第15話 突飛
混乱が落ち着いて、そろそろと人が外に出るようになったときには、セロたちはヴィジエスタを離れようと駐車場に戻ってきていた。
銃声が何だったのか、何が起きていたのか。それを人々に知らせることはせず、こっそりと離脱した。
一望できるこの場所から見下ろして、活気が戻ってきた都市に別れを告げる。
「セロさん、行きましょう」
運転席のドアを開け、乗り込もうとしていたリリーに呼ばれたセロは頷いて、車に向かう。
リリーが運転席に乗って、アイルも助手席に。そしてセロが後部座席に乗り込もうと扉を開けたとき、そこには先客がいた。
「よう。数時間ぶりだな」
車内でうでを組み、ひらひらを手を振って座っていたのはダーレンだった。
「え? さっきあっちで別れたばかりじゃ? なんでここにダーレンさん?」
「おう。全員こっちに向かってるの見えたから、追いかけてきただけだ」
「え、え?」
亡くなった老人をどこかへ連れて行った彼と別れたのは、ほんの一時間前のこと。そこから三人は寄り道はせずに歩いてここに戻ってきたというのに、どうして彼がすでにここに居て、しかも先に車に乗っているのか。
戸惑ったセロにアイルが言う。
「この男、さっき来たのを見てなかったのか。注意散漫だな」
「知らなかったよ……お兄さん、自信なくしちゃうなぁ。とほほ」
セロはわかりやすく落ち込んでみせた。
だがすぐに顔を上げて言う。
「でも、どうしてダーレンさんが乗っているんだい? 仕事があるんじゃなかったのかい?」
「そりゃあれだ。あのじじいが言っていたフォレスタルバにいた男を捕まえねぇっつー選択はねぇだろ」
当たり前と言わんばかりにダーレンは言う。その通りではあるし、納得できなくはない。だからセロは「そっかぁ」と言ってシートベルトをしっかりとつけた。
「なんだ? お前らちゃんとシートベルト使うなんざ、ずいぶんといい子ちゃんぶってんだな」
シートベルト着用義務は戦前には存在していた。違反すれば罰則もあった。が、それはあくまでも戦前の話。今は監視や罰則を与える者がいない。制度も法も崩れたままだ。免許だって、教習所や免許センターがあるわけではない。車は運転の仕方を知っている人から教えてもらって、乗りこなせるようになるものであった。
だからシートベルトを使わずとも、運転できれば問題がない。そういう認識が世界に広まりつつあった。
ダーレン以外はしっかりとシートベルトをつける様子を見て、馬鹿にするように言ったダーレンは大きく口を開けて笑っていた。
「安全のためにね」
カチンと音がするのを確認したセロは言うと、車のエンジンがかけられた。
「それじゃあ、フォレスタルバへ! 飛ばして行きますよっー! アイルは道案内よろしくね!」
エンジンをふかせ、アクセルを一気に踏み込むリリーの運転。急発進、急ブレーキは当たり前。初めてリリーの運転する車に乗ったダーレンは、勢いよく前の席に体を打ち付けては、舌を噛んでしまった。
☆☆☆☆☆
海に面するヴィジエスタに対して、次の目的地は森の中にあるフォレスタルバ。
地図で確認しながら走っていたが、一、二時間ではつきそうにない。運転するリリーにとっても疲れるし、同乗者も緊張してしまうため、さすがに途中で休憩を挟むことにした。
日は沈んでおり、月あかりが荒野を照らす。
周囲にあるのは廃屋だけ。人の気配はないここで、一夜を過ごすことにした。
男三人と若い女性一人が皆車内で過ごすには窮屈だった。座席を倒しても狭い。かといって外で眠るには固い地面で横になるしかない。どちらにしても不十分な休息だ。
それでも睡魔に負けて、各々ができるだけ体を小さくして眠っている。
このままでは可哀そうだと、眠りが必須ではないセロは、皆が眠ったのを確認すると静かに車の外にでた。
近くに残っていた戦争の悲惨さを伝えるように残る廃屋には、人が暮らしていた痕跡があった。
自然に戻れなかった陶磁器や、子供が遊んでいたのだろう公園の遊具がさび付きながら、草に隠れている。
ここに住んでいた人はどうなったのだろうかと、思いをはせていた。
「そこで何をしている」
草木が揺れる音の中、やってきたアイルがセロに呼びかけた。
「やあ。俺は眺めていただけだよ。眠れない……というより、休眠状態にはなれそうにないからさ」
ベイルだから、とセロはどこか悲しそうに言う。
「それより、アイルくんはどうしたの? 明日に備えて眠っていた方がいいんじゃない?」
「……不審な奴を見に来ただけだ」
「そっか。護衛の仕事に必要なことだもんね」
アイルの言う不審者がセロのことであるというのは、セロ自身気づいている。
出会った当初からアイルはセロに対して警戒を怠っていない。セロの正体がベイルのリーダーであることを知ってからは、さらに警戒していた。
そんな相手が夜中に何をしているかと見に来れば、悲壮感を漂わせていた。
放置することも考えた。でも、絶好の機会でもある。二人だけで話す絶好の。
話すことが得意ではない。うまく言葉が出てこなくて、アイルはセロの背中を見ているだけで時間が過ぎていく。
「リリーちゃんはさ」
アイルから目を離して、再び廃屋へ目を向けながらセロはポツリと言う。
突如出てきた名前に、アイルは注意を向ける。
「俺に何も聞かないんだよね。彼女の研究は、俺たちでしょ? 最大のチャンスのはずなのに、何も聞いてこない。それどころか、すごく心配そうな目をしているんだ。人間でもない俺のことを」
わからないんだ、とセロは続ける。
「リリーちゃんだけじゃない。君も、ダーレンさんも。みんな俺のことを突き放したりしない。まるで俺を人間のように接している。人を殺してきた兵器の俺を。どうしてだろう」
セロの脳裏に、老人の顔が思い浮かんだ。そして亡くなってしまったヘレネのことも。
自分の存在意義は、生まれたときに決められていた。戦うことだけを目的に作られたベイルである以上、今の世界で、多数の屍の上でのうのうと生きていることに違和感を覚えた。
いくらベイルを止めることが今行うべきことだとわかっていても、動けば誰かが死ぬかもしれない。まさに『
「コアが俺の中に入ったとき、思い出したんだ。俺はベイルであって、在変戦争でレメラスを破滅に導いた当事者だ。今のベイルの暴走は俺の監督不行き届きでもある。なのに誰も俺を責めない。俺ってこのまま一緒にいるのはよくないんじゃないかって思う。俺が生きていることが災いを招く……生まれなければよかった」
誰にも言えなかった言葉が勝手に出てきて止まらなかった。だがそれが自分らしくないと、気づいたときには、アイルがダガーを引き抜いてそれをセロに向けていた。
真っ直ぐセロを見つめる瞳に迷いはない。
「えっと、あ、アイルくん? それはどういう意味の行動で?」
彼を怒らせることを言っただろうか。うるさくしたからだろうか、と冷や汗をかいてアイルに両手を挙げる。
するとアイルは、突然そのダガーを自分の腕に沿って刃を滑らせた。
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