第12話 邪魔


「てめぇ……邪魔するんじゃねぇ!」


 ダーレンの弾は老人に当たることはなかった。

 弾は橋に食い込んでいる。セロがダーレンの腕を掴んで押したために、軌道がずれてしまったのだ。

 おかげで老人は無事だったが、近くに食い込む弾を見てすっかり腰を抜かしてしまった。


「人を、命あるものを傷つけちゃ駄目だ!」

「んな綺麗事でやっていけるか! 俺の仕事を邪魔するならおめぇを撃つ!」


 ダーレンは銃をセロの頭に突きつけた。まだ熱を持った銃口だ。今引き金を引けば、確実にセロの頭を打ち抜く。

 常人ならば、いくら強がっていても恐怖や動揺を見せる。命乞いもするだろう。だがセロは逃げることもせず、変わらぬ強い瞳でダーレンを見つめ続けていた。


「……」

「くっ……」


 逃げない、撃たない。膠着状態が続く。それを止めたのは、老人だった。


「儂の……儂の孫を……! 二度も孫を奪いおって!」


 地面に腰を据えたまま、杖で何度も地面を叩きながら老人が叫んだ。その音で二人の注目が老人に向く。


 孫がメタリカであったことに理解がままならないセロ。

 どうにか老人を落ち着かせたいが、ダーレンから逃げられない。動けば撃たれるかもしれない状況を回避する策が思いつかない。だが、その頭で別のことも考えていた。


 老人はレストランの中で、リリーとアイルと一緒に避難していたはず。老人だけがここに居るというならば、彼女たちはどうしたのか。

 リリーたちの様子を見に行かなくちゃ。


 でも、今の状況でそれは難しい。


 いったいどうしたら。


 次の行動への迷いが瞳にでていた。

 一瞬揺らめいた隙をついて、ダーレンは自分の足をセロの足の間へ入れると、思いっきり足を引っ張ってセロを転倒させた。


 尻もちをついたセロが立ち上がるまでのわずかな時間で、ダーレンは橋の上へと移動して、まだ立てない老人の上にまたがる。


「あばよ、じぃさん」


 銃口を老人に突きつけて、引き金に指をかける。

 間に合うはずがないのに、セロは橋の上へと慌てて移動した。

 銃声は聞こえなかった。でも、橋に上って目を疑った。


「な……凍って……っ! くっ……」


 橋の上は一面氷に覆われており、そこに足を付けていたダーレンと、腰を付けていた老人は下半身を氷漬けにされていた。その氷が少しずつ上半身へ侵襲している。

 さらに、ダーレンが持っていた銃が腕ごと氷の中に入っており、引き金はひけそうにない。


「んだよ、こりぁ……」

「ひいいい」


 二人は体を動かすこともままならない。訳も分からず凍っていく自分の体に恐怖を抱くことしかできないようである。

 声がするなら生きていると、安心するのもつかの間、氷ついた世界を見ると、嫌な記憶が思い起こされる。


 あのジェメトーレの悲劇が。


 身の毛がよだつ。どこかにがいるのではないかと、周囲にベイルの気配がないかと意識を外へ向けたときだった。


「やだぁ~。またいるんだけどぉ」


 上から声がした。見上げれば、橋の上空に、まっすぐと立っているベイルのベルティがいる。

 どうやら足元に自ら作った氷を張っているようで、それを階段のように空中に浮かばせてそこから優雅に下りてくる。足を外した氷は砕けて消えていく。


 あの氷は命を奪う。凍てつかせ、心臓まで凍らせる氷。背筋が冷える。

 多数の命が奪われるような悲劇を避けるために、セロは剣に手を伸ばす。


「ヤダ。アタシ、戦うの嫌いなのぉ。今日は回収に来ただけだもん。指揮官サマはそこで待っててよ」


 ベルティがそういうと、何もなかった石造りの橋の地面がうっすら青く光り、瞬時に冷気が満ちていく。それが空気だけでなく、地面を凍らせてセロの足を固定させた。

 だんだんと冷気は上へと上がってきて、吸い込んだ空気から体内に侵入する。吐く息は白く、冷気は肺に刺さり、血まで凍っていくようだった。


