第10話 狙撃


「お孫さんの名前や特徴、あとはぐれた場所を教えてくれる?」


 不安を拭うように優しく問いかければ、老人は狼狽していた表情が和らぎ、落ち着きを取り戻し始めて答えてくれた。


「孫娘の名はヘレネ、六歳の女の子じゃ。赤茶色の髪と少しのそばかすが可愛い孫娘なんだ。この騒ぎになってすぐ、橋までは一緒にいたはずなんだ……目立つ背格好だし、近くにいれば気づくだろう」

「うん、ヘレネちゃんだね。わかった、探してくるからお爺さんはここで待ってて」

「セロさん……」


 情報を得てセロは立ち上がり、自分がいた場所に老人を座らせると、リリーが心配そうにセロの名前を呼んだ。


 もし、セロが撃たれたら。

 もし、ベイルがいたら。

 過去の悲劇をもう一度目の前で見ることは避けたい。命が失われていく様子を眺めることしか出来ないのが苦しかった。


 不安がリリーの心を襲い、彼女は自分の服の裾を強く握りしめた。


「そんな顔しないで。これでもセロお兄さん、強いんだから」


 セロがベイルであって、強いことは分かっていても、心配してしまう。

 しかし、それの心配がセロ自身の身をを心配しているのか、はたまたリリーの研究対象が居なくなってしまうことへの心配なのかか、それとも自分自身の身の心配なのか、リリー自身もわからなかった。

 リリーは混乱する思考を払いのけ、


「お気をつけて」


 店を出るセロを見送った。

 窓からセロが遠ざかる背中を見ていた。


「お人好しは身を滅ぼすぞ」


 そんなことをつぶやくアイルの言葉をリリーは聞こえていないふりをした。




 ☆☆☆☆☆




「ヘレネちゃーん。いないかな?」


 小さな声で名を呼び、なるべく物陰を通りながら、ヘレネを探す。

 幼い子供であれば、どこかの隙間に隠れていてもおかしくない。近場をくまなく見て回るものの、人の姿はなかった。


 隠れている様子がないのであれば、誤って川に落ちてしまった可能性も考えられる。

 船着き場にもなっている、水中へと繋がる階段に降りておそるおそる水面を覗いてみたが、底まで見えるほど澄んだ水が流れているだけだ。人が流されるほどの水流もない。水の中にはいないだろう。


 となれば近くにヘレネはいないのかもしれない。セロは場所を変えて探してみようと顔を上げたら、橋の上からセロを見つめる男に気が付いた。


 やや長めの髪と同じ茶の髭を生やし、手すりに肘をついてまっすぐにセロを見ている。その頭越しに銃があることを見逃さなかった。


「えっと、どちら様で? 俺と面識はない、よね? 今時そんな強そうな銃は持ち歩かないし、一般人ではないでしょ? かなり距離があっても、マトに届きそうだね」


 もし撃ってくるものなら、セロはすぐさま反撃できるよう注意深く男を見る。


 五十代くらいだろうか。

 決して若くはない男。年齢からくる経験なのか、焦る様子は見えない。


 逃げようと思えば逃げられる。

 戦おうとすれば、戦える。

 たとえ至近距離であっても死の概念から遠いベイルであるセロなら、狙われたところで傷はすぐに治る。問題はその後の対応だ。人を傷付けたくない思いがセロの判断を鈍らせる。


「あ? こいつか? おめぇさん、見る目があるな。こいつならどっからでもあんたの頭をぶち抜ける最高の相棒だ。他に人がいなきゃ当てられたんだがなぁ」


 男は人差し指と親指を立てて銃に見立て、それをセロに向けると「バン」とふざけて笑う。

 それはまるで、自分が先ほどの混乱を引き起こしたと宣言するかのようだった。


 間違いない、この男が狙撃者だ。

 確信を持ったセロは腰元の剣に手を伸ばす。


「おっとっと、よしてくれ。こっちは老いぼれだぞ? わけぇおめぇさんと戦おうなんざ思っちゃいねぇ。それにこんな身なりの俺だが、目標ターゲット以外を撃ったりしねぇよ。それがポリシーだ」


 そう言いながら、男は橋からジャンプでセロの前に飛び降りた。


 身なりと言えば、男は大きい白のパンツと黒のタンクトップ。

 いくら用心のためといえど、観光人では持たないはずの大きな銃を背中に抱えている人間。

 露わになっている腕には、大小様々な傷跡があり、過去に何かあったのかと思えた。


「へぇ。じゃあ、そのターゲットって誰なんだい?」


 セロが聞いてすぐだった。

 男がすばやく背中の銃ではなく、太ももにつけていたホルダーからハンドガンを取り出すと、セロの方へ銃口を向けて引き金を引いた。


 放たれた弾は、セロを撃ち抜く――ことはなく、数本の髪の毛を掠めたがセロの奥にいた何かへ食い込む。


「なっ……機械きかいへい?」


 振り返ってセロは驚きを隠せなかった。

 セロの背後にいたのは、二メートルはある金属で出来た人形。赤茶色の髪を彷彿とさせる銅線が頭から出ている。


 目の代わりには、カメラがついていて、それがセロを捉えていた。


 体躯は人間というにはほどと遠い。寸胴な筒から伸びるパイプの腕が大きく振り上げられていた所に、男が放った弾が食い込んで、ジリリと音と煙を出し始める。


「機械兵……そりゃ随分と懐かしい呼び名だなぁ。俺が随分大昔に聞いた呼び名だぞ」


 男は口角を上げながら言うと、一発、また一発と機械兵を撃つ。狙ったのは胴体ではなく、関節やカメラ部分。装甲が弱い部分を的確に撃っている。そして乾いた音が鳴る度に、弾は弾かれることなく食い込んでいく。


 なぜこの男は機械兵を撃っているのか分からない。セロはただ、軌道を邪魔しないようによけてその光景を見ているだけだ。


「なぁ、知っているか? 今じゃ機械兵じゃなくて、メタリカって呼ばれてるんだぜ? 在変戦争じゃぁ、人間が頼りにした兵器のひとつだったが、戦争が終われば要らねぇ鉄くずだ」


 撃って撃って撃ち続けて。機械兵――メタリカは煙を出しながらやっと倒れた。

 よく耳をすましてみると、モーター音がだんだんと小さくなって何も聞こえなくなる。それは男にも聞こえていたらしく、メタリカの傍に近寄った。


「あー、今度こそ間違いねぇ、こいつだろ」


 男はポケットから取り出した写真を目を細めて前後にずらしてはピントを合わせ、目の前のメタリカを見比べて言う。


「どうしてそれを狙っていたんだい?」

「どうしてって……がははははっ! おめぇさん、銃を見る目はあるが、世の中を知らねぇんだな!」


 大声で豪快に笑いだす男。

 セロが持つ知識は豊富ではない。戦争についての知識はあるが、その後の世界を知らな過ぎた。

 言葉を少し考えてから、セロは言う。


「勉強のために教えてもらえると嬉しいんだけどな」

「おう、いいぜ。若造に教えるのも老いぼれの仕事だからな」


 男はメタリカに腰を下ろし、ポケットから取り出したタバコをふかしながら話し始めた。

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