第6話 連携
街は瞬く間に熱を持った赤色に染まった。
燃えるものがある以上、留まることはない炎。セロの足を凍らせていた氷は溶けたものの、悲鳴と絶望に包まれてセロはその場から動けない。
「ねぇ、ツーちゃん。アタシ、暑いのやだぁ」
「僕も疲れました。そろそろ帰りましょうか。ザジーも寝起きで調子がよくないでしょうし」
ただただじっと炎を見上げるザジー。何を思っているのかわからない彼の手を、ベルティは細い手で握ると、大きく前後に振りながらスキップで塔の方へと進む。彼らに続き、ツヴァイはセロに背中を向けたが、すぐに振り返る。
「またね、兄さん。今日は帰るから……僕たちはいつでも兄さんを待っているよ。強くてカッコいい兄さんと一緒に暮らせるはずだから……」
そういうツヴァイは寂しそうな声だった。
そして三人はセロに追い打ちをかけることなく、炎の中へと消えていった。
☆☆☆☆☆
「――さん。セロさんっ!」
三人が去ってからどれだけ経ったか。
身体を揺すられて、セロは目だけを動かす。
赤い視界に入ってきたのは、小柄な人。上手く働かない頭でなんとか考える。
「リリー、ちゃん……」
「そうです。リリーです。セロさん、しっかりしてください。このままでは、貴方の好きな街がなくなってしまいます!」
「街……ああ、街……」
肌で感じる炎の熱。
聞こえてくるのは、パチパチと燃えさかる音と建物が崩れる音。
「ここは……もう無理だ。ジェメトーレは焼き尽くされる。昔のジェメトーレと同じように。繰り返すものだよね、全部。変えられない。全部、俺のせいで」
街の大半は焼き尽くされ、炭になってやっと炎が小さくなっているところだ。
所々にある黒い塊が、以前何だったのかと考えたくなくて、セロは目をそらす。
何も見たくない。考えたくない。
自分という存在がもたらした現実を受け入れることなんて出来なかった。
「セロさん!」
リリーの声に応えない。動かない。痺れを切らしたリリーは、大きく手を振り上げた。
――が、その手よりも先に横からセロの顔を蹴り込む足があった。
そのままセロの身体は倒れ込む。
「ちょっと、アイル!? 何やってるのよ!」
「あ? お前が殴ろうとしてたのを先にやっただけだろ?」
「そうだけど! そんなに酷くはしてないもん! って、セロさん!」
思いっきり蹴られた跡がセロの頬にクッキリ残る。
そこをさすりながら、セロは目を伏せながら身体を起こした。
怒りもしない、反応が薄い。何もかもを諦めた姿に、アイルはセロへの怒りがこみ上げていた。
「話は全部聞いてんだよ、こっちは。テメェがベイルで、大人も子供も簡単に殺すような弟を持ってることもな」
「……ああ、聞いていたんだ。そうだよ、俺はベイルだ。人を殺すために作られた兵器であって、人を殺すことが俺に与えられた運命。しかもツヴァイは弟。かつてのジェメトーレも、今のジェメトーレも。滅びる原因になったのは俺だよ。俺のせいだ」
「セロさん……」
セロが直接殺したというわけではないが、身内が犯した罪を背負い、セロはただ懺悔の言葉を繰り返す。
「申し訳ない。俺のせいで、みんなの命を奪ってしまって。みんなの未来を奪ってしまって」
言葉に乗せられた感情を受け止めたリリーは、セロの視界に無理矢理入り込むため、彼の顔を両手で挟み持ち上げた。
蒼い瞳に写るリリー。
逃げられずにセロはリリーを見るしかない。
喜んだり、悲しんだりとコロコロ表情を変えていた彼女の顔。今は真剣な眼差しでただただ真っ直ぐにセロを見ている。
「辛いお気持ちはよくわかります。でも、今は悲しんで止まっている場合じゃないはずです。貴方が動けば助かるものもあります。後悔も悲しみも哀れみも、後にしてください。私たちに出来ることがあるはずです!」
「出来ることなんて別に……」
後ろ向きにしか考えられなくなってしまったセロに、リリーの言葉は届かない。
でも。
「しっかりしてください!」
リリーは両手でパチンと音がでるほど、セロの頬を叩いた。
「貴方はベイルなのでしょう? だったら、人間に出来ないことができるんでしょう? 過去に命を奪ったことへの償いを考えるのなら、今目の前にある命を救ってくださいよっ!」
そう言ってリリーは指を指した。
その方角へとゆっくり目を向ければ、まだ炎の先に、凍った中央通りが見えた。
凍ったままであれば、中に人が閉じ込められているかもしれない。内部がどうなっているかわからないが、生存している可能性が高い。
今ならまだ、助けられるかもしれない。そう思い立ったセロは、顔をあげ、立ち上がって叫んだ。
「光剣展開……!」
凍った家の窓へ向け、セロが放った光の剣が飛んでいく。分厚い氷に突き刺さると、少しずつヒビが入り、窓付近のみ、氷が無くなった。
「動ける人は窓から逃げて! 今すぐに! 俺には炎を止められない!」
各家の窓からは、震えた人の姿が見えてくる。彼らに声を届けるために、近寄って叫ぶ。
一瞬で状況を全て把握するのは困難だ。だが、外に見える炎が近づくにつれ、考えるよりも先に人々は窓から這い出て炎から逃げる。
足腰が悪く、なかなか出られない人にはリリーやアイルも手を貸す。背負ったり、手を引いたりと、互いに協力しながら一刻も早く安全な場所へと、ジェメトーレから逃げ出した。
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