第17話 断崖
うっそうとした森。日光を遮る草木と、漂う湿っぽい空気。何処かに水辺があるからなのか、遠くで何か生き物が動いて物音を立てれば、リリーは小さく悲鳴をあげていた。
その度に足を止めていたら、目的地にたどり着けない。
進むべき道が分かるセロが先陣切って前を往くことで、最短距離で進もうと試みた。
背を超えるほどに育った植物が行く手を邪魔するがセロにとっては何のこともない。軽く手で払いのけて、薄暗い中を突き抜けられる。しかし、人間にとってはその道の通りにくさや、足下の危なさ、漂う不気味さが不安を煽る。だからセロはできる限り、進みやすい道を選び、声をかけながらベイルの気配に近づいていく。
歩くにつれてベイルを強く感じられるようになったものの、目の前には行く手を阻む崖が立ちはだかった。
見上げると、高さが十メートル以上あるようだ。すぐそこにベイルがいるはずだが、これでは通ることができない。
「あー……しまった。道を間違えたかな」
立ち止まり左右を見る。崖はしばらく続いていそうだ。迂回する方法も考えたが、ここまでくるのに大分時間をかけている。体力の少ないリリーにとっては、途中で動けなくなるかもしれない。その根拠を示すように、リリーは息を切らしながら、自分の膝に手を当てて頭を下げながら汗を流していた。
その隣では、ダーレンが崖を見上げて真っ直ぐ立っている。彼は重厚感ある銃を背負ったままだ。
年齢と体力は必ずしも一致していないと感じながら、二人を横目で見たセロは、頭を抱える。
「ここを登った方が早いだろう?」
疲れを見せないアイルが、セロの隣で崖を見上げる。
彼もベイルの存在を感じていた。飲み込んだというコアが影響しているからだ。だからここを登った方が近いとわかっていた。
「それはそうなんだけれど……あの様子だとダーレンさんは大丈夫そうだけども、リリーちゃんにはちょっとキツそうじゃない? というか無理じゃない? 筋力もないだろうし……引っ張り上げられるような道具もないし」
「構うな。アイツは俺が背負う。このままここを突っ切るぞ」
「え? え? 背負うって?」
「言葉のままだ。アイツを背負うぐらい造作もない」
そう言うと、アイルはリリーの傍へ行くと、ひょいっと軽く肩に担いだ。
「何するのよ! ちょっと、アイル!」
ジタバタもがくリリーだったが、アイルは動じない。それどころか無視している。身勝手な行動にセロの口は開いたまま塞がらない。
「本当にいいの、それで。その、結構いや相当怒っているけど」
「気にするな。それより今は時間が惜しい。このままだと、いつ獣が来てもおかしくない」
今まで歩いてきて他の生き物に出くわさなかったことが奇跡だ。在変戦争で数多の命が潰えた世界にも、数が少なくなったが動物や虫は生きながらえている。
ここのような人の手が入っていない森ならば、生き物が住処にしやすい。日も暮れれば姿を見せるかもしれない。
それに対抗する術はある。だが、対象問わず殺生したくないセロはアイルの意見を受け入れた。
「わかった。ダーレンさん、ここを登ろうと思うんだけど、いける?」
「何だと、登るっていうのか? ここを」
ダーレンは再び崖を見上げる。
「うん。登る方が近いから」
「正気じゃねぇな……」
「僕はいつでも正気だよ」
へなっとしながら言うセロは、崖に手をかけた。
少し飛び出る岩を掴み、一歩ずつ登り始めた。
その様子を担がれたままのリリーは見てしまい、顔を青ざめた。
「アイル。私はまさかこのまま担がれていくんじゃないわよね?」
「そのまさかだ」
肩に担いだリリーをそのままに、アイルは崖に手を伸ばす。が、身の危険を感じたリリーはアイルの髪の毛を強く引っ張った。
「いってぇ! 何すんだよ」
「何するのよはこっちのセリフ! 担がれた状態で登るなんて危なすぎるの! せめて……」
「せめて?」
急にモゴモゴし始めるリリー。次の言葉を待つが、ハッキリとしない。だからそのまま崖を登ろうとしてみせると、またしても髪を引っ張られる。
「やめなさい! せめて、おんぶにして!」
「おんぶ……」
「リリーちゃんをおんぶ……」
「おんぶされる嬢ちゃん」
男達が次々に同じ言葉を続けるので、リリーは恥ずかしくなっていき、赤くなった顔を手で覆った。
「わかった。落ちないよう掴んでいろ」
アイルは背中をリリーの方に見せて屈む。広い背中にリリーは一度唇を噛んだ。そして拳を握って決意すると、ゆっくりその背に乗る。するとアイルはすぐに立つ。
地上から一・五メートルほどの高さから一転、二メートルほどになったので思わず声も出る。
「ひゃっ」
「なんだ、思ったより軽いんだな」
「思ったよりって何よ! もう余計なことは言わないで! 黙って進みなさい!」
にぎやかな二人に微笑み、セロは崖を上る。後に続く人たちが通りやすいように、しっかりとした岩を掴んで進む。
リリーを背負ったままのアイル、そして年齢を重ねているダーレンは歯を食いしばりながら腕を伸ばしていた。
崖と格闘してやっとの思いで登り切った時には、息をあげていたのだった。
アイルはリリーを降ろして、肩を回したり大きく息を吸って吐いてを繰り返す。その隣でダーレンは地面に座りこんでしまっていた。
「お疲れ様。もうすぐそこだよ。まだ歩ける? 休もうか?」
息が整わない二人に対し、涼しい顔のセロは声をかける。
「構うな。進む」
負けたくない思いから、アイルは言う。だが、リリーが「無理よ、休もう」と言っても首を横に振った。
「俺ぁ、無理だ。ちょいと休ませてくれ。ジジイには堪えんだよ」
大きな銃を背負いながらの崖上りだ。ダーレンは大の字に横になって、動くことは無理そうである。
こうなれば休むしか方法はない。まだ日暮れまで時間もあることから、休憩を挟むことにした。
アイルは仏頂面のまま、地面にあぐらをかいて座った横でリリーは汚れたくないからか、膝を抱えるようにしゃがむ。
そんな人間たちをセロは目尻を下げて羨む目を送っていた。
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