に手を添える。


 果たしてフェディエールはどう答えるか。

 ぴりついた空気があたりを包む。


「おやおや……貴方様は、ですか」

「黙れ。聞いているのはこっちだ。メタリカのコアは回収対象。用途問わず、手を加えるのは犯罪だ。年寄りにメタリカを与えたのはお前か?」


 低い声で言うダーレン。それに怯えてリリーはさらにアイルの後ろに隠れる。


「ダーレンさん、今はさ、その話は置いておいて――」

「置いていけるわけがねぇ。あの老人が死んだのも、狂ったのもメタリカが原因だ。例えそのコアが若造のものだったとしても、それを使った犯罪は後を絶たねぇ。廃絶しなきゃいけねぇんだ。俺ァ、コアを利用するのは認めねぇ」


 セロが仲裁するも、早く答えろと言わんばかりにダーレンは銃を引き抜いてフェディエールに向けた。

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