百五 二刀乱舞

 飛び散る破片。漂う霧氷。

 それらを囮として、意識の死角から繰り出される氷刃。

  

 捉えどころのないフィオリナの猛攻を、脇差一本でさばきながら紅は満面の笑みを浮かべていた。


 ようやく巡り合えた、自分を恐れずまともに打ち合える相手。

 共に闘いの深淵へ至れるかも知れないと言う仄かな期待が、紅の五体へ歓喜となって駆け抜ける。


 ここまでのやり取りで、氷の魔剣の性能は大体把握した。


 触れれば凍える冷気をまとい、伸縮自在にして再生可能な、もろくも鋭い刃。

 刀身そのものが無限に生成される氷でできているのだろう。

 折れた破片ですら、盾にも攻撃にも転じる応用の幅広さは便利の一言に尽きる。


 その特性を存分に駆使し、攻守一体の剣技に組み込んでいるフィオリナの技量は、実際大したものであった。


 間違いなく、氷竜なしでも十分に一軍とやり合えるであろう強者。

 伊達に三騎将と祭り上げられている訳ではないと紅は納得した。


 傍目に見れば、手数が多い分フィオリナがやや優勢。紅は時折勢いを寸断する反撃を放ちこそすれ、基本防戦に回っている。


 ただしそれは相手の力量と手の内を見定めるため、敢えて最低限の行動しか取っていなかったせいでもある。

 激しく移動をし続けるフィオリナに対し、紅は戦闘開始時の場所からほとんど動いていないのが良い証拠だった。


 そしてここに、ある程度の観察は済んだ。


 紅は攻勢に転じるべく、おもむろに一歩足を踏み出した。


 そこを見計らったように、霧氷を割って正面から氷剣が振り下ろされるも、紅に届く前に両断されて地に落ちる。


「やはり。砕かなければ、霧も欠片も出ないようですね」


 立てていた仮説の確証を得た紅はふわりと微笑んだ。


 これまで紅は乱雑に氷剣をへし折ってしのいでいたが、その度に飛び散る氷片が厄介であった。

 そのものが武器となり、盾となる上、冷気で少しずつ体力を奪われる。長丁場になるほど後々に響いて来る、なんとも巧妙な仕込み細工。


 寒さに耐性のある紅ですらそうなのだ。並の兵であればすでに凍り付いていてもおかしくはない。


 そこで紅はある程度速さに慣れて来た今、芯を正確に狙って斬り落とすことを試み、見事に成功して見せた。

 これで氷剣を粉砕することなく対処が可能となったのだ。


 結果は一目瞭然。欠片を発生させることなく済み、敵の手札を一枚封じることに繋がった。


 隠れみのであった霧氷がなければ、フィオリナの気配を追うのも楽になる。


 早速背後から襲い来る氷剣を察知した紅は、今度は敢えて斬らず、振り返り様に掻い潜って大元まで瞬時に駆け抜けた。


 しかし長く伸びた氷剣の先は途中から折れてなくなっており、フィオリナの姿もすでになく。


 刀身を切り離して移動したのだと理解した瞬間、頭上からはさみのように交差した刃が、紅の首を刈り取ろうと突き出されていた。


 紅はとっさに鋭く頭を前に倒し、その勢いで結った黒髪を振るって氷剣を破壊した。


 その際生じた氷片を、前方へ身を投げ出すことで回避する。


 それでも細かい破片がちりちりと顔面をなぞるのが感じられた。

 紅のように初めから目を閉じていなければ、視界を潰されていたかも知れない際どい攻防。


 紅が前転しながら素早く立ち上がると、空中で逆さになって氷剣を繰り出したフィオリナが、舌打ちしながら着地したところだった。


「ふふ。怖い怖い。なかなか厳しい駆け引きを要求なさいますね」

「余裕で避けておいてよく言うわ。獲ったと思ったのに、まさか髪で防がれるなんてね」


 フィオリナが軽口を叩く間にも、手元の氷剣が瞬時に復元されていく。


 対抗策を一つ見出したと思えば、さらに新たな戦法を追加する。実にやり手と言える狡猾さに、紅は胸を躍らせた。


「はてさて。次はいかなる曲芸をお見せ頂けるのでしょうか」

「本当に生意気ね。でも、いいわ。認めてあげる。貴方は強い。ここからは本気も本気。全力で殺す」

「それはそれは。光栄なことです」


 さらに加速した一撃を、紅は丁寧な一礼をもってかわすと、顔を上げた時にはフィオリナは遥か彼方へ離脱していた。


 そして超長距離から伸ばした氷剣で、紅の足元を含む一面の雪原を薙ぎ払って氷雪を巻き上げる。


 たちまち高い氷壁が出現し、フィオリナの気配が遮断されると共に、氷壁の向こう側から無数の氷剣が投じられ始めた。


「なるほど。伸ばさなければ連射もできるのですね」


 もはや斬撃ではなく射撃と化した氷剣の群れを舞うように避けながら、狙いの甘いものを選んで丁寧に切断してゆく紅。


 これが弓矢であればまとめて斬り散らす方が楽であるが、迂闊に払えば氷片を産んでしまう。それでは相手の思うつぼとなる。

 しかしこうも大量にばら撒かれては、いちいち芯を狙うのも一苦労となった。


 どこまで連射が利くものかは不明だが、このまま密度が上がれば、回避だけでは間に合わなくなるだろう。


 それでなくとも、連射の合間を縫って長剣の一撃が襲い、雪を舞い上げては次々周囲に氷壁を打ち立て逃げ道を塞がれつつある。


 何より間合いの全く読めぬ魔剣の前に、それなりの切れ味を誇ると言えども、無銘の脇差一本で立ち向かうのが無理筋であろう。大刀と同じ扱いをすれば折れかねないのだ。

 ましてや相手は二本持ち。純粋に手数が足りなくなってきたことを紅は自覚した。


「ふふ。正直ここまでなさる方とは思いませんでした。こちらも相応のお返しをしなければなりませんね」


 逆境の中で輝きを増した笑みを見せると、紅は脇差を左手に持ち替え、空いた右手を目の前へかざす。


「おいでなさい、くれない


 その呼び声を起点として、紅の右手に燦然さんぜんとした紅蓮の炎が宿り、周囲の氷剣をじゅわりと溶かして一時いっときの空白を作り出した。


 そして見る間に、収束した炎が細長く伸びて紅い刀身をかたどってゆく。


「二刀流はあなたの専売特許ではありませんよ」


 現れた刀を握り締めた頃には再び氷剣の弾幕が押し寄せ始めたが、紅はためらいなく交差した二刀を振り抜き、前方の空間を一まとめに斬り裂いていた。

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