第16話 半身


 いつどこで、どんな敵が現れるかわからない。

 武器を持った者がリリーを襲うかもしれないし、自然が孤立を生むかもしれない。例えどんな時であっても、ダガーは役に立たねば意味がない。だからどんな時でも使えるように、しっかりと研がれていた。


 リリーを守るためのそれを用いて、アイルは自ら腕に当てて力を込めて引く。何でも斬れることを証明したかのように、アイルの腕には赤い線が出来る。

 そこから伝わる痛みを堪えるよう歯を食いしばる。だが、ポタリポタリと鮮血が腕を伝い地面に垂れると、染みを作った。


「ちょ、え? アイルくんっ? どうしちゃったわけ? 疲れちゃったから頭がおかしくなっちゃったとか? そうだ、ひとまず止血をっ……」


 慌て始めるセロを前に、アイルは痛がる素振りを見せずに答えた。


「このくらいの傷、すぐに無くなる」

「え?」


 アイルの言葉通り、傷はすぐに塞がっていく。血が止まり、傷跡も消えた。

 人間以上の回復力。見覚えのあるそれに、セロは雷に打たれたような衝撃を受けた。

 それでも声を絞り出して問う。


「アイルくん、君ってやっぱりそうなの?」


 レメラスで出会ったときから疑っていた。

 アイルから感じられる仲間ベイルの気配。しかし、特別何か力がある様子は見られなかった。


 セロのように人には使えない魔法のような力で戦うこともない。リリーが知りたがっているベイルについて、教えることもないから気のせいだったことにしていた。

 だが、目の前で起きている事象は、ベイルであるからこそ可能なことだ。


「半分だ。俺の中にお前と同じ奴がいる」

「半分……ってどういうこと? 月人に作られたっていうんじゃなくて?」

「俺は人間だ。ガキの頃、死にかけて落ちてたコアを喰った。そうしたらこうなった」

「喰ったって君ねぇ……食べられるようなものじゃないでしょ? なんの冗談を……」


 最後まで言うことはなかった。

 すぐには信じられなかったものの、アイルが冗談をいうような人ではない。

 むしろ嘘もつけない人柄だ。


 老人のように体外的にコアを取り入れて長寿となったのではなく、経口摂取したことで引き起こされたのは、驚異的な回復力だったようだ。

 その力を用いることができたのであれば、身を挺してリリーを守り続けながら、壊滅状態になったジェメトーレで生き残ることができたのも頷けた。


「そ、っか。そっか……」


 セロは蒼の瞳を閉じて、かつての仲間たちを想う。

 一部が欠けてしまった過去の記憶。与えられた仕事をこなしていくだけの生活だったが、二人の仲間が近くにいた。

 一人はツヴァイ。そしてもう一人が――


「俺の中で生きながらえてるベイルがうるさい。アンタの所へ行けと言うし、それにアンタは悪くないと言う。あと、今までのように傍で手を貸せなくて申し訳ない、アンタの選択は間違っていない。それを保証する……と」

「今までの……? ああ、なんだかアイルくんと共同生活している子が誰だかわかったような気がするよ」

「あ?」


 記憶の奥に埋もれていた仲間を思い起こすと、セロの表情が明るくなると、ゆっくり立ち上がった。


「ねえ、アイルくんのこと、リリーちゃんは知ってるの?」

「言うわけがない」

「そっかぁ~。じゃあ、これは俺とアイルくんだけの秘密だね」


 セロはアイルの肩に手を回すが、アイルはそれを払いのけて嫌な顔を浮かべる。


「ふんっ。気持ち悪い。触るな」

「えぇー、俺との仲じゃない。仲良くしようよ、ねぇ?」


 勝手な親近感で近づくセロから逃げ回るアイルの様子を車内からリリーは聞こえずとも寝ぼけ眼で見ていた。


「仲良くなれたのなら、よかったぁ……」


 瞼が重くなってきて、リリーは呟きとともに目を閉じ夢の中へと落ちて言った。




 ☆☆☆☆☆




 翌朝。快晴。

 リリーの運転に酔いながら、フォレスタルバになんとかたどり着いた時には、太陽は空高く上っていた。

 しかし、名前の通り、フォレスタルバと思われる都市は緑に溢れていた。


 新緑の都市・フォレスタルバ。

 都車の立ち入りが出来ないくらいに密に育つ木々が、外部からの侵入を拒んでいる。あまりにも木々が多く、先が見えず、道もない。人の姿もなかった。

 またしても車から降りざるを得ない状況で、体力に自信の無いリリーは苦い顔をした。


「本当にここが都市なのかぁ? 俺にゃ、ただの森にしか見えねぇが」


 ダーレンもリリー同様に気が進まないようだ。

 窓から外を見るなり、眉間に皺を寄せている。

 本当にここが都市といえるのか。誰しもが疑うだろう。


「でもここ以外におぼしき場所はありませんでしたし……最新版の地図にも記載されてない都市ですので、半信半疑ですが」


 リリーが取り出したのはカメラ機能も持ち合わせているタブレット端末。手際よく捜査して現在地と周囲の状況を確認してみた。目の前にある森以外、周囲は荒れた土地が広がっているのみであり、都市と呼べるような場所はありそうにない。


「可能性があるとすれば、この森の奥になりますね……セロさん?」


 疑ってかかるリリーに対し、セロは車を降りようとしていた。声をかけてみると、彼は何食わぬ顔で言ってのける。


「この先に居るよ、俺たちの仲間が」


 人であるリリーとダーレンは少し身震いした。

 それに気づいたセロは言葉を付け足す。


「大丈夫だよ、ここに居るのは争うことを使命として動くようなツヴァイたち弟たちじゃない。俺と一緒に長い時間を過ごしてきた温厚な奴だよ」

「そこまでわかるんですね。セロさんがそういうのであれば、すぐに行きましょう!」


 リリーは荷物をまとめてすぐに車から出る。その行動の速さにあっけにとられたのはアイルだ。共に過ごした時間は長いが、いつだって決断が早い。先を見ない行動ともいえるそれに、諦めモードで彼も車外にでるのだった。


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