五十五 乾坤一擲
ついに迎えた運命の日。
帝国第4軍駐屯地の東西からは、砦を発った公国軍が土煙を上げてルバルト平野を進軍して来るのが視認できるまでに迫っていた。
それと同期するように、南のワーレン要塞も兵を次々と吐き出し、
対して第4軍の兵らは所定の配置に付き、作戦開始の号令が出るのを今か今かと待ち構えていた。
これから三方を多数の兵に囲まれようとしていると言うのに、彼らの顔に恐怖はなく、むしろ漲る闘志が宿っている。
この勇猛さこそが第4軍の強さの源であり、司令官であるゴルトー少将への信頼を表してもいた。
ゴルトーの取る作戦行動は強引なものも多いが、決して兵を無下に扱うことはないと全員が理解しているのだ。
帝国及び司令官への強い忠誠心。
それこそが彼らを精兵たらしめ、ここまでの激戦を戦い抜き、連勝を重ねさせた原動力であると言えた。
「各隊より報告。兵の士気は上々。準備万全。即時作戦行動に以降可能とのことです」
駐屯地中央に位置する物見台で状況を見渡していたゴルトーへ、伝令の情報をまとめたクレベールが声をかけた。
振り返ったゴルトーは黒き板金鎧で完全武装しており、その出で立ちは元の上背もあって威圧感と威厳に溢れていた。
「結構。見張りを厳とし、敵の動きを見逃さんようにさせよ」
「は」
ゴルトーの命をすぐさま伝令に通達するクレベールに敬礼し、各隊の伝令が持ち場へ散って行った。
「ふっふっふ。この
大軍を前にしてなお不敵な笑みを浮かべ、豪胆さを滲ませるゴルトー。
その態度は、数の差から生じる不利など微塵も感じていないことを覗わせた。
「そうですか」
対してクレベールは相変わらずの鉄面皮で、背筋を伸ばして立っている。
ただそれだけで美しい副官を前にして、弱みなど見せられようか。
その怜悧な視線で背中を見守られているという事実だけで、無限に力が湧いて来る感覚をゴルトーは味わっていた。
今こそ我が女神に、勝利を捧げん。
ゴルトーが心中で決意を固めるところへ、新たな伝令が物見台の下へ走り込んできた。
「報告します! 東西の公国軍、進軍を止めて陣の展開を始めました!」
それを聞き、ゴルトーは目をかっと見開き叫ぶ。
「よし! 作戦開始!
ゴルトーの命を受け、足元に待機していた兵が巨大な銅鑼を思い切り叩き、駐屯地中へ響き渡る合図の音を送った。
その瞬間、陣地の東西より柵をすり抜けて戦車が複数台飛び出し、その後を重装騎兵隊が追走していく。
東と西、それぞれの包囲陣へ向けて猛然と走り出す戦車部隊に気付き、公国軍が泡を食って戦闘態勢に入るのが遠目にも確認できた。
「だが遅い!」
ゴルトーの読み通り、陣を展開する途中の隙を突かれた公国軍は、ろくな迎撃準備が整っていなかった。
本来防衛側である帝国が、まさか先手を打つなど想定していなかったせいである。
突撃する戦車の連弩が前衛の兵を一掃し、空いた風穴に車体を捻じ込んで、左右に突き出した巨刃にてその傷口を大きく広げていく。
そして続く重装騎兵隊が、生き残って散り散りとなった兵を次々と長大な槍で串刺しにして行った。
公国軍は陣の立て直しに必死で、包囲に割く余裕を失っていた。
第一波の奇襲は完全に成功したと言える。
「いいぞ! 次、第二陣突撃!」
再び銅鑼の音が轟き、東へ向けて重装騎兵隊が勢い良く飛び出した。
そして更なる混乱を公国軍へ撒き散らして行く。
「見たか公国め! これぞ我が第4軍の真骨頂! 攻撃こそ最大の防御なり!」
ばしんと一つ、手の平と拳を大きく打ち付けると、ゴルトーは雄々しく吠えた。
ゴルトーの立てた作戦概要はこうだ。
東西の包囲を担う公国軍そのものは、片側およそ2万程度という数に目を付け、先にそちらから潰してしまおうと言う極めて強気な発想である。
手始めに双方の陣形の展開途中に奇襲を仕掛けて、手薄な部分を食い荒らす。
東西双方に兵を出したのも、公国軍を混乱に陥れるためであり、片方は足止めであった。
両翼の展開が止まった間に、まず全力をもって片翼を殲滅してしまえば、包囲は機能しなくなる。
仮にワーレン要塞の部隊がその意図に気付いたとしても、大軍故にすぐに対応を取れないと言う見込みもずばり的中した。
今しも要塞前に展開しつつあった部隊が慌てて動き出していたが、距離からして両翼への救援は間に合うまい。
このまま東の軍をすり潰し、西の軍も出来る限り削っておけば、要塞本隊へ余裕をもって備えることができる。
その間にこちらの増援が到着すれば、数の上でも完全に逆転すると言う寸法だ。
そもそも野戦ではこれまで負けなしの第4軍である。
帝国の誇る、火力と機動力を備えた戦車と重装騎兵隊に物を言わせた力技であった。
今のところ、ゴルトーの立てた筋書き通りに状況は進んでいる。
作戦としてはこれ以上を見込めない出来であっただろう。
しかしそれも、相手が公国軍だけだったならばの話。
規格外の要素への対応はすっぽりと抜け落ちていた。
ゴルトーが愉悦に浸り、双眼鏡で東の敵陣を眺めていた時。
敵兵を薙ぎ払っていた戦車が、脈絡なく乗員ごと木っ端微塵になったのが視界に飛び込んできた。
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