五十四 鶴の一声

 帝国第4軍駐屯地は迎撃準備に追われ、兵が忙しなく動き回っていた。


 斥候からの情報では、公国軍はすでに動き出し、東西の平野に部隊を展開しつつあるという。

 あと二日としない内に視認できる距離に入るだろう。


 接敵を間近に控えた会議用の天幕では、ゴルトー少将以下隊ごとの長達が集合して軍議が開かれていた。


「西部攻めより引き上げた兵は1万5千。これを加えて我が軍は現在6万5千の兵を有しております。そして先程早馬で伝令が参り、後方のグルーフ要塞より3万の増援を派遣済みとのこと。合流を果たせば、数の上では公国軍と並ぶことになります」


 まとめた資料を元に、クレベール少佐が淡々と情報を述べると、隊長達が沸き立った。


「この局面での増援とはありがたい」

「流石に包囲戦で、敵軍の方が数が上と言うのは厳しいですからね」

「数さえ互角ならば、公国の弱卒に負ける道理はなし!」

「増援の判断がずいぶんと早かったようですが、閣下はこのような事態を見越して手を打たれていたのでしょうか」

「うむ。黒蛇がやられ、東部の分隊が壊滅した時点で参謀本部に打診をしておいたのだ。お陰でガスコール中将を口説くのも手短に済んだ」

「ご慧眼、恐れ入ります」


 実際に手続きを進めていたのはクレベールであったが、ゴルトーは葉巻を燻らせながら我が物顔で頷いて見せた。


 好戦的な隊長らは素直に増援を喜んだが、場には冷静な見地を持つ者もいた。


「問題は、増援が開戦までに間に合わないという点ですな」

「グルーフ要塞からこちらまでは三日弱。公国による包囲は二日もあれば完了するでしょう。約半日程、その間をどう凌いだものか」

「僭越ながら。我が軍も後退し、増援との合流を早めるのも一つの手かと存じます。公国軍から見ても、予定の場所に我等がいなければ作戦にずれが生じるはず」


 一見消極的ながらも筋の通った案に、会議室がどよめきに包まれる。


「閣下、一考に値するかと。今なら移動が間に合います」

「賛成しかねる! ここで退けば、せっかくここまで攻め込んだ苦労が水泡すいほうすのだぞ!」

「その通り。今公国に時間を与えれば、再びワーレン要塞の防備が強化されるでしょう。ここは無理を押し通す盤面かと」

「退くのは一時的なものです。増援と合流して戦力を確保してから、改めて攻め込む方が理に適っているとご理解頂けないものでしょうか」

「この陣地を放棄すれば、公国に利用されよう。再攻略の難易度が上がることになるが、その点についてはいかに?」

「数が同じであれば敵ではないと仰っていたではありませんか。大軍をもって一息に圧殺すればよろしいのでは?」

「それではこちらの被害も大きくなろう。増援を迎えに行って兵を消耗しては、本末転倒と言うものだ」


 喧喧囂囂けんけんごうごう

 諸隊長が勢いに任せて発言し合うのをしばし眺めていたゴルトーは、葉巻を灰皿に押し付けて揉み消すと、天幕外まで響く大声で一喝した。


「そこまで!!」


 びりびりと空気を震わせ、全員の口を一斉に閉ざすと、ゴルトーは咳払いをして話し始める。


「どの言い分も一理ある。しかし、おれはこの陣地は放棄すべきではないと考える。先程話題にも上がったが、現在敵の喉元に食らい付いているのは我が軍なのだ。ワーレン要塞の主力が平野に出て来る今が、奴らの戦力を削ぐ最大の機だと言える。これを逃す訳にはいかん」


 ゴルトーが断言すると、消極派の隊長らは肩を落とした。彼の発言は決断ありきのもので、決して覆らないことを身に染みているからだ。


「つまり閣下は、半日程を防衛にあて、増援の合流を待つ方針でいらっしゃると?」


 消極派の一人の確認に、ゴルトーはにやりと笑い返す。


「いいや、違う。もちろん増援も多少はあてにしているが、我々第4軍は、常に攻めの姿勢であるべきなのだ。防衛など生温い」


 そう言うと、自らの構想をつらつらと皆に語って見せた。


「……なるほど。それならば……」

「確実に意表を突けるでしょうな」

「それこそ我が第4軍に相応しい行動かと!」

「リスクは高いですが、それ以上を見込めますね」

「そこまでお考えでしたか……流石閣下。お見それしました」


 口々にゴルトーの作戦を称えると、皆期待に満ちた眼差しで熊のような上背の上官を見上げた。


「これは第4軍の旗下きかで動いてきた貴官らにしか出来ないことだと確信している。見事に成功させ、帝国に更なる勝利を捧げよ!」

『はっ!』


 団結を示すように綺麗に揃った敬礼を取ると、隊長らは天幕を後にして行った。


「お疲れ様です、閣下。お見事な演説でした」


 ことの成り行きを黙って見ていたクレベールが、平坦な声音でゴルトーを労う。


「うむ。惚れ直したかね?」

「前提から間違っております。そもそも恋愛感情がありませんので」

「つれないな、少佐は。これから戦に赴く戦士に、リップサービスの一つも振る舞ってはくれんのか」

「私にそれを求められても応じかねます」


 苦笑するゴルトーに、クレベールは相変わらず無表情を貫いた。


「まあ、少佐はそれでいい。自然に表す感情こそ価値があるというものだからな。この作戦が上手く行けば、痛快さに頬も緩むだろうよ」

「勝手な期待をされても困りますが。ご武運はお祈りしております」

「我等が勝利の女神にそう言われては、張り切らざるを得んな。悪魔も公国も、我が第4軍が打ち破ってくれる!」


 獣のような獰猛な笑みを見せ、ゴルトーは意気揚々と戦支度を開始した。

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