百八十五 急転
「……どうにも落ち着きませんね」
ふかふかなクッションを備えた大きなソファに腰を沈めたカティアは、居心地が悪そうに辺りを見回した。
途端に、突き刺さりそうなほどきらびやかな光景が視界に飛び込んでくる。
頭上からのし掛かるように明かりを投げかける、眩いシャンデリア。
四方を隙間なく埋め尽くす、名画やはく製などの壁掛けの群れ。
色とりどりの貴金属をふんだんにあしらった調度品の数々。
鏡面のように磨き上げられたテーブルに置かれた灰皿や燭台などの小物ですら、光り輝いて存在感を誇示するものばかり。
貴族の
「贅沢ここに極まり、と言ったところでしょうか」
金銭に糸目をつけないという前評判通り、最高級品を揃えているのだろう。
この過剰とも思える有り様は、客をもてなすと言うより、自らの財を見せびらかすためのようだとカティアには感じられた。
「貴族ですら驚くほどですか」
思わず緊張するカティアとは裏腹に、隣に座った紅は出された紅茶の香りをのんびりと楽しんでいる。
手にしたティーカップが黄金でできていることに、果たして気付いているのだろうか。
「私の家とは比べようもありません」
紅の図太さを羨みながら、カティアは嘆息混じりに首を振る。
「下手をすると、隊長が持っているカップ一つで砦が建てられますよ」
「おや。そこまでですか。財とは、あるところにはあるものですね」
高価だと知ってなお、紅は気にした風もなく杯を傾けた。
カティアと紅が現在いるのは、サステロス評議国の首都にして海の玄関口、港町テロッサ。その中枢に位置する議事堂の応接間である。
ウィズダーム陥落の報を聞かされた遊撃隊だが、はいそうですかとこのまま手ぶらで帰ってはそれこそ無駄足に終わる。せめて詳細な情報を得なければならない。
そう主張した遊撃隊の処遇を持て余し、沿岸警備隊が上層部へ問い合わせた結果、直接面会の場を設けることになったのだ。
正式な入国許可が出るまでは部隊単位で動けないため、隊員を船に残し、二人が代表として招かれていた。
カティアがくつろげないまま待つことしばし。
やがて現れたのは、派手に着飾った若い男だった。
「いやはや。ずいぶんとお待たせしたようで申し訳ありません。ああ、そのままで結構ですよ。楽になさって下さい」
挨拶のため立ち上がろうとしたカティアをやんわり制すると、男は丁寧な一礼を見せて二人の対面へ着席した。
「ようこそサステロスへ。もっと早く参上したかったのですが、生憎と議会の真っ最中だったもので。昨今の情勢は目まぐるしく、山積みの議題を放って行く訳にも行かず。何とか一段落したところを抜け出してきた次第です」
帽子の代わりに頭へ巻き付けた
「そ、それはお忙しいところをお邪魔しました。急な訪問に応じて頂き、感謝致します」
勢いに呑まれぬようカティアが反射的に礼を述べると、男はにっこりと笑いかけた。
「いえいえ、何のことはございません。おっと、自己紹介が遅れましたね。私は今期の議長を務めるシャトラークと申します。以後お見知りおきを」
次いでそう名乗り、重そうな宝石のついた指輪をいくつもはめた手を胸に当てて、優雅に会釈する。
「なんと! 議長自らおいで下さるとは、大変恐縮です」
議長と言えば、評議会を束ねる国の首脳である。
外交官を相手にするものと考えていたカティアは、思わぬ大物の登場に面食らった。
「ははは。議長と言っても、最近親の票を引き継いだだけの新参ですからね。小間使いのようなものです。どうかそう畏まらず」
一国の代表とは思えない威厳のなさで、陽気な笑い声を上げるシャトラーク。
政治家と言うより、商人の側面が強いのだろう。愛想の良さが染みついているようだった。
「しかし私は運が良い。公国の使者だと伺っておりましたが、このように可憐なお嬢様方とお会いできるとは思いもよりませんでした。そうと知っていれば、議会など投げ出してすぐに馳せ参じたものを。いやはやなんとも眼福、役得です」
「は、はあ」
流れるようにすらすらと世辞を述べるシャトラークに困惑しつつ、カティアはちらりと横を盗み見ると、紅はすっかり無視を決め込んでいた。
いつも通り、交渉はカティアへ丸投げするつもりのようだ。
背筋を伸ばして微動だにしない凛とした姿は、まるで美を体現した女神の彫像さながら。
部屋の調度品に勝るとも劣らない佇まいに、カティアは瞬時目を奪われた。
「改めまして、麗しき使者の方々。お名前をお聞かせ願えますか?」
「あ……これはとんだ失礼を。こちらから名乗るべきでした」
シャトラークの問いかけで意識を引き戻されたカティアは、慌てて会話に応じる。
「私はレンド公国軍中尉、カティア=クローゼンと申します。こちらは当使節団を率いる紅大佐相当です」
「おお、やはり! そちらの方が噂に名高い勝利の女神様でしたか!」
公国広報が派手に宣伝したこともあり、帝国軍を押し返した紅の偉業は周辺諸国へも知れ渡っているのだろう。その名を聞いたシャトラークが興奮した声を上げた。
「聞きしに勝るとはまさにこのこと。女神と呼ばれるのも納得の美貌です。なんとも素晴らしい!」
無反応な紅に構わず諸手を上げて褒めちぎると、目を輝かせながらさらに畳みかける。
「美しい上に強いとなれば申し分ありません。こうして出会えたのも運命とさえ思えます。いかがでしょう。私の元へ嫁いでは頂けませんか」
陶酔の表情で口にしたのは、真っ直ぐな求婚の言葉だった。
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