第3話 運転
「ところで、その詳しい方とはどちらにいらっしゃるのですか?」
背負った荷物の中から紙の地図を取り出すリリー。これは在変戦争により、地形すら変わってしまった世界を新しく記し直した最新版の地図である。
区ごとに地図があり、今回は第八特区の地図を両手で広げる。
リリーは他にも電子タイプのものも持ってはいたが、セロに確認しやすいよう敢えて紙の地図を出した。
それを覗き込みながら、セロは顎に手を当てる。
「ジェメトーレっていう昔からあるところだよ。ここから言えば……あっち、東の方にあると思う」
「ジェメトーレ、ジェメトーレ……東? レメラスがここだから……」
知らない街の名前だった。言われた通り、レメラスからみて東の方角に位置する街を探す。
セロの言いぶりからして、近くにあるものだと思っていた。調べてみると、たしかにジェメトーレは確かに東に存在しているが、レメラスからの距離は直線距離でも六十キロは離れている。
戦後、道の整備がまだ完了しているわけではない。
大都市の近くならまだしも、人が少ない都市の近くになると道なき道を進まざるを得ない。かつて住宅だったものの跡やら、いつの間にか育った植物によって、地図上に記載された道路が使えない場合もある。だから実際はさらに距離は遠く、さらに時間がかかるだろう。
「うーん、ここからだと結構離れていますね。車で行けば二時間ぐらいかかりそうです」
「やっぱり? 実は俺、ジェメトーレからここまで歩いて来たんだけど、流石に時間がかかったよね。そっかー、遠かったかー。あははっ」
「え? 歩いて!? そんなの無謀ですよ!」
「だよねぇ!」
衝撃を隠せず、またしてもリリーは声を大にした。
「こいつ、馬鹿だろ。歩くしか移動手段がねぇ馬鹿だ」
「アイルッ!」
リリーに怒られて、アイルは顔をそむける。
「うーん。アイルくんにはどうも嫌われちゃっているみたいだね、俺」
「ごめんなさい。アイルは人付き合いが得意ではなくて。口は悪いけど、根はいい人なんです」
頭を下げるのはリリーだけ。当の本人に謝る気などさらさらない。
戸惑うセロは、苦笑いを浮かべるしかなかった。
「アイルには、よーく言い聞かせますので! 今はレメラスの外に私達が乗ってきた車があるので、それで向かいましょう。善は急げ、ですよ!」
「うん、そうだね」
空気を変えようとリリーが言えば、三人は一度通ってきた道を戻ってレメラスを離れることにした。
変わりなく人の気配がない黒い街。新たな発見はなかったが、リリーにとっては新しい情報を得られるかもしれない期待が大きく、足取りは軽かった。
三人はレメラスの前に停めていた車に乗り込む。
後部座席にセロが、そして運転席に着いたのは、リリーだった。
「あれ? アイルくんは運転しないの?」
「あ?」
助手席に乗り込んだアイルへ、身を前に乗り出して聞くと明らかな不満の声が返って来る。
「ほら、運転ってさ、護衛対象がするってあんまり聞かないなーって思って。リリーちゃんがやるのって意外だなぁ」
「うるせぇ」
「あはは、アイルは機械が苦手なんですよ。何でもすぐ壊しちゃうんです。この前は電話を壊しちゃって。お父様にこっぴどく怒られたんですよ」
窓の外を見るアイルは、リリーの言葉を否定しなかった。
そうこうしている間にも、リリーは運転の準備にとりかかる。
「俺も機械類苦手なんだよねぇ。もしかして、もしかすると、俺たちって似ているんじゃない?」
どうにかしてアイルと距離を詰めようと試みるが、セロの行動は空振りに終わる。目を合わせることもなく、アイルからは返事が返ってこない。それでも、セロは何度も「そう思わない?」と声をかけていた。
ブン、とエンジンがかかったときにやっとアイルは冷たい目を向けた。
「舌噛むぞ」
「へ?」
リリーはアクセルを踏み込む、安全運転とは言い難いハンドルさばきで車は動き出した。
慣性の法則に従って、セロは後部座席に体を打ち付ける。
右に曲がれば体は右に。左に曲がれば左に。急加速と急ブレーキを繰り返して、体をぶつけるたびに、シートベルトを着けなかったことを後悔した。
☆☆☆☆☆
「着きました! ふう! 思ったより早く着きましたね!」
夕陽が差し込み始めた時刻。予定よりも二十分は早く、三人はジェメトーレに到着した。
第八特区の中では古い都市・ジェメトーレ。
二つの大きな塔がトレードマークの都市だ。
その一つは白く、ふもとの建物も同じように明るい色で統一されている。
もう一方の塔は、反対に黒い。ふもとの建物も黒っぽくなっている。
真っ先に車から降りたリリーは、両手で指フレームを作り、その枠の中からジェメトーレの街を見た。
「リリーちゃんの運転、なかなかスリリングだね……流石にセロお兄さんも、堪えるものがあったよ」
フラフラな足で降りてきたセロ。その顔は青ざめている。
「ヘタレが」
続けざまに降りてきたアイルだったが、車に手をついて何とか体を支えているようだ。
「お二人とも酔われてしまったのですか? しょうがないですね」
男性二人は心の中で「お前の運転のせいだけどな」と共通の思いを抱いていたが、目だけでそれをリリー訴え、口にすることなく飲み込んだのは彼らの配慮からである。
一方で、リリーは男二人の気持ちも配慮もくみ取ることはない。新しい場所に、そして新発見に期待して、胸を膨らませている。
「じゃ、行こうか。ベイルに詳しい人は時間に関係なく、しょっちゅう酒場にいるんだ。そこに案内するね」
「はいっ! お願いします」
セロは街案内を買って出る。時間が経てば、身体の調子は戻ってくるはず、と深呼吸してみる。
気持ち悪さがなくなるまで、遠回りをしながら歩いて気分を紛らわせた。
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