第14話 執着


「儂に何を求めているというんじゃ! 金もなきゃ、家族すらおらん、この儂にぃ!」


 ダーレンに強く手首を掴まれつつ、老人は叫びながらアイルの元に連れられてきた。骨が浮き出る足をじたばたとさせているが、小柄な体躯だ。軽々と手を上へと引っ張り上げており地面につくことなく、骨と皮に近い足は宙を蹴っている。


「俺がおめぇさんに求めてんのは、牢獄に入るこったぁ。メタリカの改造は犯罪だ。知らねぇとは言わせねぇぞ」


 いかめしい声でダーレンが言えば、老人は泣きそうな顔をしながら動きを止める。


「何処でメタリカを手に入れた? おめぇさんだけじゃ、どうにもならなかっただろ? 協力者を言え。そうすりゃ減刑されるはずだ」

「い、言わん!」


 頑なに口を割らない姿に、ダーレンは怒りを銃にこめて、ちらつかせた。冗談とは思えず、恐怖のあまり老人は口走った。


「フォ、フォレスタルバにいた男だっ。名は知らないっ!」

「あ? 嘘つくんじゃねぇ。知らねえ奴がどうしておめぇみたいなやつにレアなメタリカを渡すってんだ」

「儂だって意図は知らぬ! ただ、言われた! 孫の情報をこのメタリカに読み込ませたから、あとは好きに暮らせばいいと! ただし、銀髪蒼目の男がいたら、メタリカを近づかせて連れてきてほしいと。そうしたらメタリカはずっと儂が使っていいと言うから。儂はそれに従っただけなんじゃ……ああ、ヘレネ、二度も殺してすまない……」


 孫娘の名を呼び、きつく閉ざした目から涙がこぼれた。

 老人の過去なぞ知る由もない二人は、つられて泣くことはない。さげすむように見ているだけだ。


「どうやらこいつの協力者は、あの倒れた若造を知っている奴のようだな」

「らしいな」


 二人の静かな話を、セロの傍にいたリリーはずっと聞き耳を立てていた。さらに。


「……お、れは。そこに、行くよ」


 顔をしかめながら、セロが目を開けた。

 目覚めに安堵して、リリーはアイルへ向けて口を開く。


「はい、行きましょう! フォレスタルバに!」


 突如として話に入ってきたリリーの目は据わっている。

 まさか聞いているとは思わなかったアイルからは「は?」と驚きの声が漏れ出る。


 強く言ったリリーの傍には、ゆっくりと体を起こし始めたセロがいる。意識を取り戻したようで、銀の前髪の奥から、蒼い目がアイルとダーレンに向けられた。


「ごめんね、迷惑かけちゃって。ちょっとばかし、混乱しちゃっただけだよ」


 頭を押さえながらフラフラと立ち上がるセロ。転ばぬように、リリーが手を差し出すも、その手を取ることはしなかった。

 一歩、二歩と足を進めるが、歩調がリズムに合わず、転びそうになりながらアイルたちの元にやって来る。

 そして、腰を直角に曲げて頭を下げた。


「ごめん。ヘレネちゃんを連れてくることができなかったのは、俺の未熟さが原因だ」


 深々と頭を下げ続ける。それを聞いて、ダーレンは老人から手を離して地に降ろすと、老人は袖で顔をぬぐってから言う。


「顔を上げなさい」

「でも……」

「上げるんだ。悪いのは貴方ではない」


 顔をあげねば何も変わりそうになく、しぶしぶセロは顔を上げると、老人は目じりに皺を寄せる。


「ヘレネは。ちゃんと人として生きていたときの孫をレメラスに残したのは儂だ。逃げろと言うお前さんの言葉を信じなかったのが悪かったんだ……儂だけ仕事に行ってしまったから……だから孫も息子夫婦も。友も皆、塵となった。もし生きていたら、そんな幻想に執着し続けた儂も、現実を見る時がきたんだ」


 レメラス。半世紀以上前に滅びた都市の名前に、アイルは引っかかった。

 老人の見た目は、八十代やそこら。レメラスに人がいた当時、老人ではなく三十代ぐらいだと考えられる。


 その年齢で孫がいるとは考えにくい。いたとしても、子供ぐらいだろう。


 なのに、老人の口ぶりからは当時すでにいた孫がレメラスに居た。

 加えて、セロのことを知っていて何か言葉を交わしたような口ぶりだ。

 アイルの迷宮に入ってしまった思考は、逃げられなかった。


「儂は長く生きすぎた。そろそろ潮時だ」


 そう言いながら、老人は着ていた服を脱ぎ始める。


「きゃっ……何してるんですかっ。ここは街中ですよ……?」


 いくら老人であっても、相手は男だ。リリーはアイルの背に隠れて顔を背ける。


「ヘレネはもういない。レメラスの消失で亡くなった。そばかすの可愛い子じゃったよ……受け入れたくなかった現実から逃げたくて、儂はヘレネに会うために長く生きようとした」


 上半身だけを脱いだ老人の胸には、赤い結晶が埋め込まれていた。

 メタリカに使われていたコアと全く同じものだ。

 それに見覚えがあるのは、いくつもコアを回収してきたダーレンとそれを吸収したセロの二人。


「あっ……」


 と、セロは驚きの声をのんだ。目を泳がせて、戸惑いを見せる。


「元の心臓はとっくに果てておる。儂はコアこいつで動いているロボットみたいなもんなんじゃよ。そんでコアこいつの持ち主はお前さんだろ?」


 老人もベルティの言葉をうっすらとだが、聞いていた。孫娘の代わりだったメタリカに使っていたコアは、本来セロのものなのだということを。

 それと同様の姿かたちをしている老人に埋め込まれたコアも、セロのものであったのだ。


「持ち主に返す時がきたんじゃ。さ、持って行ってくれ」

「いや、でもそうなると……」


 心臓の代わりになっているコアをとってしまえば、老人は死に至るだろう。


「受け取っておくれ。儂はみんなのところに逝きたい」


 どうやっても動かすことのできない固い意思が伝わる。

 老人の意思を尊重し、助けになりたい気持ちと共に、人を殺めてしまうことになるために、複雑な心が天秤にかけられていた。


「なあに、儂は人間ではない。ただの機械だ。お前さんがそんな顔をするでない」


 ぐちゃぐちゃになる気持ちを吐き出さないようにこらえていたセロに、老人はそっと言葉をかけた。

 それによりセロの中の天秤が動く。


「わかった、よ」

「ありがとう。やはりお前さんは優しい人間だ」


 老人は、セロの胸におさまる。すると、胸元のコアが老人からセロの体へと溶け込んでいく。

 全てがセロへと移ったとき、老人の体からは力が抜けて二度と動かなくなった。同時にセロは本日二度目の苦痛に襲われる。だが、今回は歯を食いしばって堪えた。


 ひとつの命が失われた。

 葬儀のような静けさに、リリーはアイルの服を掴んだ。

 言葉を発するのをためらった中を、年長者が話を切り出す。


「……俺がそいつを預かる。安心しろ、これでもそっちに手を回して、ちゃんと弔ってやるから」


 セロの腕の中の老人は、ダーレンに渡った。

 今度は乱暴に扱うのではなく両手で老人を抱えるので、セロは「お願いするね」と震えた声で頼んだのだった。

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