第4話 人気
「すごく人が多いですね」
煉瓦が敷き詰められたジェメトーレの中央通り。
そこを歩いていると、老若男女多くの人とすれ違った。その人達の衣服は、色も素材も異なる生地のツギハギが多く、決して裕福ではないことが見て分かる。
そんな中央通りには商店が並ぶ。今は日が暮れていることもあり、どこも店じまいをしているところだ。それでも人々は親しげに挨拶を交わしたり、雑談をしたりと笑顔がある。
「あら! セロ! おかえりなさい」
「やあ、ただいま」
仕事帰りなのか、顔にすすをつけたマダムに声をかけられて、セロは笑顔で手を振り返す。その声を聞いた人がひとり、またひとりと手を止めて、次々にセロへと声掛けしていく。そのひとつひとつに、セロは笑顔で丁寧に返していく。
「セロにぃ~! あーそーぼーっ!」
「うおっ……!」
「わっ!」
三人の後ろから、五歳ぐらいの子供が走ってきた。一番後ろを歩いていたアイルの隣を勢いよく通り抜け、リリーの服を掠めて抜けると、セロの背中に抱き付いた。
背後からの衝撃に一瞬よろめいたものの、セロは子供の手をほどき、視線に合わせるようかがむと、子供の頭に優しく手を乗せる。
「やあ、レナード。今日も元気いっぱいだね」
「うん! あのね、きょうはね。みんなでおいかけっこしたんだ。いちばんはやかったんだ! セロにぃもいっしょにやろ!」
屈託のない顔につられて、セロの顔も緩んだ。
「流石だね、レナード。俺も遊びたいのは山々だけど……ごめんね、また今度にしよう。今日は予定があるんだ。それにもう暗いからさ」
「えぇー。やくそくしてくれる?」
「もちろん。男同士の約束だ」
「うん! やくそく! じゃあね!」
レナードは元気よく手を振って、去って行った。
大人だけではなく、子供までもがセロに手を振り、時にはハイタッチにも応じたその姿は近所の人気者のようだ。
おかげで十分もあれば通り抜けられる中央通りを倍の時間をかけて通り抜けた。
「セロさん、大人気ですね。みんなセロさんのこと好きみたいですし」
「そうだったら嬉しいなぁ」
眉をハの字に下げて笑うセロの顔を覗き込み、リリーは改めてセロの不思議な人柄について疑問を抱く。
「
セロは照れながらほほ笑んだ。
「……いいですね。ここはセロさんの故郷なんですか?」
「ううん。でも、一番お世話になったかな」
懐かしむように空を見上げながら話すセロを見て、リリーは羨ましそうに前を向いた。
「さあ、着いたよ。ここがジェメトーレで一番大きな酒場だ。ここにいつもいるはず。おじゃましまーす」
セロは酒場の扉を開け、リリーとアイルを先に店内に入れた。
店内は時々ジリリと音を立てるフィラメントの電球で明るさを保っていた。
傷が多い木製のテーブルがいくつか並び、それぞれに屈強な男たちが座っては、顔を赤くして飲んでいる。
「いらっしゃい! おや、セロじゃないかい。今日はお友達も連れて飲みに来たのかい? いつも単独行動のセロにしちゃあ、珍しいね」
セロに気付いた店員の女性が言う。
「こんばんは。今日は飲むんじゃなくて、アドルフに会いたくて来たんだけど……いない?」
さして広くない店内にいるのは、比較的若い男性たちのみ。セロはすぐに目的の人物がいないことを察した。
どうしようかなと困ったすると、すぐさま別の声がかかる。
「アドルフ爺さんのこと? 爺さんなら、今日は塔にいくって言っていたよ」
カウンターで酔いつぶれて眠る男に連れられてきたのか、隣で静かに本を読んでいた十歳ぐらいの少年が言った。
「やあ、ルティ。今日も読書かい?」
「そう。流石に同じ本は飽きてきたけどね」
少年・ルティは紙の栞を挟んで、本を置く。
ぼろぼろになった表紙は年季を感じる。
「ルドルフは塔にいるのかい?」
「うん。理由は知らないけど。父さんがこんなんだし、用事があるなら僕呼んでくるよ。この本をくれたお礼に」
