欲望
第8話 同士
『民の大半が一夜で亡くなるという悲劇を繰り返さない』という人間との約束は、このジェメトーレを離れるのには十分すぎるほどの理由となった。
もしジェメトーレでずっと、立ち尽くしていれば、皆が訝しげに見つめていただろう。いつになったら出て行くのか、いつ攻撃してくるのかと存在自体に恐怖を抱いていたかもしれない。大切な人を亡くした悲しみ、故郷を失った苦しみなど蓄積された感情に、異端の存在であるセロが火薬となって何度爆発してもおかしくない。
それに爆発は連鎖する。
次々に燃え移り、最終的には人間同士が憎し見合うかもしれない。
加えて、ここにとどまっていては、何も変わることはない。
復興に手を貸すことはできる。重いものをどかしたり、埋葬の手伝いだって、セロにできることはある。だが、それで世界は変わらない。
ツヴァイたちの襲撃が何処かで起こるかもしれない。
そうすれば大勢が死ぬ。だから、かつての仲間を止めなければ。
約束を果たすために、癒えぬ傷を負ったジェメトーレの住民たちと別れることを決意した。
立ち止まるセロの前を征く、互いに励まし合いながら、鎮火したジェメトーレへと踏み込んでいく住民たち。ベイルに抵抗すら出来ず、か弱い彼らの背中が、今は強く、たくましく感じた。
「俺も、行こう」
力では及ばない人間が前を向いている。
異能を持つセロに必要なのは、立ち向かう決意だ。
失われた命。救えなかった後悔。過去の責任。抱えきれないほどの思いを胸に、別の都市へ向かうことを決めた。
「おい、
旅立とうと皆に背を向けて行こうとしたとき、低音がセロを引き留める。
呼び止めたのはアイルだ。車に背中を預けて、自分の武器であるダガーの手入れを行っていた。
ダガーに日光があたると、一切の刃こぼれもないことがよくわかる。それでも角度を変えて何度も確認し続けており、決してセロと目は合わせようとはしない。
「何処かって……そうだな。とりあえず、ベイルがいそうな所にかな」
アテはない。でもそれしかない。
セロは遠くを見つめる。
この荒廃した世界でも、道らしきものはかろうじて残っている。かつて多くの車が行きかっていた道だ。
そこを進めば、ベイルがいるかはわからないが何処かに必ずつながっている。
移動手段は
アイルからは答えがなかったため、歩みを再開したところ、クラクションが鳴らされて肩が動いた。
「セロさーん。行きますよー、乗ってくださーい!」
「え?」
振り返れば、運転席に座るリリーがいた。
その隣の助手席に乗り込むアイル。乗り込んで扉を閉めたところで、車はゆっくりセロに近づく。
そして窓を開けて、リリーは顔を出す。
「ベイルを探すのなら、私たちも行きますよ」
親指を立てて片目を閉じるリリー。
任せて、と言わんばかりの彼女にセロは戸惑う。
「ベイルは私の研究テーマですから! 行きましょう!」
「リリーちゃん……いいのかい? 何があるかわからないよ? 怖いことも、危ないこともあるだろうし……」
思い浮かぶジェメトーレの惨劇。繰り返してはならないと思っていても、回避できない可能性がある。
何の罪もない、知り合ったばかりの彼女たちを危険なことに巻き込みたくない。彼女の提案は願ったりかなったりであるが、セロは困ったように言う。
「大丈夫ですよ! 私にはアイルがいるんで!」
ね、と同意を求めた。
アイルはそれにただ「ふんっ」とだけ返す。
ゼロが知るのは、二人は護衛という関係があること。つまり、雇った側と雇われた側だ。でも、それ以上の関係が見えてきて、羨むような目を隠して、精一杯の笑顔を作ってみせた。
「ありがとう。お願いしてもいいかな?」
「もちろんです!」
セロは元気いっぱいのリリーが運転する車に乗り込んだ。
今度はしっかりとシートベルトを締める。二度とリリーの運転で身体を打ち付けたくはない。何度かベルトを引っ張って、外れないことを確認もした。
「さて、まずは何処へ向かいましょうか。ベイルの足取りって何もないんですか? 行きそうな場所とか、集まりそうな場所とか」
「残念なことにないね。正直俺も、よくわからないんだ。あんまり昔のことが思い出せなくて……でも、近くにいれば、気配があるから俺は気づけるよ。普通の人が見たら、見た目も人間そのものだし、力を使わない限り、区別するのも難しいと思う」
セロはチラリとアイルを見た。
彼は相変わらず腕を組んだまま、スンとしている。
「手がかりなし……でしたらまずは情報収集からですね。物資の調達も兼ねて、ヴィジエスタへ行ってみませんか? ここで皆さんの手当てのため、救急セットも消費してしまいましたし。あそこでしたら港もあって、海を越えて人が集まるので情報も手に入りやすいはずです。いかがでしょうか?」
リリーが広げた地図で位置を確認する。
ヴィジエスタは現在地のジェメトーレから直線距離でおよそ二十キロ。海沿いに位置し、ここ、第八特区の中でも最も栄えている場所だった。
「ヴィジエスタ? 今はそんな都市があるんだね。たったの何年かで作っちゃう人間ってすごいなぁ」
「あれ? ご存じないですか?」
「うん。戦前の都市はまだ知っているんだけど、そのあとはあまり表立って動かなかったからさ。新しい都市は知らないんだよね」
ぼそりとセロの過去を聞いた。ベイルを調べているリリーに取って、ベイルであるセロの話は大変興味深い。だが、聞くタイミングは今ではないはずと考えて、もっと聞きたい気持ちをぐっとこらえた。
「ヴィジエスタは在変戦争後に復興拠点として作られたんです。私も行ったことはないですけど、水の
本からの知識ですが、と苦笑いをするリリー。
「リリーちゃんはやっぱり勉強熱心だね。なら、そこに向けて運転お願いしてもいいかな?」
「もちろんです! 張り切って行きますよー!」
リリーの目は輝く。
ハンドルを握りしめ、ギアを入れてアクセルを踏み込んで急発進させる。
変わらない運転に、男性陣は覚悟を決めるのだった。
☆☆☆☆☆
丁寧からは程遠い、疾走感ある運転で、ヴィジエスタにたどり着いた。
波音が聞こえる『都市・ヴィジエスタ』。
水の
そのため、都市の外にあった駐車場に車を止めることになった。
「すごいね、ここは」
駐車場は都市よりも、高い位置にあり、そこからはヴィジエスタを一望できた。セロは車を降りてすぐにそこから見える風景に、感嘆の声をあげる。
続けざま降りてきたリリーは、カメラでそれをおさめ、アイルは腕を組みながら都市を見る。
「ヴィジエスタは第八特区の中だけでなく、全ての区の中で最も美しいと言われています。本当かって思っていましたが、疑う余地なしですね」
悲劇に見舞われる前のジェメトーレと比べものにならない美しさが、三人の足を止める。
もうしばらく眺めているのも悪くない。だが、耐えきれなかった腹の虫が悲鳴を上げる。
「う……ごめんなさい」
リリーが顔を赤くしてうつむいた。
「まずは飯か。これだけ賑わっていれば、どこかしら食べられる場所があるだろう」
目を細めてアイルはヴィジエスタをきょろきょろ見ると、いくつか目星をつけたようだ。
「きっと美味しいものがありますよ! 行きましょう!」
弾むようにリリーは都市へ降りる道を率先して進み、セロとアイルは保護者のように続いた。
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