第11話 人間


「おめぇさんは在変ざいへん戦争せんそうは知ってるか?」

「うん。それとレメラスの消失までは知ってる。俺はそのあとについてあまりよく知らないんだ」


 セロは素直に言う。

 知らないことは恥ではない。知ることが出来る機会があれば乗じる。生まれてからずっとそうやってきていた。

 無知をあざ笑う者もいたが、怒りよりも知る喜びの方が大きい。人柄がいいこともあり、常々周りから知識を貰っている。

 今回男は、笑うことはしなかった。


「そこまで知ってるなら話ははえぇ。さっきも言ったが、メタリカと一緒になって人はベイルと戦った。だからかつてメタリカは兵器であって、仲間だった。被害はおいておいて、戦争は何とか終戦したわけだが、敵がいなくなったら、今度は復興を第一にしなくちゃなんねぇ。要らなくなったメタリカは溶かして再利用するか、ちゃんと廃棄してたはずだったが……今になって残ったメタリカを改造して犯罪に使ってるヤツが出てきたってわけだ」


 男はタバコの煙を吐く。


「メタリカで強盗なんざあちこちで起こってる。もちろん殺人もな。第七特区なんか犯罪だらけだ。どこに居ても毎日殺されてらぁ。メタリカがあるかないかで、生活が変わってくるぐらいに。そこと比べたら、第八特区ここは少ないな。メタリカの情報が殆どない。最後の被災都市があるのに。まぁ、要はかつての仲間が今じゃ脅威になってるってことだ。どうだ、笑えてくるだろ?」


 ここで頷くようなことはできずに、セロは苦い顔を返すに留まった。

 何故ならセロも、同族であり、兄弟であるツヴァイと敵対しているので、人間とメタリカの対立が他人事のようには感じられない。


「ま、そんなかつての兵器を壊して回ってんのが俺だ。こいつらのコアを上に渡せば金になるからな」


 そう言って男はタバコを咥えたままメタリカの頭と首の間に手を入れて、おもむろに胴体を覆っていた金属板を引きはがした。


 露わになったメタリカの内部。

 モーターやらコードがつながったものの奥に、ガラス管のようなものに入った光るものがある。


 複雑に絡んだ配線を無視し、男はそれを引っ張り出す。

 ブチブチと配線は切られると、コアの光は次第に弱くなり、管の中で五センチほどの赤い結晶となって姿が見えるようになった。


「これは……」

「こいつがコアだ。何でできてるかは知らねぇが、でけぇエネルギーを生み出しているんだとよ。熱の法則とか色んな物理法則を無視してるとかなんとかって言ってたな……ま、難しいこたぁ考えねぇで仕事していた方がいい。これは俺の経験だ、覚えとけ」


 セロがコアを見つめると、男は見やすいように前に突き出してくれた。セロも顔を近づけてコアを観察する。


 日光に当たって姿形がよく見えるコア。セロはそこから、ほんのわずかなベイルの気配と、どこかで感じた事がある懐かしい感覚がした。


「なんだおめぇさん、そんなに気になんのか?」

「うん。機か……いや、メタリカがどうやって作られていたとか知らないかい?」

「あいにく知らねぇな。なんせ戦時中の話だ。どこぞの研究者でもなければ、兵器について調べようなんざ思わねぇだろうしな」


 研究者。その言葉でセロの頭にリリーが思い浮かぶ。

 リリーに今度聞いてみよう。そう決めて、セロはコアから顔を離した。


「そういやぁ、おめぇさん。よく銃声がしたのに外に出てきたな」

「貴方こそ。いや、貴方が撃っていたからだろうけど」

「違ぇねぇ。ありゃ人払いだ。コイツを外に出させるための」


 コイツと指したのは、椅子代わりになったメタリカ。

 存在感のあるこのメタリカだが、セロたちがレストラン探しをしているときには、隠れていたのか姿は見えず、気付かなかった。


「コイツら、身を隠すのが上手くてな。意識しないと姿が見えねぇときたもんだ。魔法みてぇな力で、人の意識下に直接影響して、隠れられるんだとよ。人が居なければ、影響を与える相手がいねぇ。隠れられなくなるってもんよ」


 ペラペラと話す男から、セロは知識をどんどん得ていく。


「さてと。話しすぎちまったな。俺はまだ仕事があるからそろそろサヨナラだ」


 すっかり短くなったタバコを踏んで消し、男は立ち上がる。


「今更なんだが、おめぇさん、名はなんてんだ?」

「セロ。君は?」

「ほう、セロか。俺はダーレン・サイシオだ」

「ダーレンさん。覚えたよ」

「そりゃどうも。それじゃあな。若いからって危ねぇことに頭突っ込むなよ」


 背中を向けて立ち去ろうとする男・ダーレン。セロはまだ、気になることがあった。


「まだメタリカがいるの?」

「いんや。俺はコイツのコア回収と、改造者の確保も仕事でな。なぁ、怪しい奴知らねぇか?」


 怪しい奴という定義が難しい。

 今目の前にいるダーレンも怪しいと言えば怪しいし、セロ自身も端から見れば怪しい。

 セロは唸りながら考え始めた。


「そんな考えなくたっていい。いねぇならいねぇで、てめぇの足で探すからな。んで、おめぇさんは、何を探してたんだ? 俺が見たときは、なんか探してなかったか? 戻った方がいいだろ?」

「あ」


 メタリカとの遭遇やら、ダーレンとの話によりすっかり本来の目的を見失っていたセロは、マズイと左右をキョロキョロ見る。


「女の子を探していたんだよ。六歳で、赤茶色の髪をした女の子。名前はヘレネ。混乱でお爺さんとはぐれたらしくて。レストランでお爺さんが待ってるんだ。ここまででそんな子供を見かけなかったかい?」


 聞いていた特徴を伝えると、ダーレンは眉間にシワを寄せる。


「本当にそれはか? 写真を見たりはしたか?」

「? いや、特徴聞いただけで……」


 急に真剣になったダーレンに、セロは戸惑いを覚える。

 ダーレンは持っていたコアが入ったガラス管を再びセロへ見せた。


「ここを見ろ」


 指をさされたガラス管の下部。黒いパーツで配線を接続している箇所に刻まれた文字。


『ヘレネ』


 偶然の一致とは思えなかった。


「おめぇさんに探すよう頼んだヤツが、改造者だっ……!」


 興奮しながら彼は言う。


 まさか、そんなはずは。


 レストランでセロが手を貸した老人が、人を殺めるメタリカを作っているとは考えたくない。もし、そうだったとして、リリーたちを老人と一緒にしてきてしまっている。

 セロは焦りながらレストランの方を見たとき、


「ヘレネッ!」


 あの老人が現れた。

 あの弱った足腰で、杖を地面にたたきつけながらやって来たのだ。


「ほぅ、あいつか。噂をすれば出て来やがったな。願ったり叶ったりだ」


 にやりと笑ったダーレンは、先ほどの小型の銃を構える。


「ちょっと、まさか撃たないよね?」

「馬鹿だな、おめぇさんは。それともお人好しかなんかか? 銃は撃つためのモンだろ」


 一切迷うことなく、ダーレンは簡単に老人へ向けて撃った。




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