第13話 苦痛

「はぁっ、はぁっ……」


 取り込まれたコアから流れ込んできたのは、全身を襲う苦痛だけではなかった。

 頭にはズキズキと締め付けられるような痛みが続いている。それに加えてイヤというほどに、断片的な記憶映像が流れ込んでいた。



 ☆☆☆☆☆




 白い朝日が差し込む頃。眠りから目覚め始めた人間が少しずつ活動し始めた頃に、白い都市――かつて賑わっていた頃のレメラスのようだ――のおける名所であり、知識の山でもある沢山の本で満たされた大きな資料館の前に、二つの影があった。

 白のコートをまとったセロと、対になる黒のコートをのフードを深く被る男だ。二人は二メートルほどの距離を空けて向き合ったまま止まっている。


 厳しい表情のセロは剣を握っている。その先には、誰のものかわからない血がぽたりぽたりと垂れている。

 その血を飛ばすかのような強い風に吹かれて、黒いフードから顔が露わになった。隠れていたのは黒い髪と赤い瞳。セロのよく知るツヴァイだ。

 彼は両手に黒の電撃をぴりつかせながら、人間に聞かれることを恐れずに、強い声で叫んだ。


「どうしてだよ、兄さんっ! どうしてここを――滅ぼすんだよ!」


 悲痛な声で映像は途切れた。



 ☆☆☆☆☆



 用を済ませたからかベルティがこの場から去ろうとしたとき、ダーレンは意識もあって体も問題なく動かせる状態であったが、決して深追いしなかった。


 先ほどの一連の出来事から、ベルティが危険であり、自分では太刀打ちできないとわかったからだ。それに体が震えて止まらない。恐怖ではなくて、一時的にも体が凍ったせいだということにして、ダーレンは肌をさする。


 地上にも上空にもベルティの姿が見えなくなり、足音も聞こえなくなったのを確認してからダーレンは動き出す。


「おい、爺さん。起きろ」

「うっ……? ひ、ひいっ! わ、儂は何も知らん。ヘレネを、ヘレネを守りたかっただけなんじゃ……」


 老人の頬を軽くたたいて起こたところ、怯えたように言われ、ダーレンはため息を吐いた。これ以上の追及は今は無理そうだ。今はひとまず、老人を落ち着かせながら、状況整理を図る。


「んなのわかったから、もういい。それよりだ。若造の話から察するに、爺さんはあのレストランから出てきたんだよな?」

「そ、そうじゃが……それがなんだというんじゃ……?」

「簡単なこったぁ。そこからあの若造のツレを今すぐ引っ張ってこい」


 住民や客は皆建物の中に避難している。乱暴であるが、その状況を作ったのはダーレン自身である。遠距離からの射撃で、誰が狙われているのかも分からないという恐怖で人払いを行った。

 今回それが功を奏したのだった。

 もし大勢の人間が外をうろついていたら、ベルティによって殺されていたかもしれない。いくつもの修羅場を乗り越えてきた彼であっても、そう考えるほどの脅威だった。


 ベルティがあたりを凍らせたのは、人間技ではない。また、対抗したセロも人間技からかけ離れたものを使っていた。

 もしも、再びベルティに襲われたときには、人間は瞬殺されるだろう。

 今は情報を得るためにも、そして唯一対抗できるであろうセロを頼るしかないというのに、彼は苦しんでいる最中。このままでは死ぬのではないかと思わざるを得ない様子だ。しかし、セロに近づきにくい。うかつにダーレンが近寄って攻撃されるかもしれない。だから自分よりもセロのことを知っている、仲のよい人物が助ける方がいいと考えたのだった。


「なんで儂がそんなこと――」

「うるせぇ。やらねぇなら、今度こそその頭をぶち抜くぞ」

「ひいいいいいいい」


 ダーレンが銃をつきつけたら、老人は悲鳴を上げて、杖を使わずに足早にレストランへと戻っていった。


「何だよ、あのじじい。じじいこくせに、随分元気に走れんじゃねえか」


 そうつぶやいてから、ダーレンはセロを遠目で見た。

 荒い息をしながら、頭を押さえて地面に転がる彼に何が起きているのか。ダーレンには想像がつかない。

 近づいてさっきのような剣で刺されることも考えられる。

 あらゆる可能性を否定できないので、近づかないようにした。


 間もなくしてレストランの出入り口が開き、リリーが出てきた。

 左右を見て、ダーレンを発見したリリーは続けて出たアイルを連れて駆け寄って来る。


「っ!? セロさんっ!?」


 ダーレンの奥にセロを見つけたリリーがダーレンの横を通り抜け、恐れることなく真っ先にセロに駆け寄った。

 肩をゆすり、何度か呼びかける。すると。


「レメラス、は」

「セロさん? レメラスがどうかしたんですか?」


 薄く目を開けてセロは声を絞り出す。焦点は合っていない。リリーの姿も見えていないだろう。そんな状態で出した小さな声だったために、リリーは耳を近づけた。


「あれ、は。俺がっ――」

「セロさん? セロさん!」


 セロは力が抜けて意識を手放した。

 リリーの呼びかけに反応はなかった。だが、気を失っただけであり、今は苦しんでいる様子もない。ましてやセロがベイルであることを知っているので、病気や怪我で苦しんでいたわけではないと思い、苦しみから解放されたのであればよかったとリリーは安心していた。


「おい、そこのお前。何があったんだ」


 アイルはダーレンに聞く。レストラン内で過ごしていたためにわからない、今の現状を整理しようと試みる。

 元々ダーレンは話すことが好きだ。ほんの少し前の出来事を、彼なりの言葉で説明する。


「ありゃ、バケモンだ。氷を操る若ぇ女のバケモンが、メタリカのコアを奪いに来た。そんで奪ったコアを若造……セロつったか。あいつが吸収したら、あの様だ。俺にゃ、何が何だかわかんねぇよ」

「メタリカ……ああ、在変戦争の機械兵だったか」

「お? お前さんも若ぇのにその呼び方をすんだな」

「ふんっ、呼び方なんかどうでもいいだろ」


 アイルはメタリカの知識については、セロよりもあったようだ。旧式の名前で呼んだことを指摘されて、アイルはセロを見た。今までに見たことのない様子に違和感を感じていた。


「それよりもコアを吸収とはどういうことだ。コアは鉱石ではなかったのか?」

「俺に聞かれても困らぁ。俺はただの金に釣られた老いぼれ回収屋だ。俺よりもメタリカを改造したあのしじいに聞け」


 じじいと呼ばれた老人は、コッソリとレストランから出て逃げようとしているところだった。


「なっ、てめぇ! 逃げんじゃねぇ! 待ちやがれっ!」


 ダーレンがすぐさま老人を捕まえに行く。年配者の鬼ごっこをアイルは呆れたように見送るのだった。


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