第7話 痛み
全てを包み込み煌々と燃えさかった炎。
消えたのは翌日になってからだった。
燃えるものがなくなったこと、そして、雨が降ったこと。それにより鎮火したジェメトーレに残ったのは原形がわからない真っ黒な炭だけ。石やレンガで出来ていた不燃性のものだけが残り、家は皆焼けてしまった。
シンボルであった白と黒の対照的な色合いが特徴の二つの塔は、石造りだったため燃えることはなかったが、周囲の焼けた家屋によるすすで、どちらも同じ色になってしまった。
皮肉なことに澄み切った空とのコントラストが見栄えする。
炎から逃れることができた人たちは、ジェメトーレを出たところに停めていたリリーたちの車付近に、二十数人ほど身を寄せ合った。やけどなどの負傷をした人の手当ては、車内にあった救急セットを使って何とかやり過ごしていた中、セロは燃えてしまった黒い街並みを黙って眺める。
ただ、まっすぐに見つめる二つの蒼い瞳からは、感情が読み取れない。
「おい、セロ!」
そんなセロの後ろから、大柄の男が近づき、肩をおもむろに引いて無理やり顔を会わせた。驚く様子はなく、変わらない瞳に男を写す。
「息子は……ルティはどこだよ!」
酒場で酔いつぶれていた、ルティの父親だった。
赤らんでいた頬が今は青い。体のあちこちに包帯を巻いており、そこからは血がにじんでいる。
足元はしっかりしており、どうやら見た目よりも軽症のようだ。
「俺は聞いたんだよ。お前がアドルフを探しているって聞いて、ルティがアドルフを呼びに行ったって! なのになんでお前がここに居て、ルティが居ねぇんだ! なあ!」
集まっている人達には子供は少なく、成人男性がやや多い。その顔ぶれからして、酒場にいた人達のほとんどが、ここにいるようだ。
その人たちにルティとセロの話を聞いたのだろう。
「ルティはどうした! アドルフの爺さんも! お前は追いかけたんだろっ!?」
「っ……ごめん」
セロは彼らが死んだとストレートに伝えることはできず、力のない表情での謝罪が全てを語る。
信じたくはないが、そこから悟った男は力が抜けたように崩れ落ち、口を開けたまま何も言えない。
絶望に染まった大人が落ちた姿に、セロは唇を強く噛んだ。
「……なあ、セロや」
次にセロを呼んだのは、男が飲んでいた酒場の女性店員だった。彼女もまた、顔の半分を覆う包帯が痛々しい。でもあらわになっている瞳には抑えられない情が燃えている。
呼ばれて反応しないわけにはいかない。セロは彼女へ顔を向ける。
「今回、ベイルが目覚めたんだろう?」
「ああ。そうだよ。簡単には起きないはずだった」
「……ベイルはあんたの管轄下じゃなかったのかい? ベイルの始祖であるあんたの」
嘘をつきたくなかったセロは、その言葉を否定をしなかった。
「ベイルが起こしたものの全ては、あんたの責任じゃないのかい? あんたが全部のベイルを把握していたら。先に全て眠らせていたら。あたし達の故郷は燃やされることはなかった! 家族が、仲間が死ぬことはなかった!」
女性は近くの石を掴み、セロに投げつける。
「ちょっと、やめてください! セロさんは皆さんを助けようとしたんですよ!」
擦り傷程度のリリーは、治療の手助けをしていた。しかい、セロへの攻撃に見かねて手を止めて駆け寄ろうと試みる。だが。
「リリー! 行くな」
「でもっ」
リリーのサポートをしていたアイルが、リリーの手を引いて止めた。
振りほどこうとしたが、アイルは首を横に振る。
その間にも何度も、何度も繰り返して、セロへと石が投げられ、それが顔に当たって傷を作った。ほんの小さな傷であったが、それはすぐさま癒え、傷なんてはなからなかったように元通りになる。
ほんの一瞬であったものの、見てしまった驚異的な治癒力。セロが人間ではないということを物語っていた。
「化け物っ!」
雷のような怒鳴り声がセロにぶつけられる。
女性からだけではなく、生きながらえた人々から次々に声が上がる。
「化け物!」
「出て行け!」
「来るな!」
「死神が!」
四方八方から投げられる言葉。全てがセロに突き刺さる。
無防備に全てを喰らい、セロの顔は歪んでいく。泣くこともなく、叫ぶこともなく、全てを受け入れる。
「いい加減にしてください! 皆さん、セロさんに助けてもらったんですよ! こんなのあんまりじゃないですか!」
「リリーちゃん……?」
一方的な攻撃に、耐えられなくなったのはリリーだった。アイルの制止を振り切って叫んだ。すると人々は一度は手を止めて、リリーへ注目する。
「あたしらはベイルにずっと苦しめられてきたんだ! 他所者のあんたにその苦しみがわかるわけがない!」
「わかりません! ベイルのことも、セロさんのこともよく知りません! だから私は調べているんです!」
「は? 意味が分からないね! 調べたところで
悲痛な声で叫ぶ女性の目にはうっすら涙が浮かぶ。
リリーは至極真っ当な人間だ。人の気持ちがわからないほど馬鹿ではない。
目の前で繰り広げられた惨劇と、心の奥底から湧く感情と言葉に揺さぶられて、リリーの目から雫が落ちた。
「だったら! これ以上の被害を出さないために、動かなければいけないのではないのですか! ベイルの鎮静化を行うのが、セロさんしかできないこと……ですよね?」
リリーはセロを見る。
「私にはまだ、ベイルについてはよくわかりません。セロさんの生まれについてもわかりません。でも、セロさんだけがこれ以上の被害を防ぐことができるのではないですか?」
リリーの声は皆の手を止めさせて、少しの間でも落ち着かせた。
その間にセロは顔を上げ、瞳に光を灯らせる。
「俺は」
やっと開いたセロの口。何を言い出すか、皆が待つ。
「俺は月人によって戦うだけに作られたベイルだ。今回ジェメトーレに火を放ったのも同じベイル……もう、ベイルにそんなことはさせない。人を傷付けるようなことはさせない。約束する、ジェメトーレのようなことは起こさせない」
絶対に、と続ける。
最後までセロの言葉を聞いていた住民は、互いに顔を見合わせ、困惑した顔を浮かべた。
口約束だけならいくらでもできる。さらに相手は人ではない存在だ。簡単にセロの言葉を受け入れられない。
しかし。
「セロにぃ」
大人が黙ってしまったところを、子供が出てくる。その子はセロがジェメトーレに戻ったときに駆け寄ってきた、レナードだ。
止める大人もいたが、セロが直接人を殺めるような者ではないことは、わかっていた。だから、無理にレナードを連れ戻すようなことはしない。
誰にも邪魔されなかったレナードはまっすぐにセロの前に歩み出て、小指を立てる。
「やくそく」
「ああ、そうだね。約束だ」
セロはかがんで、小さな小指を自分の指を絡めた。
まだ一緒に遊ぶという約束はできていないのに。
それでもレナードはにこにこと笑顔を作る。
子供の純粋な行動に、大人たちはしっかりとアイコンタクトをとる。
あの女性も強く頷いた。そして。
「セロ。あたしたちとの約束だ。もう、ジェメトーレのような悲劇は起こさないでくれ。二度と」
切なそうな声。皆がセロに求める。
拳を握ったセロは、深く強く、そして大きく頷いた。
「わかったなら、とっとと動きな! 約束を果たすまで帰ってくるんじゃないよ!」
「うん、わかった。ありがとう」
セロは今できるだけの笑顔を作って、ジェメトーレを離れることにした。
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