五十一 白き戦乙女
ワーレン要塞西部に広がる森林地帯では、今まさに帝国軍による砦攻めが行われていた。
互いに弓矢の雨を交換する最中、分厚い木板を担いだ帝国の隊がその下を掻い潜り、次々と鉤縄を砦の塀に引っかけてはよじ登ろうと試みる。
それに気付いた城壁上の公国兵は、慌てて縄を切り、矢や煮えたぎる湯を帝国兵に浴びせかけては撃退してゆく。
かと思えば正面突破した隊が、車輪の付いた
すかさず弓兵が集中射撃をするも、破城槌に備わった屋根に遮られ、再び門を揺るがす轟音が鳴る。
運悪く屋根の隙間を縫った矢に当たって脱落者が出ようが、後続の兵がすかさず後を継ぎ、門の破壊を続行させた。
これには城門上の公国兵らも動揺を始めるが、そこへ白い影の群れが現れ、城門前の帝国兵を次々と斬り捨てて行った。
「おお! 聖王国の増援だ!」
白い影の正体を認めた公国兵達から歓声が上がる。
それは螺旋状の一本角を頭部から生やした白馬、聖獣とも呼ばれるユニコーンに跨ったヘンツブルグ聖王国の精鋭部隊であった。
ヘンツブルグ聖王国は大陸でも有数の宗教国家であり、神の恩寵と称される様々な不思議な動植物が生息している。
中でもユニコーンは聖王国の一部の森にしか生息していない希少種であり、それを乗りこなせる者もまた限られていた。
その資格とは、
即ちユニコーンに乗る者は総じて女性であり、神に生涯を捧げる覚悟を持った、白き鎧まとう聖騎士と呼ばれる者達だった。
その信仰心の高さ故に、聖獣ユニコーンに選ばれし彼女達の部隊はこう呼ばれる。
「ヘンツブルグ
女ばかりの部隊だからと言って、近隣諸国でそれを馬鹿にする者はいない。
何故ならユニコーンは森や荒れ地への適正が高く、通常の馬が入れないような場所も駆けることができる機動力を備えており、陸上の騎乗動物では最速とも言われている。
加えて、それに騎乗する聖騎士本人も厳しい訓練に耐え、神の加護も得ていると噂の強者ばかり。
言わば帝国の竜騎士にも匹敵する存在であるのだ。
現に今しも白銀の風と化した一角騎士団は、帝国軍の隊列を縦横に突き崩している。
その見事な連携は、日頃の鍛錬と、先頭で指揮を執る指揮官の手腕によるものであろう。
やがて砦前に群がっていた帝国兵がまばらになると、突然帝国陣地の方角からけたたましい笛の音が鳴り響き、それを聞いた帝国兵は潮が引くように撤退して行った。
一角騎士団の指揮官は、追撃の判断を仰ぐために砦へ引き返すと、折よく砦の責任者が城門上で手を振っていた。
「援護感謝する! お陰で門を破られずに済んだ!」
「いえ、任務ですので」
真面目さの中にも気品を感じさせる声で一言返す指揮官。
彼女ら一角騎士団は、その機動力を見込まれ前線の遊撃に回っていたのだ。
「それで、追撃はどうしますか?」
「観測班によると、他の区域でも帝国の撤退が始まっているらしい。まだそれなりの数が残っているようだし、深追いするべきではないだろう」
「そうですか。では一区切りですね」
「ああ、ここは我々の勝利だ! 良ければ休んでいくかね? 思ったより帝国の引き上げが早かったお陰で、水も食料も余裕がある」
砦の主の弾んだ声を受け、一角騎士団の指揮官は部下の状態を確認する。
それなりに広い範囲を駆け回ったせいか、やはり皆に軽い疲労の色が見えた。
「……お言葉に甘えます」
「よし、では開門!」
号令によって、半壊した門がぎぎぎと不快な音を立てて開く。
一角騎士団はゆっくりとユニコーンを砦に乗り入れ、厩舎を借りて下馬した。
それぞれが休息のために兜を脱ぐと、砦の兵士から溜め息にも似た感嘆が漏れる。
一角騎士団が全員女性であることは既知の事実だったが、それが一堂に会した華やかな場面は、普段男所帯である砦の兵らにはいささか強い刺激であった。
そんな中、砦の主が臆せず騎士団の指揮官の元へ歩み寄り声をかける。
「やあ、改めて。申し遅れたが、私はこのルベル砦を預かる公国軍少佐、ハインツだ。助力に感謝し、大いに歓迎する」
「ヘンツブルグ聖教一角騎士団所属、ニーベル大尉です。繰り返しになりますが、任務ですのでお気遣いなく。そして休憩場所の提供に感謝致します」
兜を取り去った指揮官は白金に輝く短髪をさらりと揺らし、ハインツへ丁寧な敬礼を送った。
その美貌は、まさに聖女の如し。
純白の鎧の輝きも相まって、まるで後光が射しているようにも感じられ、ハインツ以下砦の兵らは思わず目を奪われた。
「……あー、ごほん! いや、貴殿らの奮戦に対し当然の配慮をしたまで。むさくるしい場所だが、せめて疲れを癒していってくれ」
ニーベルの無機質な視線を受けてはっと我に返ったハインツは、誤魔化すように言い繕い、砦内へ誘導する。
食堂へ案内される途中、ニーベルはハインツへ問いかけた。
「ところで、同盟国として貴国の戦況を確認しておきたいのですが。確か、ワーレン要塞東部にも帝国軍が向かっていたはずでしたね。そちらの情報は入っていますか?」
彼女は遊撃と同時に、情報収集の任も受けていたが故の発言であった。
「ああ、向こうは開戦前に片が付いたそうだ。何でも我等が勝利の女神が、一人で帝国の野営地を潰したらしい。お陰で東の砦に被害はなし。まったく羨ましい限りだよ」
「勝利の女神と言うと、噂の和国から来たと言う少女ですか」
「その通り。いや、彼女の功績は実際大したものだ。次の作戦では戦場を共にする予定であるし、直接顔を拝む機会もあるかも知れんよ」
「それは、楽しみですね」
ニーベルはそれを聞くと、自然と握り込んだ拳をさりげなくマントの中へ隠した。
公国における勝利の女神。帝国における悪魔。
その二面性を持つ、強大な力を擁する少女の観察。
それこそが最重要任務として設定されていた。
果たして彼女は神の御心に叶う存在であるのか。
聖王国に仇為す者か否か。
次なる合同作戦において、それを見極めることこそが肝要である。
機嫌良さそうに話を続けるハインツへ適当に相槌を打ちながら、ニーベルは静かに使命感を燃やしていた。
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