「くっ……」


 セロは足を引きはがそうともがく。だが、簡単に逃れることはできない。

 先に凍てつかされていたダーレンと老人も、じたばたともがいていたが、やはり自由にはなれていなかった。


 セロがもがく間に、ダーレンの元に歩み寄るベルティ。姿だけは十代の少女にしか見えない。そんな彼女がダーレンの隣かがみこむ。

 長い睫毛の奥から深淵のように深い色の瞳が覗く。

 最初はその瞳のまま明るい笑みを浮かべており、ダーレンの気が緩むとすぐに冷たい顔になってにらんだ。


「ほんっと人間、キモチワルッ。とっとと死ねばいいのにね」


 そういうとベルティはダーレンが左手に持っていた、コアが入ったガラス管を奪い取った。

 カラカラと振って、コアを観察する。


「ちょーっと小さいかなぁ。でも十分そうね」

「か、せ……」


 ダーレンが声を出す。本能で危険な相手だとわかっているが、得たばかりのコアを取り戻そうとしていた。


「は? 馬鹿じゃないの? これは人間が使うようなのものじゃないの。だって、コレ、アタシたちの……いや、余計なことは言わない方がいいわよね。怒られちゃうもん。さ、おっさんはとりあえず死になよ」


 ダーレンの首元まで来ていた氷が、口をそして鼻を覆っていく。

 死にいく光景を見ているだけなんてことは、セロにはできなかった。


光剣こうけん展開てんかいッ!」


 セロが白い息を吐きながら叫ぶ。

 氷の周りに集まる光の粒子が剣をかたどり、それがセロやダーレン、老人を固めた氷へ向かって突き刺さっていく。まるで自傷行為のようなそれによって、氷にヒビが入って砕けると、やっと体の自由が戻ってきた。


「ぷはっ……! ゲホゲホッ……」


 呼吸ができるようになったダーレンは体を丸くしながらせき込む。

 その様子を横目にセロは剣を掲げた腕を振り上げて叫ぶ。


「光剣展開!」


 先ほどに比べてさらに多くの剣が現れ、剣先が全てベルティの方へ向けられた。


「うわぁ、ヤダヤダ。ワンパターンの攻撃。アタシ、戦わないって言ってるのにぃ……にーげよっと」


 コア片手にベルティは軽い口ぶりで一歩足をひく。同じタイミングで光の剣がベルティに向かって動いた。

 逃げ道があったわけではない。雨のように無数の剣だった。なのに、それをベルティは氷の壁を作って道を作り、剣の軌道をずらしたり、氷に剣を閉じ込めることで一本の剣もベルティには届かなかった。


 そうして何も遮るものがない道を作り、ベルティの方からセロに近づいていく。あまりにも堂々としており、セロは戸惑って逃げなかった。

 

「ほーら。これは指揮官サマのものだよ。返してあげるね。もう、盗られちゃダメだからね♪」

「は……?」


 いつの間にかガラス管から取り出されていたメタリカの真っ赤なコアを、ベルティがセロの胸に押し付けた。


 すると、服の上からコアがみるみるうちにセロの体へと氷のように溶けて入っていく。

 はじめは何も感じなかったが、全てを体が飲み込んだとき、セロは強い動悸と共に酷い吐き気を覚えた。


 目の前がぐるぐると回るようで、立っていることもできず、セロは地面に手をつく。何も吐き出すものはないのに、込み上げてくる何かと、割れるような頭痛がセロを襲う。


 あまりの痛みに呼吸でさえもが苦しくなり、胸を押さえ始めた。


「かはっ……はっ、はっ」

「ふふふっ♪ 指揮官サマ、たっくさん思い出してね♪」


 地べたでもがき苦しむセロを満足そうに見下ろすベルティ。

 助けようとする行動はなく、口角をあげてウインクをセロに送ると、彼女はスキップをしながらその場を去っていった。

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