いびきをかきながら眠っているので、置いて帰る訳にもいかないからかルティはかって出た。
「外はもう暗いけど大丈夫?」
「大丈夫。この時間ならいつもより早い方だよ」
「あはは、そうだったね。いつも遅くまで飲んではルティが連れ帰っているもんね。それならお願いしてもいいかな?」
「任せて。じゃあ、行ってくるね。僕が居ない間に父さんが起きたら説明しておいて」
自信ありげにルティは店を出て行った。
外はもう月が顔を出している。その闇へとルティの姿は溶けていくのを見送った。
「じゃあ、ルティがアドルフを連れてくるまで、待っていようか」
セロの提案に賛成し、三人は比較的静かな窓際のテーブル席につく。
リリーとアイルは隣り合って座り、向かいにセロが座る形になった。
「お嬢さんみたいな未成年にはお酒出せないから、水でいいかい?」
注文をとりにきた女性は、リリーを見て言う。
「私、これでも成人してますっ……!」
「あら、それはごめんなさい! じゃあお酒にする?」
「いえ。お水でお願いします」
「はいよ。男たちはどうするかい?」
女性は男性二人の顔を見る。
「俺は水で」
「同じく」
セロ、アイルと続けて答えたら、利益にならないからか女性は渋った顔をしたのちにすぐ冷えた水を三つ持って置いて行った。
リリーは一口水を含み、乾きを癒す。
「呼びに行ってもらったルドルフは、
突如としてセロは語りだす。
「なるほど。それなら戦時中の話も聞けるかもですね」
「うん。ちなみに、ジェメトーレを襲ったのは、リリーちゃんが調べているベイルだったんだ。ベイルは、街の半分を焼き尽くしてしまったから、街の半分は今もなお黒いままなんだよ」
到着したばかりの時、ジェメトーレにそびえ立つ二つの塔を見ていた。白と黒、それぞれに染まった塔の理由がここでわかり、リリーは当時を想像し身震いする。
「力を使い果たしたベイルがどうなるかって知ってる?」
「いえ、そこまでは……」
「力尽きたベイルは眠りにつく。その姿は大きな結晶になるんだ」
「結晶……」
研究対象について何も知らなかったリリーは、セロから目を離さず真剣に聞いた。
「そう、結晶。ジェメトーレにはその結晶が塔の上にある」
「ということは、ここにはベイルがいるということに……! 大発見ですよ! 今までどこにもそんな話はありませんでした! 発表すれば大きなニュースになります!」
リリーは立ち上がり、鼻息を荒くする隣でアイルは窓の外を黙って見つめていた。
「そうかもしれないね。でも、逆に言えば怖いとは思わない?」
テーブルに肘をついてセロは問う。そのまなざしは鋭い。
「怖い? どうしてですか? だってもう動かないベイルですよね?」
「ベイルは眠っているんだ。いつ起きるかわからないんだ」
「あ……」
リリーは静かになり、再び座った。先ほどまでの興奮が一瞬に冷めたようだ。
「ここの人達は、そのことをご存じなのですか?」
「うん。知ってるよ。知っていながら、ここにいる。みんなここが故郷だから。先祖代々暮らしてきた土地から離れたくないんだ」
活気ある店内を見渡すセロの目は、じりじりとリリーを睨み据える。その奥には強烈な光があり、厳粛さと猛獣さが込められてた。
すっかり臆してしまったリリーは、うつむきながら口を閉ざす。
お通夜のような静けさになってしまった。
「おい。あれはなんだ?」
張り詰めた空気を切り開いたのは、ずっと外を眺めていたアイルの低い声が二人の視線を集める。
アイルがずっと見ていた窓の外。日が落ちて月明かりがジェメトーレを照らしている。
都市のシンボルである二つの塔のうち、真っ黒の塔がまばゆいほどの光を放っていたのだ。
「っ! まずい!」
刃物で首をなでられたような戦慄を覚えたかのように、セロはすぐさま店を飛び出した。
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