五人目 『お婆さん』 六人目 『夫婦』

 それから何年が経っただろう。わたしは終始目を離さずに道を見ていた。その間もいろんな人がわたしを撫でてわたしの横を通り過ぎる。

 その間が今までで一番わたしの横を通り過ぎたのが多かった。初めて会う顔。皆んな口口に

  「家族に会いたい」

  「お金が欲しい」

  「死にたくない」

  「頑張ったのに・・クソ」

とわたしに愚痴を溢してからわたしの横を通り過ぎる。わたしも言ってやった。

  「会いに行けばいい(にゃ、にゃあ)」

  「頑張って稼げばいい(にゃ〜、にゃ、にゃ)

  「生きればいい(にゃ、にゃにゃ)」

  「何を頑張ったの?(なにゃ?にゃ)」

 まぁ、当然猫だから通じない。そのまま何も言わずに皆、通り過ぎて行く。

 たくさんの人がわたしの横を通り過ぎてから何年かが経った後、車椅子に乗ったお婆さんがわたしのところまでやってきた。

 「まぁ、可愛いにゃんこさんね。お話を聞いてもらえるだろうか・・」

 「いいよ(にゃ)」

 「おやまぁ、優しいのね。」

 いつの間にかお婆さんの頭に手を置いてしまった。

 「つい(にゃ)」

 「・・・わたしの夫・・お爺さんはある地震で死んじゃってね。わしゃあ、隣で足が潰れてたから助けに行けなかったんだよ。最後にお爺さんが言ったんだ。『家族に会いたい』ってね。家族はここにわしゃあがいるよと言おうとしたがお爺さんが言った『家族』は息子夫婦のことだね。わしゃあなにも出来なかった。」

 「お婆さん・・・(にゃあ〜・・・・)」

 「おや、憐んでくれるのかい?・・・そろそろ時間だね。お前さんはお爺さんにあったみたいだね。」

 「え?(なぁ?)」

 「ほら、見ておくれ・・・お爺さんが迎えに来てくれた。」

 お婆さんが器用に車椅子を動かすが次第に立ち上がる。

 「そうさん。かなで夫婦は元気でしたよ。お墓参りも来てくれてます。」

 「・・・・喧嘩しなければ良かったなぁ・・謝れば良かった。認めてあげれば良かった・・・・」

 「そうですね・・認めてあげれば・・・」

 消えて行く・・・・

 「何を・・何をしてしまったの?(にゃあ、にゃあ〜あ?)」

 何も言わずにお婆さんとお爺さんがいなくなってしまった。



 それから二日たったある日。慌ててわたしに駆け寄ってくる男二人がいた。

 「奏。これが奏のお母さんが死ぬ間際に言っていた猫か?」

 「そうだよ。可愛いなぁ。あおいも触りなよ。」

 「・・・そうだな。」

 二人はわたしを撫で回す。奏・・奏・・どこかで聞いたことのある。名前だ。そうだ!あのお婆さんが最後にお爺さんと話していた奏夫婦の奏か。

 「よお!お前のお母さんとお父さんにあったぞ!(にゃ!にゃにゃにゃ!)」

 「よく鳴く猫だな〜。」

 「碧。猫は鳴くもんだよ。ところで・・・お母さん達と会ったんでしょう?」

 「お!通じた!たまたまか?(にゃ?なにゃ?)」

 「俺、親父が死ぬ前に親父と喧嘩しちゃって・・・その後まさか、大地震で親父が死んじゃうなんって思わなかった。次の日謝りに行こうって碧と決めてたのに・・・謝らせてもくれない。母親は俺、一応介護師の資格持ってて母親の介護をしていたんだ。そんときに謝れた。それしたら次の日・・母親も安心したような顔して死んじゃった・・・俺、親父に謝りたかった。もっと真剣に話を聞いてもらう努力をすれば良かった。喧嘩して家に帰ったら碧に怒られた。どうしてあんなこと言ったんだ!ってもっと言い方あっただろうってね。本当に・・その通りだよ。頭に血が昇っていたからって俺達の未来についてもっと親父達に聞いてもらいたかった・・・・・」

 奏と言う男はわたしに愚痴を溢す。

 「・・・よく頑張ったな。奏。お疲れ様。」

 碧と言う男は奏の頭を撫でる。

 「俺も認めてもらえるように努力出来たはずなのに。だから奏のせいじゃない。俺のほうこそごめん。」

 「うんん。碧は謝らないで・・・」

 「・・・・・そろそろ時間だ。碧。」

 「奏・・・」

 「「バイバイ」」

 二人はそれぞれ別の道を行く。碧は来た道を引き返して、奏はわたしの横を通り過ぎて行く。

 碧も奏も足を止めて後ろを振り返る。二人とも走ってまたわたしの目の前で抱き締め合う。

 「お、俺を置いていかないでよ!」

 「俺だって碧を置いていきたくない。でも・・・俺の分まで生きて・・・それが二人の約束でしょう?」

 「奏・・・奏、か、なで!・・・・・うぅ」

 碧は涙を流して大泣き。

 「碧、もう時間だよ。目を覚まして・・・たくさんの人が貴方が目を開けるのを待っている。」

 「うん、うん・・・・」

 最後に奏も涙を流して碧を置いてわたしの横を通り過ぎて行った。

 「・・大丈夫?(にゃあ、にゃ?)」

 「・・今度は娘を連れて会いにくるよ。血は繋がってないけど俺と奏の娘なんだ。」

 碧は涙を流しながら引き返していった。




 そうだな・・・あれから20年が経った時に、お爺さんと若い女性がわたしのところに来た。お爺さんは碧と名乗り、娘は奏華そうかと名乗った。奏華はわたしを撫でて言った。

 「私もお父さん、もう一人のお父さんに会ってみたかった。でも・・いいの。今の写真のお父さんが一番かっこいいから。もちろん碧お父さんもね。」

 「・・・奏華も二十歳か・・・月日が経つのは早いなぁ。」

 「何それ・・まだまだ、碧お父さんには生きててもらうんだからね。勝手に・・・・・死なないで・・・よ・・・・・碧・・・お父さん・・・・」

 「・・ごめんな。奏華。奏お父さんと待ってるから・・・」

 「・・・・・待って・・・待って・・・まだ、まだ、碧お父さんに見せないことがあるんだから・・・私の晴れ舞台を・・・・私、お父さん達みたいに・・・良い人と結婚するだよ。・・・・大きくは出来ないけど・・私、お父さんと同じで・・・同姓の子なんだ。私達の中だけで結婚するの。私、お父さん達と血、繋がってないけど・・・・同じなんだよ。・・・・最後に、最後でいいから・・・お父さん・・・死なないで・・・死なないでよ!」

 奏華は叫ぶ。だが碧はわたしの横を通り過ぎようとする。

 「・・・ダメだ、貴方はわたしの横を通り過ぎては(にゃあ、にゃあ、・・)」

 わたしは奏華が碧をお追いかけるのを止めた。

 「なんで!なんで!」

 「・・ここの道は・・・わたしを通り過ぎることができるのはこれからだけ。だからまだ、死ぬと言う運命にない奏華はわたしを通り過ぎることは出来ないし、わたしが止める。早死にするな。」

 きっとこの言葉もわたしは猫だから聞こえてない。ただ邪魔をして鳴いている猫に過ぎない。


 奏華は引き返して帰って行った。

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